近くて遠い? 遠くて近い? そんな親の気持ちや大学生の子どもの気持ちを考えます。
「人間教育は、人間(じんかん)教育」
「若いプレイヤーが昔のように心から感動したり、感動しきれない。それは、やはり時代でしょう。だけど感動を知らない人生というのは、何か生きている味わいみたいなものがないわけです。」
これは、昨年亡くなった、「ミスタープロ野球」と呼ばれ、愛された、長嶋茂雄氏の言葉です。
「感動」とは一般に、「生活の中で心を動かされたり、何かが心に触れた感じがしたり、あるいは強い印象を受けること」、と定義できます。
しかし、長嶋茂雄氏も指摘しているように、今日、若者の生活の中で感動体験が失われています。
「人間教育は、人間(じんかん)教育」。
これは、私が教育現場に発したキャッチフレーズの一つです。たしかに、感動体験が介在する人間関係が希薄化する中で、TVゲームやチャットが入ってきています。
子どもの世界でも、遊びの「時間・仲間・空間」の「『間』抜け(まぬけ)」状態です。
では、どう対処すべきでしょうか。
そのヒントを与えてくれるのが、やはり長嶋茂雄氏が提唱した「メークドラマ」(平成7(1995)年)ではないでしょうか。
自らを「値打ちづくり」
この言葉自体は、チームに奮起を促すための和製英語だったのですが、これを個人にも当てはめることができます。
社会へと船出する若者には、自分で自分の人生を切り拓ひらいていく「メークドラマ」を演じてほしいと切望します。
そのために必要な能力は「自己価値力」です。
「自己価値力」とは、自分で自分自身を価値ある大切な存在であるという、「尊在感」へと高めるように自己評価する、自らを「値打ちづくり」できる社会的スキルです。
例えば、①マイナス評価のナメクジも、見方を変えて可愛い殻をつけてカタツムリへとプラス評価に転換する「カタツムリ評価」、②その子なりの「よさ」を引き出す「励まし評価」、③新たなチャレンジにエールを送る「始まり評価」、④「初めてできた」ことに拍手する「初めて評価」、⑤結果よりも、そこに至るまでのプロセスを評価する「伸びの評価」などです。
実は、これらは、このエッセーのなかで、述べてきたものです。
「人皆に美しき種子たねあり」
とりわけ、卒業予定の皆様には、國學院大學の学びで得た「自己価値力」を基礎にして、社会の大海原おおうなばらに旅立ち、日々の生活の中で失いがちな「生きている味わい」を忘れないようにしてもらいたい、と願います。
また、人生を「メークドラマ」したいと願う若者たちの「伸びたい」をサポートするのは、私たち大人社会です。人生に船出する若者たちを次の句で送り出しましょう。
「はきだめに えんど豆咲き 泥池から 蓮の花が育つ 人皆に美しき種子たねあり 明日何が咲くか」
(安積徳也『詩集 一人のために』より「明日」)
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新富 康央(しんとみ やすひさ) 國學院大學名誉教授/法人参与・法人特別参事 |
学報掲載コラム「おやごころ このおもい」第30回


