流行や文化の発信地としてあり続ける「渋谷」。最近も、ハロウィンやサッカー日本代表戦後のスクランブル交差点におけるハイタッチなど、さまざまな事象が起きています。そしてこの街は今、「100年に一度」という規模の再開発を行っています。
そんな“特殊な街”について、さまざまな分野の研究者が、学問で解き明かすチームがあります。國學院大學 研究開発推進センターの「渋谷学研究会」です。
「スクランブル交差点でのお祭り騒ぎやギャル文化が、なぜ渋谷から生まれたのか。そして今後どうなるのか。いろんな学問から分析すると、新たな背景が見えてきます」
このように話すのは、同研究会を取りまとめる石井研士・副学長(神道文化学部教授)。今年4月には、研究会の成果をベースにした『渋谷学』(2017年、弘文堂刊、200頁、1500円+税)を刊行しました。
教員たちが渋谷を研究すると、何が見えるのでしょうか。そして再開発以降の渋谷はどうなるのでしょうか。石井氏に聞いていきます。
文化・流行が「渋谷」から生まれる意味
──本のタイトルにもなっている「渋谷学」とは、どんなものなのでしょうか。
石井研士教授(以下、石井):國學院大學が渋谷にあることから、この街に注目する教員が本学に複数いました。そこで、さまざまな研究者がチームを組み、それぞれの学問から渋谷を研究するプロジェクトとして「渋谷学」が始まったんです。國學院大學の120周年事業として、平成14年度に採用されました。
そもそも、渋谷は戦後のある時期から、現代日本の都市文化や流行を生んできました。そういった「日本を象徴する場所」を学問的に理解することで、現代社会や都市のあり方を明らかにしたいというコンセプトがあったのです。
――実際、どんな学問の教員・研究者が名を連ねているのでしょうか。
石井 早いうちから渋谷学に熱心だったのは、民俗学者の倉石忠彦(國學院大學名誉教授)と、歴史学者の上山和雄(國學院大學名誉教授)です。
たとえば民俗学なら、通常、地域の言い伝えや風習といった「民俗」は、都市から離れた地方に色濃く残りがちです。しかし、渋谷のような先端都市にも、よく調べると道祖神が残っていました。いかにも都市的・近代的・商業的な場所でも、表の皮を剥ぐと、古いメンタリティとつながっている。それが研究の興味になりました。
さらに面白いのは、渋谷が“新しい民俗”も生んでいることです。民俗は決して古いものだけではありません。かつて「ヤマンバ」や「ガングロ」といわれた“ギャル文化”がなぜ渋谷に発生したのか。そもそも「ヤマンバ」の語源は「山姥」であり、もとは山の中にいた妖怪ですからね。
加えて2000年以降には、渋谷を舞台にした「渋谷怪談」という映画も生まれました。これは渋谷を戴冠した都市伝説で、やはり民俗学につながります。
果たしてこういったものが発生する意味はどこにあるのか。それが渋谷学の始まりでした。もちろん、最初は手探りでしたが、そういった形で民俗や歴史、経済、宗教など、多方面の研究者が参加して、渋谷にアプローチしていったのです。
渋谷のエネルギーをつくったのは「混沌」「カオス」
――渋谷を研究する中で、わかってきたことや面白い発見はありますか。
石井 渋谷から文化が生まれる理由を研究したとき、私が感じたのは、この街が「混沌」や「カオス」を持っているということです。
渋谷の特徴として、「〜通り」や「〜ストリート」など、名前のついた通りがたくさんあります。センター街を筆頭に、細かな通りが複雑に入り組んでおり、わかりにくい街並みですよね。統制やコントロールを嫌い、まるで迷路のようです。
丸の内などは、街並みも道路も整理され、ある程度コントロールできる空間ですが、渋谷は、入り組んで統制が取りにくいと言えます。だからこそ、渋谷は近代的なイメージがありながら、丸の内などと違って、多彩な「顔」があるのかもしれません。
スクランブル交差点にも似たことが言えます。渋谷の場合、十字路ではありますが、よく見ると単なる十字ではなく、変形の6叉路、7叉路になっています。これも、綺麗な十字の交差点にくらべ、統率やコントロールの取りにくい空間といえるでしょう。だからこそ、渋谷のスクランブル交差点にいろいろな流行が自然発生したのかもしれません。
つまり、このコントロールの難しさ、複雑で曖昧で衝突の起こりそうなトポスこそが「混沌」「カオス」だといえます。
――それが、文化の発生につながるのでしょうか。
石井 一つの考えとして、そう言えるのかもしれません。都市が文化を生むのは、「混沌」や「カオス」の中であることが多いのではないでしょうか。表の綺麗なものだけでは、エネルギーが生まれにくい。ヤマンバギャルや渋谷系の音楽は、そのカオスや混沌のエネルギーが基礎だったのかもしれません。
――渋谷が持っていた街並みの特徴がエネルギーを生んだのですね。
石井 もちろん、それに加えて「109」などの人気店ができたことも大きいでしょう。特に大きかったのは、NHKの渋谷移転です。これは歴史学者・上山和雄の研究なのですが、NHKは東京オリンピックの際、渋谷にある今の場所に移転します。そしてそれを機に、ニュースなどで渋谷の様子を映すようになりました。今も定点カメラの映像がよく流れますよね。
ちょうどテレビが普及した昭和30年代から、渋谷が全国に映し出され、誰もが目にしていった。これも、渋谷の大切な歴史であり、さまざまなものが合わさって、街の重みが増したのだと思います。
2027年まで続く再開発に研究を役立てたい
――このような渋谷の学問的エッセンスは、街づくりに有効になるということですよね。
石井 はい。今の日本を考えると、地方との格差は拡大していますし、一方で都市はチェーン店や巨大資本の流入により均一化する傾向にあります。その中で、渋谷という都市がどうなるのか。そのメカニズムや特徴を正面から研究することは、今後この街のあり方を考える上で大切になるんじゃないでしょうか。
例えば、再開発の中で渋谷らしさとは何かとなったとき、我々研究者の智恵は活きてくると思いますし、研究だけの目的ではなく、まちづくりに還元する実用的なものにもなるはずです。
なお、今回の再開発では、駅前は大きく変わり、整理される予定ですが、センター街やスクランブル交差点は大きく変わらない見込みです。となると、いわゆる渋谷の持つ混沌さは残り続けるかもしれません。これは研究者として注目したい点です。
――今行われている再開発でも、渋谷学の成果を役立てていくということですよね。
石井 我々のチームは、渋谷の再開発全体に完全な密着をしているわけではありません。むしろ、ある程度離れてじっと見ながら、その成り行きや変化を研究していくことが大切です。そしてその成果を還元しながら、地域や住民の役に立ちたいです。
と同時に、渋谷に位置する大学として、具体的に再開発と関わっている部分もあります。それは、今回生まれ変わる渋谷川のプロジェクトです。渋谷駅から大学へ至る道の一部でもありますし、渋谷川の再開発にあたり、どうすれば賑わいのある空間、快適な街並みにできるか。行政や施工会社、住民と一緒になって考えています。
渋谷学は、学生にとっても社会に関わるチャンス
――具体的には、どのように関わっているのでしょうか。
石井 大学から何人かの研究者がプロジェクトに参加しています。これもいくつかの学問からアプローチするのが基本で、たとえば「渋谷川が、これまで地域にとってどんな存在だったか」という民俗学の面から提言することもありますし、今そこに住む方が「渋谷川とどう関わりたいか」というイメージ調査もしています。その中で、みんなが合意するような、望ましい渋谷川のあり方を考えていますね。
一例として、渋谷川は再開発により並木道ができますが、その賑わいをどう維持していくか。この点でも、経済学の先生などがいろいろなアイデアを提案しています。
これらの活動を通して、大学が地域や住民、企業や行政をつなぐハブになりたいですね。
――そのような活動は、学生も関わるチャンスがあるのでしょうか。
石井 もちろんです。むしろそれこそが最大の価値だと考えています。渋谷川などのプロジェクトを通して、地域の方や企業の方など、いろいろな人との関わりを持たせてあげたいんですね。そうした関わりの中で「大人」として自律して行ければいいと思っています。
本学の教育目標には「主体性を持ち、自立した『大人』の育成」がありますが、社会と関わることで、大学を出てからもギャップなく活躍できる「大人」になってほしいのです。
しかも舞台は、現代文化の象徴といえる渋谷です。 大学や教授たちの持つ知見、コンテンツを地域に提供しながら、さらに学生が関われる機会を創出する。そうやって、地域や学生に還元できればいいと考えています。
(プロフィール)石井研士(いしい・けんじ)
東京大学人文科学研究科宗教学宗教史学博士課程修了。東京大学文学部助手、文化庁宗務課専門職員を経て、國學院大學神道文化学部教授、博士(宗教学)。
『テレビと宗教』(中公ラクレ)
『プレステップ宗教学』(弘文堂)
『神さまってホントにいるの?』(弘文堂)
石井 研士
研究分野
宗教学、宗教社会学
論文
「魔法」という矛盾-「魔法少女」形成期における「魔法」の位置付けについて(2018/06/01)
氏神信仰の20年-変容か持続か(2018/06/01)