保育の現場で特別な支援が必要な子どもたちに対して、実際に支援にあたるのは保育者たちだ。そこで支援がうまくいかず、保育者たちも困っているときに、とるべき方法を共に考えていくのが、野澤純子・人間開発学部子ども支援学科教授である。
子どもたち自身に変化を求めるのではなく、周囲で支援をおこなう保育者のかかわり方が変わっていくということ。そして、研究者としてノウハウを押しつけていくような一方向的なやり方ではなく、あくまで現場でアイデアが生まれていくように双方向性を重視するなかで変化をもたらしていくということ。前後編にわたるインタビューは、そうした野澤教授の姿勢が強く滲むものとなった。
保育における実践研究をおこなうにあたっては、さまざまな専門性からのアプローチが考えられますが、私は臨床発達心理士や、国家資格である公認心理師としての知見をもとに、保育の現場に参加しながら研究を進めています。保育士資格ももっていますが、基本的には心理学という専門性のもとに現場に携わっているんです。
大学院生として当初籍を置いていた障害児教育を専門とする修士課程は、現場のエキスパートを養成することに傾注していまして、当時から地方自治体の嘱託の心理相談員として、障害児福祉施設での発達相談や保育園・幼稚園の巡回相談のような仕事に取り組んでいました。その後、博士課程に進むにあたってはより研究に重きをおきつつ、特に保育の場で就学前のお子さんたちと毎日向き合っている保育者たちと共に、実践的な研究を重ねるようになりました。現在に至るまで、主に現場に立つ保育者の方々を通じて子どもの変化を見つめる、というようなアプローチをとってきています。いずれにしても、私がおこなっているのは実践研究であって、現場なきところに研究はないといってもいいほどです。
具体的に専門にしているのは、特別な支援が必要なお子さん──特別なニーズ児という表現をしていますが、こうした子どもたちの支援にかんする研究です。
たとえば保育園や幼稚園で巡回相談をしながら、保育上「気になる」お子さんや、発達障害の可能性のあるお子さんを保育者の方々がより良い支援ができるよう、その方法にかんするコンサルテーションをおこなっています。最近は小学校にも足を運ぶようにしていますが、いずれにしても乳児期から就学前後の移行期までの時期に早めに支援できれば、その子自身の人生がより生きやすくなる可能性があるのですが、そこで如何に保育者の方々が気づいて保護者につないでいけるか、その先のさらなる支援へ結びつけていけるかが問われています。
とはいえ、私がいきなり現場に介入していくということではありません。手法としては、まずは現場のニーズ調査をする、ということからはじめていきます。保育者や保護者の方々に話を聞き、ニーズを汲みとっていくことが何より重要です。地域の現場に私たちのような専門家が赴いたり、あるいは講演会というような場を設けたりした際に、集団保育の場では実行しにくい専門的知識を一方的にレクチャーするといった、そうした “一方的な知識の移転”というかたちでなされる子どもたちへの支援は、経験的にいって大体は継続しません。
保育者の方々が現場の問題を自分で考え、支援の方法を編み出していく、そうした力量を自ら形成していくことができるようなコンサルテーションを心がけています。
なぜ私がそうした手法をとっているかといいますと、障がいの社会モデルや、エンパワーメントといった観点を重要視しているからです。障がいによる生活上の困難は個人の努力で乗り越えるものではなく、それを社会との関係でとらえ、個人ではなく社会(取り巻く環境)が変わっていく必要がある、という考え方が1970年代ころから議論されてきました。障がいの社会モデルとは、そうした考え方のひとつで、生活上の困難を障がいのある個人に責任を帰すのではなく、障がいのある人を取り巻く社会、私は環境の因子と呼んでいますが、そこに原因を求め、変化させていこうとするものです。保育の現場に引きつければ、保育者からの言葉の指示がすぐ理解できないお子さんがいたとき、その子が理解できるような指示やかかわり方の工夫など、子どもを取り巻く状況-環境の因子のほうを変えていくことが、子どもたちへのエンパワーメントとしての支援につながっていく、ということなんですね。
だからこそ、まずは保育者たちの願い=ニーズの把握からはじめていくのです。普段の指導内容や、子どもたちへの対応の仕方、そこでどんな困り感を抱いているか、といった現場の声を聞いていきます。
場合によっては保育者個人ではなく、保育園や幼稚園の全体的な体制が変えるべき環境の因子として浮かび上がってくるときもありますから、園長といった方々に、クラス運営の方針などの話を聞いていくこともあります。そもそも保育者に限らず、小学校の先生も含めて、ヒューマンサービスに関する仕事は、感情労働といわれるように、非常に心理的な負担やストレスも大きく、疲弊しやすい職業でもあります。私のような研究者にコンサルテーションを依頼くださるのは、子どもたちはもちろん、そうした保育者の方々もバックアップしてほしい、というような管理職の方からのお声がけということもあるのです。
障がいのある子どもやその可能性のある子どもなどの特別なニーズ児たちを支援するということは、障がいの社会モデルをもとに、子どもを取り巻く環境の因子のひとつである保育を支援・変化させていくということからはじまる。だからこそ現場のニーズの把握をしますし、子どもたちが活動しているところの動画をとったり、先生たちに日常の記録をとってもらったりと、さまざまなデータをとりながら問題を解決する糸口を保育者とともに探っていきます。先生によって、細かくメモしたかったりチェックシートのようなかたちのほうがよかったりと記録しやすい形態も異なりますから、さまざまなかたちを用意しておくんですよ。
さて、インタビューの後編では、より具体的なエピソードについて触れてみたいと思います。保育園の給食で、「いただきます」をみんなでいう前に食べだしてしまったり、何度もおかわりしてしまって途中で止められると暴れてしまう、という5歳のお子さんと向き合ったことがありました。どのように環境の因子を変化させていったのか、ニーズ調査の内容と共に、お話していきましょう。
野澤 純子
研究分野
国際教育開発、障害福祉、特別支援保育、特別支援教育
論文
保育所等における特別ニーズ児と保護者への支援とその体制に関する研究(2023/08/31)
乳幼児および学童期を育てる外国人家庭の子育ての課題と必要な支援について(2023/03/31)