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かつて地域の学びや交流の拠点として親しまれてきた公民館。時代とともに役割や姿は変わりつつあるものの、一角ではいまもなお、学びの火が灯り続けています。本企画では、そんな「公民館」を手がかりに、“ひらかれた学びの場”が持つ意義を改めて考えていきます。 |
瀬戸内海に浮かぶ周防大島の小さな集落で、一度は解体が決まっていた築70年あまりの古い公民館を私費を投じて買い取った人がいる。農家であり、僧侶でもある中村明珍さん。銀杏BOYZの元ギタリスト「チン中村」の名前でも知られる人物だ。
2013年に妻の出身地だった島に移住して以降、中村さんはこの古い建物を舞台にさまざまなライブを主催してきた。ライブと言っても音楽に限らず、落語や、数学をテーマにした一風変わったトークライブなども。その活動は、人口13000人の過疎の島の人たちに、人生を変えるかもしれない異質な出会い(つまりは学びだ)を提供するものと言えるだろう。
島の海風が吹き抜け、線香の優しい香りが漂う。木造の趣深い建物の法的な所有者になり、公民館の看板を下ろした(と言っても古い看板を引き続き使っていたが)今も、中村さんは「管理人」を名乗り、地域の人が自由に使える公的な学びの場としての位置付けを崩していない。
東京とは何もかも違う島での暮らしに溶け込むべく、農家、僧侶、そして「管理人」としての新たな人生をスタートさせた彼は、誰よりも貪欲な学び手でもある。中村さんは学びをどのようなものとして捉えているのか。“公民館”という舞台装置はそこにどう作用しているのだろうか。
| ▼もくじ |
星の動きから数学の成り立ち、学びは広がっていく

━━このインタビューでは、公民館だった古い建物を2025年1月に買い取り、そこを舞台にさまざまな活動をされている中村さんに「学び」および「学びの場としての公民館」をテーマにお話を伺いたいと思っています。
承知しました!遠いところからありがとうございます。
━━けれどもその前に、ちょうど今朝、ご自身の活動のひとつである「生命ラジオ」について、SNSで「ダイナミックでわくわくする学び」を得たとポストされていたのを拝見しまして。せっかくなので、中村さんの興奮が冷めないうちに「生命ラジオ」について伺ってみてもいいですか?
独立研究者の森田真生さんと2020年から行っているオンラインの活動です。森田さんからの毎週の学びのお話を中心として、月に一度、全国から参加いただいている方々を交えて自身の考えだったり、実践の中での気づきだったりをオンラインで語り合う、そんな場になっています。
毎回、ライブ感を大切にして取り組んでいて、テーマは多岐にわたります。先月は星の動きと数学の成り立ち、さらにそれが今の人工知能とどう関係しているのか。そんなお話になりました。実際には参加して聴いてもらえるのが一番なのでオススメしたいです。
━━どういう経緯でスタートしたものなんでしょうか?
島に来てすぐの頃、森田さんがやっている「数学の演奏会」という活動についてのSNSポストをたまたま目にしたことがきっかけでした。
数学なのに演奏会とは、どういうことなのかまったくわからない。それで「なにが行われているんだろう」「これは一度観ておかなければ」と思って、福岡まで観にいったんです。
そうしたらこれがすごく面白くって。どう面白いのかというのはなかなか言葉で表現できないんですが、観てみると確かにライブだし、確かに数学だな、と。とにかく大量の衝撃を受けまして。何度か足を運んでお声がけして、時間をかけて島でライブを開催してもらえるようになりました。
「生命ラジオ」を始めたのはそのちょっと後、2020年になってからです。オンラインで行うゼミを開催したのち、もともとラジオのようなものをやりたいというアイデアを持っていたのもあり、定期的に取り組むものとして始めたのが、この活動です。
人生を変え得る、異質な価値観との出会いの場

━━中村さんはこの公民館だった建物で「数学の演奏会」をはじめとするさまざまな催しを主催されています。島の人たちにとっては新たな刺激を得られる貴重な学びの場だと想像するのですが、なぜこのような活動を?
僕はこの島に移住してくる前から、教育の場というものがすごく大事なんじゃないかという思いを持っていました。というのも、東京にいたときの僕は、すごくしんどさを感じていたんです。
━━しんどさ?
そのころの生活では、人間関係の残酷さのようなものを感じることが多くありました。生き方やアプローチは本来、人それぞれのはずですが、違うアプローチをしている人に対してすぐに怒ったり、時には人格否定まで行ったり、ときには暴力もあったりして。
それで、どうしてこういうことが起こるのか、なくすためにはどうすればいいのかということを自分なりに考え、出した答えが、その時の言葉でいうと
「教育」だったんです。
僕の考える教育とは、いろいろな価値観に触れる機会のことです。教育を通じていろいろな価値観に触れることが、自分とは違う価値観に対しても人を寛容にしてくれるんじゃないか、と。今は、上から目線っぽく感じるというか、しっくりこないので教育という言葉はあまり使わなくなったのですが。
━━なるほど。
自分には子どもがいますけど、子どもにとってだけではなく、僕自身にとってもとにかくそういう場所が必要だなと思いました。
実際、たとえば森田さんは毎回、ものすごく価値観を揺さぶってくれます。会うたびに僕がそれまで持っていた常識をひっくり返してくれる。それが面白いし、自分の成長につながる感じがするんです。
そういう面白さを自分だけでなく、もっといろいろな人に味わってもらえたらうれしいなと思ってやっているのが一連の活動です。
━━活動を続けていて、島の人たちの反応や手応えはどうですか?
どのライブも参加者のおおよそ半分くらいが島の人たちで、半分は島の外から来てくださっているイメージです。過疎地ということもあって年齢層も幅広く、内容によってバランスが変わるのですが、0歳から90代の方まで同じ会場で時間を共にすることがあります。そんな場面はこれまで味わったことがなかったので、うれしくなります。
先ほどの「多様な価値観と出会える場」にも通じるのですが、こうした場で僕自身がものの見方や考え方を揺さぶられたいと思っています。 島での普段の生活と、価値観を揺さぶられる場の接続をどう工夫するといいのかという点は課題というか、いつも考えているところです。
そのなかで、手応えを感じる反応もあって。高校生の頃から森田さんのライブに参加してくれるようになった島の子がいるんです。ライブ中の対話の時間に、「森田さんの話を聞いて知ったあまりにも豊かな数学の世界と、目下乗り越えなければいけない受験のための数学をどう捉えればいいのか、後者にどう意味を見出せばいいのか」というようなことを質問したりもしていました。
「すごい子がいるもんだなあ」と思って見ていたんですけど、彼女はその後、数学科を選び大学院まで進んでいます。
━━それはすごい!
今ではライブの運営を手伝ってくれたり、同世代の友だちを連れてきてくれたりと、すっかり仲間という感じ。時間をかけてそういう人と出会えて僕も刺激を受けていますし、やってきて良かったなと思える出来事ですね。
建物が持つ力は来歴が決める

━━この建物自体についても伺いたいのですが、そもそも「公民館を私費で買い取る」という話は他で聞いたことがないので驚きました。
そうですよね。よく言われます。
でも、買ったのはなりゆきで、僕としては自分のものにしたかったわけではないんです。壊す予定だったこの建物が残ってくれればそれで良かった。だから今も「所有者」ではなく「管理人」と言ったほうがしっくりきますし、地域の人にはこれまで通りにどうぞ使ってくださいという気持ちです。
━━取り壊しを防ぐには買い取る以外になかったというお話ですが、それにしても、この建物の何が中村さんにそこまでさせたんでしょうか?
後から気づいたことですが、先ほど話したような多様な価値観を受け取れる場所として、自分が10代だったころに最初に衝撃を受けたのが、ライブの現場でした。だからこの島に来てからもそういう場所があったらいいなと。最初にやりたかったライブがあって、そのための会場を探すことがきっかけになりました。
当初、島の外でもいい場所があればと夫婦で探しに行ったりしていました。実際、島の外にも探しに行きましたし。その当時考えていたのは、とにかく自分が楽しそうだと思える会場でやりたいということ。でも、あちこち探し回ってもいろんな条件を考えると「ここだ!」となるところが見つからなくて。一周まわって「あれ?ここがいいんじゃない?」となったのが、住んでいる地域にあるこの公民館だったんです。

━━理想の場所は意外なほど近くにあった。
それまでにも普通に公民館利用として、地域の会合などで何回かは足を踏み入れていたんですが、ライブ会場として見たことは一度もなかった。でも、よくよく作りを見てみたり、二階の席に座ってみたら、「いやいや、ひょっとしてここ、すごい場所なんじゃない?」となっていって。
━━確かに、公民館というよりライブハウスみたいな作りだなと感じました。
そうなんです。そう思っていろいろと調べてみると、この公民館には、たくさんの演者の方が舞台に上がっていた歴史があるんですよね。
作詞家の星野哲郎さんという方がこのすぐ近くの生まれというご縁もあってのことで。星野さんは地域への恩返しの意味を込めて毎年、島内各所で自腹でたくさんの演歌歌手の方を呼んで無料コンサートを開いていたそうです。そしてこの公民館でも、過去には鳥羽一郎さんや水前寺清子さんなども出演されていて。
━━そうなんですね。
さらにもとを辿れば、この建物にはこの地域に住む人たち自身が作ったという来歴があります。向こうの山で切り出した木をみんなで舟で運んできたらしいです。最近まで生きていた当事者の親戚に直接聞くことができたんですが、「終戦直後で人手が足りなかったからか、子どもながらに手伝わされて大変だった」と言っていました。
なぜそんな苦労までして作ったのかと言えば、地域の人たちが芝居を見たり、自分たちでやったりしたかったから。つまり、もともと芝居小屋として作った建物が、あとから公民館として利用されるようになったようなんです。
どうりでライブに向いてるはずだと納得しましたし、「そんな素晴らしい建物をどうもありがとうございます!」という気持ちにもなりました。
━━そういう来歴があっての、この作りなんですね。
島内には大小さまざま、似た作りの公民館が各集落に点在しています。この建物ができた頃、島内では競い合うようにしてこのような建物を作ったという話も聞きました。それはもしかしたら終戦直後の、想像できないくらいのテンションがあったかもしれないし、当時は子どももたくさんいたでしょうし。そういうエネルギーが、ここには今でも宿っているような気がするんです。
災害対応と海抜の問題や老朽化の課題があることから、新しい公民館はすでにできていて、稼働しています。
古いこちらの方は屋根の修繕などのかなり大きな課題はあるのですが、中はまだまだしっかりしている。大工さんにも見てもらいました。新旧どちらがいいということではなく、その場所固有の来歴によっても、その場所が持つ力は変わってくるのかもしれない。僕としてはそういうところをこれからも大切にしていきたいなと思っています。
わからないことがあると紐解きたくなる性分

━━もともとミュージシャンとして活動していた中村さんは、島に来てから農業、僧侶と、一見するとそれまでとは関係がなさそうな新しい活動を次々に始めていますね。必要な知識や技術はどのように学んでいるんですか?
農業も僧侶としても、研修を受けたり修行をしたりして始まっているんですけど、その後は実践あるのみという感じで、ひたすら現場で試行錯誤しています。
学びは本当に尽きないです。近くに田んぼがないので最初は稲作までやるつもりはなかったんですけど、今では学ばなければならないことがたくさん増えました。でも、やってみたら「水の流れ」がよく見えるようになったりして、楽しいです。
━━水の流れ、ですか。
普通に畑をやっているだけでも「最近は雨が降ってないから土が乾いているな」くらいのことはわかりますけど、水が張っている田んぼの場合は、それまでは気づかなかった土地の勾配に気づけたり、ドロドロの田んぼに足を踏み入れたときの感触も味わえたり。想像していたのと実際とではまったく違いました。
別の場所では、最も下流の自分の圃場まで水が届かずに「そもそも作れない」ということも経験しました。
そこから気候変動のことを感じ、そして田んぼでは水を分け合うんだ、ということを学びました。農業をやるのにも、自然とだけ向き合っていればいいわけではなくて、周りと支え合ったり関わり合ったりしていくものなのだと学ぶことができました。それはやってみて初めてわかったことです。

━━そういう状況を「学ぶ機会を得た」とは受け止められない人もいそうですが。
うーん。これは一体どうして起きていることなんだろう、って考えたくなるんです。
たとえば、島の外と中でまた全然違う雰囲気があり、昭和以前の価値観や伝統も残っていて、東京では味わえなかったことがたくさんあります。家の縁側からお坊さんが出入りすることだったり、集落全員で出棺をお見送りしたり。そんな中で、たとえばジェンダーギャップというのをどう考られるのか、といったことも前提が変わってくるように思います。実際にアメリカ人の友人と議論になったこともありました。
そして、ちょうどこの旧公民館が建てられたちょっとあとくらいの時期まで、この地域でも多くの人が田んぼをやっていたそうです。その後、周防大島はミカンの一大産地として作物が切り替わっていくのですが、今のお年寄りの方たちがその頃の話をよく教えてくれます。昔は農業機械がなかったから、「明日は誰々の田んぼを」というように、米作りをみんなで協力してやるしかなかった。うちはヤギを飼っているのですが、散歩に連れて行くと「わしらはヤギの乳で育てられたんよ」とか話が出てきます。牛を飼って耕すときに働いてもらったり、その牛を貸し借りしたり。そうやって協力しあう、せざるを得ない地域の生活の成り立ちがあったんです。
そういうものを一つひとつ紐解いていって、いいところはちゃんと受け継いでいったほうがいいのではないか、この恵みある環境のなかで暮らすので、というのが今感じているところですかね。

━━中村さんの探求する精神を感じるエピソードだなと思いました。丁寧に紐解いていくと、一見関係ないように思えるいろいろなことがつながってくる。
ああ、そうかもしれないです。
過疎化が進みながら伝統がまだ残っているこの島の暮らしでも、今はネット環境があるおかげで、昔できなかったことができるようになっている面がたくさんあります。買い物ひとつとってもそう。そういう中で、たとえばこれからのAIとの付き合いをどう考えるかも、僕にも子どもたちにとっても切実なものがあります。一方で、この旧公民館の立地は海面が上がったらどうなるのか、とか豪雨が頻繁にあることをどう生活のなかとらえるかとか。ご飯はどうやっていただいていくかなど、さまざまなことを総合的に考えていきたい思いが年々増しています。
そんなときに、ラジオというオンラインの場でも、ここのような実際の建物でも、何か考えたり感じたりするきっかけとなる場があったらいいなと今も強く思っています。

執筆:鈴木陸夫/撮影:番正しおり/編集:荒田もも(Huuuu)
