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「あるある」で人気沸騰の山田全自動さんが
落語、日本文学のマンガ化で得た高評価

つながるコトバ VOL.8(山田全自動 後編)

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山田 全自動 さん

2023年8月28日更新

 日常にある「あるある」ネタを、浮世絵風のイラストで表現。読めば思わずクスッと笑いがもれる作品が大人気の山田全自動さん。「あるある」以外にも、令和3(2021)年には落語を、令和4(2022)年には日本文学をマンガ化している。1作品2ページから長くても12ページ以内にまとめてあるこれらの書籍がまた人気を博し、「山田全自動の落語でござる」(辰巳出版)は累計3万部を売り上げている。みんなが知る物語をマンガにすることや、文章表現で工夫や苦労したことはあるだろうか?

 

「この本を読んで原作を読みたくなった」という声が一番うれしい

 「山田全自動の落語でござる」は、「芝浜」や「時そば」「寿限無」などよく知られた古典落語29演目が1演目4ページで構成されており、マンガによるあらすじといった体をなしていて、落語を知らない人でも物語を楽しむことができる。

 「あるときから落語が好きになって、マンガにしてブログに載せてみようかなと思い、描いてみたんです。落語も15分ぐらいの短いものから長いものだと1時間以上ありますから、どの部分を省略してどの部分を残すか、いろいろ試行錯誤しました。どうやって4ページにまとめていったかというと、まず、スケッチブックに下書きを描いて、コマ割りを考えていったんです」

落語をマンガ化したときの下描き。完成度の高さがすごい。

 これが下描き……? 線画はコピックのマルチライナー(線画が描けるドローイングペン)で書き、グレーの部分は薄墨の筆ペンを使用しているそうだが、ほとんど完成形に見える。

 「これを写真に撮って、タブレットでクリップスタジオというアプリで線を書き加えたり色を付けたりして仕上げていきました。やっていくうちに物語を省略するコツがつかめていきましたね」

 「山田全自動の日本文学でござる」(辰巳出版)をまとめあげるのは、さらに大変な作業だった。作品を読み返したり、内容を把握するのにかなりの労力を使った。

 なにしろ島崎藤村の「夜明け前」は、岩波書店の文庫で4冊にもなる大作である。ラインナップは「夜明け前」をはじめ、梶井基次郎「檸檬」、樋口一葉「たけくらべ」、芥川龍之介「羅生門」、森鴎外「高瀬舟」など、誰もが名前を知る全20作だ。

 「マンガ化した作品の選定基準は『みんながその題名を知っているけれど、内容はうっすらとしか覚えていない』というもの。僕自身、読み直してみて『これってこんな話だったんだ』と思うこともありました」

 それにしても文庫4冊の「夜明け前」(12P)も、短編の「檸檬」(11P)も同じくらいのページ数で作品化されているのがすごいのだが、どうやって省略するかは、さほど悩まなかったそうだ。

 「日本文学の場合は、落語と違ってまず文章で自分なりのあらすじを書いて、どこを残してどこを省略するかを考えてからマンガにしていきましたね。みんなが知っている有名な一節やセリフは残し、次は自分が好きな箇所を残すようにして作画しました。だから『あの作品であの場面がないのはなぜ?』と思う人もいるかもしれませんが、そこはまあ、僕のオリジナリティということで……」

日本文学のマンガ化の際には、ノートに各ストーリーのキャラクター設定を細かくメモした。

 楽しみながらの作画だったが、「夜明け」』は全4冊を読み返すのが大変だったし、堀辰雄「風立ちぬ」は日記のような、詩のような小説で、あらすじ化するのも苦労した。しかしそのかいあって、発表後には山田さんを喜ばせる感想が続々と寄せられた。

 「お子さんを持つ方から『普段本を読まないうちの子が、唯一この本だけ読みました』とか、『山田さんの本を読んで原作を読み直して改めて楽しんでいます』といった感想は本当にうれしいですね。やってよかったと思います」

 

好きな作家は松本清張、理由は「やさしさ」

 「Y氏は暇人」ではかつて、「それでもやっぱり紙の本が好きな話」として、電子書籍ではなく紙の本を愛読していると記した山田さん。制作上の影響を受けた作家や、一読者として好きな作家はいるのだろうか。

 「松本清張が好きです。松本清張(の作品)は、とてもやさしいと思うんです。よく、売れてない人が『俺のよさを分からないのは見るやつにセンスがないから』みたいなことを言うっていう話がありますが、僕はその理屈はすごくダサいな〜と思っています。どんな人にも分かってもらえるようにすることが大切じゃないかと思うので。そういう意味で松本清張って、あらゆる人に分かってもらえるような努力をものすごくしている人だと思うんです。もちろん、中には『誰が読むんだろう』というような、ある意味、個人の趣味丸出しの作品もありますけど、みんなを楽しませつつも好きなこともやる、その姿勢もやさしさだと思うんです。僕もそういうスタンスで活動を続けていきたいですね」

 松本清張で一番好きな作品はと聞くと、

 「そうですね『或る「小倉日記」伝』が一番好きです。芥川賞を取った作品で、森鴎外が小倉に住んでいた時代の日記を、生涯かけて探し続けた田上耕作(たがみ・こうさく)という人を描いた短編です。結局、思ったような成果は上げられずに亡くなってしまうんですが、読んでいると田上さんはきっと、亡くなったときには満足していただろうな……と感じるんです。その描き方もまた、やさしさかなと」

「好きな作家は、もう松本清張一択と言っていいほどです。サイン本も持っています」

 最近では西村賢太(*)の作品も読むという。

 「松本清張も苦労して作家になった方で、西村賢太も波乱万丈な人生を駆け抜けた方。ふたりとも遅咲きの作家ですね。作品も魅力的ですが、そういう生き方にひかれてしまうのかな?」

*平成23(2011)年「苦役列車」で芥川賞受賞。令和4(2022)年逝去。

 

秋には「懐かし観光」的な本を出版予定

 これから先の山田全自動さんはどこへ向かうのだろうか。

 「昨年暮れぐらいに受けたインタビューでは、目標を『ブログで月間1000万PVを達成したい』と言ってたんですが、それが達成できてしまって目標がなくなっちゃって、次はどうしようって考えてました。そこで思ったのは『もっと本を出そう』ということです。直近では、秋ぐらいに観光の本が出る予定です。観光といってもガイド本とかじゃなくて、昭和30〜40(1955〜1970)年代の懐かし観光の本なんです」

 そう言いながら、スマホの写真フォルダを開いて見せてくれた。

「ご当地のしおり」。名所の写真がデザインされたしおりが複数枚セットに。フォントもイラストもレトロ感がたまらない!

 「この時代って、旅行ブームだったんです。今まで旅行とは縁がなかったような人がどんどん出かけるようになって、もうとにかくみんな楽しそうなんですよ。今の旅行の3倍ぐらいは楽しかったんじゃないかな。こういう資料を見ていると、楽しさが伝わってきてワクワクしてくる。

 中には昭和そのままの雰囲気を残す現存する旅館やホテルもあるんですよ。そういうところには現地取材もできますしね。まあ、廃墟になってるホテルもありますけど(笑)」

 昭和30〜40(1955〜1970)年代の旅館パンフレットや絵葉書、荷札の写真を見ながら語る山田さんは本当に楽しそう。誰も嫌な気持ちになることなく、安心してクスッと笑える山田全自動ワールドは、これからもまだまだ広がりそうだ。

プロフィール

山田全自動(やまだ・ぜんじどう)

1983年佐賀県生まれ。イラストレーター、WEBデザイナー、ブロガー。日常の何気ない風景に潜む「あるある」ネタが大人気を博している。Instagramでは1日2ネタをアップし続け、現在Instagramのフォロワーは2アカウント(y_haiku,y_haiku2)合わせて127万人、Twitterフォロワーは18.2万人。2023年8月号から「コミック乱」(リイド社)で「あるあるで候」が連載開始。6月にはライブドアブログ「山田全自動のあるある日記」が月間1000万PVを達成。また福岡を中心とした郷土史研究も行っておりブログ「Y氏は暇人」でそのリポートを見ることができる。「山田全自動でござる」など著作は11冊、秋にはさらに1冊上梓予定。ペンネームは博多出身の自由律で知られる俳人・吉岡禅寺洞から取った。

関連リンク

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取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

 

 

 

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