特別な支援が必要な子どもが、できることを生かしていく支援。どこまでも具体的な課題に満ちた保育の現場で、野澤純子・人間開発学部子ども支援学科教授は、保育者たちと共に新たな支援の道を切り拓こうとしている。
実践研究のバックボーンや方向性について訊ねたインタビュー前編から一転、この後編では、野澤教授が過去に経験した事例をもとに考えていく。保育園でうまく給食の時間を過ごすことができない子どもに、保育者たちはどんな支援が可能なのか。研究者が外からノウハウを持ち込むのではなく、あくまで現場で共創的な解決がもたらされていった、そのプロセスを追ってみよう。
保育園の給食の時間に、みんなで「いただきます」をする前に自分のおかずやお友達のおかずをつまみ食いをしてしまったり、際限なくおかわりをして止められるとパニックになり暴れてしまったり……そんな就学前の5歳のお子さんに対して、どのような支援が可能なのでしょうか。これは、私がかつて実際に経験した事例です。
保育園に通っていたこのお子さんは自閉スペクトラム症で、発語はほとんどなく、周りを見て行動するということはできるのですが、複雑な言語の指示によって行動するということは難しい、という状況でした。簡単なジェスチャーによるコミュニケーションは可能で、また数字は指を使うことによって5までなら数えることができました。相談内容は、就学を前に学校給食の際に少しでも適応できるようにしてあげたい、という担任保育者の思いを感じるものでした。
インタビューの前編でお伝えした通り、子どもたちにとっての環境の因子である現場の保育者の方々が、どのようにかかわり方を変えていけばいいのかを共に考えていくために、まずは普段の対応の様子を観察していきます。すると、問題が起こってからの事後対応が多い、ということがわかってきました。子どもの行動を注意したり、制止したりしたときにパニックを起こす、というケースが多かったのですが、そこで重要になってくるのは予防という考え方です。
たとえば、いまこの研究室にも実物があるのですが、特別な支援が必要なお子さんに対してよく使うタイマーがあります。これは残り時間が抽象的な数字で表示されるのではなく、赤い範囲としてぱっと見てわかるようになっています。休み時間に遊んでいるとき、急に「はい、もう終わりだよ」といわれるとパニックを起こす、というお子さんは珍しくありません。
そのときに必要なのは、心の準備です。残り時間が明確に示されたタイマーを見ながら、休み時間がそろそろ終わるんだな、という準備をしていく。これが行動問題に対する予防ということなのです。
行動問題もコミュニケーションのあり方のひとつですから、そこには必ず意味がある。意味のない行動問題はありません。ですから、普段の行動をよく調べて、何がその原因になっているのかということを、現場の保育者の方々と一緒に考えていくというのが、私のやり方なのです。
この給食時間に行動問題を起こしてしまうお子さんにかんしては、調べていくうちにわかっていくことがありました。保護者の方にお話をうかがったところ、さまざまな事情によって、食事を出したら子どもはすぐに手をつけるという環境が長く続いてきていました。つまり、そもそも家で「いただきます」をした後に食事をはじめるという習慣や理解がない、ということが判明したんです。
そうしたお子さんに対して、保育者の補助をつけながら、どういった支援が可能かを考えていきました。このとき重要なのが、苦手なことを補うためにその子ができることを生かす、ということです。たとえばこのお子さんは、「手はお膝ね」というと、膝に手を置いてしばらくじっとすることができます。そうしたすでに身についている行動を生かす対応を取る一方で、言葉指示の理解を補うために、「いただきます」をするまでは、食事が載ったお盆を目の前に置かず、くっつけている目の前のもうひとつの机の上まで離して、すこし遠くに置いておきます。そして、「いただきます」の言葉とともに食事を手前に引くという、言葉に加え、目で見てわかる状況にしたんです。「いただきます」をしたら食べる、ということにかんしては、こうした支援で解決していきました。
もうひとつの問題は、過剰なおかわりです。先ほどもお伝えしたように、事前の予防がなされていないと、パニックを起こしてしまう。「今日の給食はおかわりができるよ」といわれたら、障がいの特性のため、あいまいな言葉や状況理解が難しいこのお子さんは、せいぜいできても2杯か3杯くらいまでかなとセーブするのではなく、むしろ一生懸命に食べて、たくさんおかわりしようと考えるんですね。そこでいきなり「もうおかわりできないよ」と制止されることで、混乱してしまうのです。
これにかんしては、事前におかわりの回数を決めて、子どもに予告するという支援をしていきました。指を使うと5までは目で見て数が理解できるお子さんでしたから、仮に2回おかわりができる日であれば、今日は2回までだよ、1回おかわりしたからあと1回だねと、実際に子どもと一緒に指で回数を確認しながら給食の時間を過ごしていくようにしていきました。
インタビュー前編でお話しした障がいの社会モデルに則れば、特別なニーズ児が行動問題を起こしてしまうとしても、その原因は当人-障がいなどの心身の機能や状態に帰するのではなく、環境の因子のほうにあると考えます。周囲で支援をしていく保育者の方々と一緒になって、その子ができることを生かす方向へと支援のあり方を変えていくことによって、事態は好転していく可能性があるのです。
こうした経験が重なっていくうちに、現場の保育者の方々のあいだで、新たな発見をもとにさまざまなアイデアが生まれていき、試行錯誤をしていくようになっていきます。実践研究を続けていく私の仕事の、最も醍醐味のあるポイントですね。私自身が、そうした現場の変化のなかから学ばせていただいていますし、相互作用というものがあります。なぜこの仕事をやっているんですかと問われれば、端的にいえば、楽しいから。その一言に尽きるのです。
現在は、増えつつある在留外国人の特別なニーズ児への支援が遅れがちになってしまうという問題に対して、如何に早期に発見し、どのように支援につなげていけるのか、その方法を考える基礎的研究をおこなっているところです。これからも、現場で起きていることを大事にしながら、実践研究を続けていきたいと考えています。
野澤 純子
研究分野
国際教育開発、障害福祉、特別支援保育、特別支援教育
論文
保育所等における特別ニーズ児と保護者への支援とその体制に関する研究(2023/08/31)
乳幼児および学童期を育てる外国人家庭の子育ての課題と必要な支援について(2023/03/31)