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高齢期の人口移動や生活空間・福祉をどのような視点で考えるべきか

人や企業が特定の場所を選ぶ理由 ー前編ー

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経済学部 教授 田原 裕子

2024年2月1日更新

 地域の特性とは、いったいなんだろう。人や企業がその地域に拠点を置く場合には、その地域の、どんな特徴が関係しているのだろう。こんな観点をもとに、「高齢期の人口移動」から「渋谷の再開発」まで、幅広く研究を進めてきているのが、田原裕子・経済学部教授だ。

 自身の関心の変遷を振り返ってもらった、前後編に渡るインタビュー。すると、日本社会における「地域」のありようの変化もまた、透けて見えてきたのだった。

 

 現在にいたるまで、さまざまな研究テーマに取り組んできているのですが、一貫して興味を抱いているテーマは「その場所がどういう場所なのか、他の場所と比べてどういった違いがあるのか」といった地域特性やその成り立ち、そして「人や企業が特定の場所を選ぶ理由」だと思います。

 昔から、その地域がどんな特徴をもっているのか、それがどのような経緯のもとに形成されてきたのかということに、強く興味を抱いていました。神奈川県で育ち、中学から高校にかけては東京の学校に通ったのが、ひとつのきっかけでした。一都三県から生徒が集まっているような学校でしたので、たとえば横浜と八王子、それぞれに住む生徒が地元を自慢しあうような場面があったんですね(笑)。自分が住んでいる地域や他の人が住んでいる地域が、どんな特徴をもっているのかということをだんだん考えていくようになり、そうした関心を深めていきたいと感じて大学も地理学科に進みました。

 実は卒論を書くときに、思わぬ出来事に遭遇しました。地元のよいところを語ることができないかと思い、自治体ごとの保育所の整備状態について調べてみたのですが、残念ながら、人口に比しての保育所数や定員数といった数字は、全国的に見ても水準が低いということが明らかになってしまったんですね(笑)。ただそうやって調べる過程で、数字以外にも、同じ自治体のなかでも保育所にアクセスしやすい/しにくい地域があるということに気づきました。ひとつの自治体内においても、行政サービスの分布に地域間格差がある、ということです。

 この学びは、現在の関心にまでつながっています。人がどこに住むか、会社がどこに立地するのかによって、アクセスできるサービスや人的・物的資源、あるいは実現されるライフスタイルや会社のありようといったものが違ってくる。だからこそ地域の特性というものをきちんと見つめたいし、逆にその地域を人や企業が選択するのならば、その要因を知りたいと思っているわけです。

 具体的なテーマとしては、保育所の問題に向き合ってみたからこそ、これからは高齢者のことを考えなければいけないなと感じ、大学院に進んで研究者になって以降も長らく、「高齢者の居住地選択」や「高齢期の人口移動」といった問いに取り組んできました。

 というのも、高齢者問題というものの位相が変わってきた実感があったからです。かつては高齢化が先行した農山村に住んでいる高齢者が主にフォーカスされていたのが、1990年代に入るころには高度経済成長期に地方圏から大都市圏に仕事を求めて移動し、そのまま大都市圏に住んできた人たちが続々と定年を迎えていきました。長年大都市圏に住んでいても、まったく地域に根差しておらずに定年を迎えて立ち往生する人たちが、たくさん出現したのです。サラリーマンとして猛烈に働いた後に定年を迎え、やりたいことが見つからず、時間をもてあまし、妻の動きにつきまとうような夫が「濡れ落葉」と称され、流行語大賞になったのは1989年のことでした。

 私としても、これまでとは異なる枠組みで、高齢者の生活空間や福祉といったものを考えねばいけないようだ、と考えるようになりました。いまとなっては当たり前のように感じる視座かもしれませんが、当時の日本社会としては、こうした都市圏の高齢化という問題は、容易に解決しがたい課題として目の前に立ち現れたばかりだったのです。

 当事者たちにとっても、老後を左右する大きな選択がそこにはあります。地域に根差すことなく都市圏に住み続けるのか、故郷へUターンしたり田舎暮らしをしたりするのか、それらとも異なる土地へ転居するのか……。興味深いことに、高齢者というと長年住み続けた場所で人生を全うすると考えられがちですが、特に欧米といった先進国では高齢期に活発に人口移動が発生しているというデータもあり、国際規模で高齢期の人口移動にかんする議論が積み重ねられてきたのです。

 私自身、長く取り組んできたテーマです。どんな地域特性があれば、高齢者が移住するインセンティブになるだろうかといった観点から、1960年にアメリカ・アリゾナ州フェニックス近郊で開発・分譲が開始され、大きな注目を集めたリタイアメントコミュニティ「サンシティ」なども含めて調査や議論を進めてきました。個人にとっては人生100年時代の後半をどこでどう生きるかは重要な選択となります。また、東京も高齢化の一途をたどっており、医療や介護サービスの不足が見込まれますから、高齢期の人口移動というテーマは喫緊の課題であり続けています。

 ただ難しいことに、日本での高齢期の人口移動は、思ったほどには活発にならなかった、というのも現実ではあります。たとえば団塊世代が定年になりはじめるという「2007年問題」が議論されていた頃は、これに伴い人口移動も起きるのではないかと予想されていたのですが、さほど進展しませんでした。

 今後の日本社会にとっての重要な議論ではありますから、私としても引き続き見つめつつというところではあるのですが、並行して2010年代初頭から気になりだしたのが、渋谷の再開発というテーマでした。インタビュー後編では、本学も位置する渋谷の現在に、焦点をあててみたいと思います。

 

田原 裕子

研究分野

地域社会問題、高齢社会と社会保障

論文

「100年に一度」の渋谷再開発の背景と経緯ー地域の課題解決とグローバルな都市間競争ー(2020/11/30)

「都市再生」と渋谷川(2018/03/10)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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