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新しいタイプの職住近接の街に変貌を遂げる渋谷の再開発

人や企業が特定の場所を選ぶ理由 ー後編ー

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経済学部 教授 田原 裕子

2024年2月1日更新

 刻一刻と姿を変えていく、渋谷駅周辺。その再開発を目の前で観察し、地元の人々との協働的な実践も進めているのが、田原裕子・経済学部教授だ。「高齢期の人口移動」というテーマを追いかけてきたキャリア初期から「渋谷の再開発」へ。一見異なる問題系のように見えるが実は、地域の特性や人々のありようという関心が持続している。地元の人々、事業者、行政と一緒に、毎年早咲きの河津桜を見上げる時、その視線の先には「地域」の未来が舞っているかもしれない。

 

 若者の街、ファッションの街だった渋谷駅周辺が、「都市再生緊急整備地域」に指定されたのは2005年のことです。私は現在にいたるまで、30年以上にわたって渋谷駅近辺に通学・通勤していますが、いまの再開発ぶり、消費の街としての姿のみならずビジネスの一大拠点としての変貌ぶりには、驚くばかりです。

 長い年月を過ごしていても、いまだに「渋谷らしさとは何か」ということはわからず、一言で説明できないところが渋谷の魅力でもあります。だからこそ知りたいと思い、「100年に一度」といわれる渋谷の大規模な再開発を、近年の研究テーマとしています。

 東横線と営団地下鉄13号線(現・副都心線)の相互直通運転および東横線の地下化ひとつとっても、あれほどに入り組んでいた渋谷駅の駅舎と駅ビル、そして地下を流れる渋谷川を解きほぐしながら再開発へつなげている。さまざまなアクターが参加して可能になっている再開発の背景といったものを調べ、分析することからはじめていきました。

 そうした研究から徐々に浮かび上がってきたのは、「働く」「暮らす」「学ぶ」「楽しむ」がシームレスに一体となった、新しいタイプの職住近接の街という、渋谷が目指す姿です。つまり、インタビュー前編で語った高齢期の人口移動なども含めて、以前から私が気になってきた地域特性というテーマ、その地域に人は何を見出だすのかという問題系が、ここでも関係していたのだと、自分自身としても改めて実感されているところです。

 そしてこうした渋谷の再開発は、国際的な議論の布置のなかでとらえることができる、ということも、重要なポイントです。都市経済論や大都市政策における先端的な動き、具体的にいえば世界都市論、グローバルシティ、クリエイティブ都市論、イノベーションディクストリクトといった潮流に、渋谷の再開発はどのように関係しているのか。このような観点でも、関心を抱くようになってきています。

 もちろん、渋谷の再開発に何の課題もないわけではありません。都市の再開発がおこなわれているのは渋谷だけではありませんから、そのなかでいかに特徴的な都市でいつづけることができるのかという点は、大きなポイントとなります。

 たとえば、渋谷といえばスタートアップやベンチャー企業が集まる街という戦略がとられてはきましたが、大手町・丸の内エリアでも同様の方策がとられており、一概には色分けされているといいづらい状況がある。イノベーションの拠点としての渋谷の強みというのは、今後さらに模索していける余地があるでしょう。

 実際に多様なプレーヤーが集う共創施設に足を運んでみると、設立当初は上手くいくのか不安を感じていたものの、数年経つとそこで生まれたイノベーティブなアイデアが社会実装される段まで進んでいるなど、人々のつながりのなかで次のステップに進んでいることを実感できます。

 他にも大都市の再開発というと、地元の住民が置いてけぼりになってしまうのではないかという懸念を抱かれる向きもあるかと思います。しかし渋谷においては、地元の方々が再開発に積極的に参加されているということは、特筆すべきポイントではないでしょうか。

 たとえば渋谷川沿いの「渋谷リバーストリート」は、計画段階から渋谷三丁目の町内の方々が議論に参加し、多くの提言をされてきました。早咲きの河津桜を植えようと提言されたのも、町内の方々です。近隣の明治通り沿いに咲くのは陽光桜と呼ばれる種類なのですが、時季がずれて咲く桜を植えたほうが、多くの人たちに来てもらえるだろうという、地元の方々のアイデアだったんですね。

 そして、渋谷リバーストリートができたら終わりということでもない。できた後にどう使っていくのかということを、行政や事業者に任せっきりにしないという姿勢が明確にされています。地域の人たちが率先して考え、主導し、むしろそこに行政や事業者が参加していくようなにぎわいづくり、まちづくりといった活動がおこなわれているのです。

 2019年にスタートし、2024年2月の開催で6回目を数える、渋谷リバーストリート沿いで桜を楽しめる「渋三さくら祭」もそうした取り組みのひとつです。私のゼミも、主催者の方々からお声がけいただいたことをきっかけに、学生たちが「さくら“ホッと”こたつ@渋谷川」という企画を考案し、毎年参加しています。

 河津桜が開花するのはまだ冷え込む時季ですから、川沿いの遊歩道上にこたつを設置することで、訪れた方々に体を暖めてもらいながら、ゆっくり桜を見ていただこうという企画です。おかげさまで年を追うごとに好評をいただけるようになり、だんだんと風物詩のようになってきています。

 渋谷の再開発を観察するだけでなく、学生と一緒にそのなかで実践も重ねていきながら、地域の特性の未来や、そこに拠点を置いたり、新たにやってきたりした人々が、どのような意義や価値を街に見出だしていくのかをとらえていく。そうした研究を、今後も進めていこうと考えています。

 

田原 裕子

研究分野

地域社会問題、高齢社会と社会保障

論文

「100年に一度」の渋谷再開発の背景と経緯ー地域の課題解決とグローバルな都市間競争ー(2020/11/30)

「都市再生」と渋谷川(2018/03/10)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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