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米国で60年続く住民運営の高齢者コミュニティとは
~「サンシティ」という成功例から考える高齢者移住~(連載第4回)

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経済学部教授 田原裕子

2020年10月5日更新

 東京圏の高齢化が急速に進む中、高齢者の「移住」が解決策として挙げられている。一方、海外に目を向けると、高齢者移住は日本より進んでおり、特にアメリカでは高齢層が集まる居住区、リタイアメント・コミュニティ(RC)が発達しているという。

「アメリカでは20世紀後半にRCが活発に作られ、2000年以降でも、全米で200以上のRCが存在していると考えられます。重要なのは、国や行政の政策ではなく、民間企業がビジネスとして行うRCが多いこと。商業的に成功したことから、全米各地に増えていきました」

 このように話すのは、國學院大學経済学部の田原裕子教授。同氏によれば、アメリカのRCの代表格として挙げられるのが、1959年に開発、翌1960年から分譲が開始された「サンシティ」だという。その詳細を聞いた。

國學院大學経済学部教授の田原裕子氏。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。職歴:東京大学大学院総合文化研究科・教養学部助手、國學院大學助教授を経て現在に至る。少子高齢化や都市再生など、現代社会が抱える様々な問題を“街のコミュニティー”を通じて考察する専門家。

 

行政ではない自治区としてのRC、住民による「自警団」も

――アメリカではRCが数多くあるとのことですが、どのように出来ていったのでしょうか。

田原裕子氏(以下、敬称略) 前回触れた通り、アメリカでは1940年代後半から高齢者やリタイア層の移住が顕著になりました。その動きを捕まえて、1950年代末には民間業者のビジネスとしてRCが作られました。イギリスでは自然発生的なRCが多いのに対し、アメリカは商業的かつ計画的に建設されたRCがリタイア層の移住を牽引したことが特徴です。

 数あるRCの中でも成功例として挙げられるのが、アリゾナ州フェニックス近郊の「サンシティ」です。デル・ウェップ社が1959年に開発したもので、この成功を機に、同社はその後サンシティの名を冠したRCを各地に作っていきます。今回は、その“元祖”となるサンシティを紹介します。

――どのようなRCなのでしょうか。

田原 全米初の計画的RCで、1960年の販売開始とともに好調な売れ行きとなり、1978年まで区画を販売しました。その時点で、総面積8900エーカー(1エーカーあたり4046.9㎡)、総戸数2万5千戸の大コミュニティに。20年以上経った2003年時点でも、居住者数は3万5759人を数えます。この数字は通年居住者に限ったものであり、そのほかに夏の暑い時期を避けて暮らす「スノーバード」も約7000人います。合わせると約4万2500人が居住していることになります。

 サンシティは活動的な高齢者、「アクティブ・アダルト」のコミュニティとして開発されました。徒歩や自転車で出かけられる範囲に、生活に必要なすべてを整備することを目指しており、住宅、水道、道路、ショッピングセンターといった生活インフラはもちろん、レクリエーション施設やコミュニティ施設なども一体的に作られました。実際、8つのゴルフ場(会員制を除く)や7つのレクリエーションセンターもあります。医療についても、スタッフ1000人ほどの大規模な病院が立地しています。

――文字通り「大きな街」と言える規模ですね。居住できるのは、高齢者のみということでしょうか。

田原 世帯構成員のうち、少なくとも1人が55歳以上であることが居住資格として定められています。その一方、19歳以下の子どもには永住資格が認められない(年間90日以内の滞在は認められる)ことを規定。2003年時点で、通年居住者の平均年齢は73.4歳となっており、65〜74歳の前期高齢者が最多となっています。

 一般の住宅地で居住者に年齢制限を設けることはできませんが、それが可能なのは、サンシティが行政上の市ではなく、非行政コミュニティだからです。いわば“自治区”であり、行政上はマリコーパ郡の直轄となっています。そのため、市の消費税が徴収されない代わりに、一般に市のレベルで提供される行政サービスを受けることもできません。そこでサンシティでは自警団が創設され、緊急時の交通整理や定時の巡回パトロールなども行っています。自警団といっても規模は相当で、2003年時点で170人のボランティアの「制服」警官が交代で勤務し、15台のフル装備パトカーを保有していました。

なぜサンシティ住民は、これほど積極的に運営を行うのか

――これだけ大規模で行政管轄でもないとなると、運営はかなり大変そうですが…。デル・ウェップ社が運営しているのでしょうか。

田原 いいえ、運営のほとんどは住民の自治組織が担っています。これがサンシティの特徴で、自警団だけでなく、先述したゴルフ場やレクリエーションセンターなどの管理・運営も行っています。

 開発したのはデル・ウェップ社ですが、分譲が終わるとレクリエーションセンターやゴルフ場の所有権を住民に移譲する方針をとりました。その後、住民たちがこれらの管理・運営を行う組織(Recreation Centers of Sun City)を作ったのです。同時に、施設の管理・運営費用について、全住民から分担金を徴収する仕組みも導入しました。サンシティ・アリゾナのサイトによると、現在は年間496ドルの分担金を払えば、1世帯当たり2人まで、レクリエーションセンターを自由に利用でき、ゴルフ場やボーリングも住民レートで利用できるようです。

 この管理・運営組織は9人の役員による「理事会」(board of directors)が中心となって運営されており、理事はみな住民。ボランティアで任務に当たっています。一方、現場で施設等の管理や運営の業務を行うのは、組織から雇用されたフルタイム・パートタイムの有給職員であり、数百名に上ります。サンシティの住民内で雇用や経済サイクルが生まれているのです。

 そのほか、来訪者や新たな転入者に情報提供やサポートをするビジターズセンターがありますが、これも住民ボランティアで成り立っています。私も調査で訪問しましたが、驚いたのは、サンシティの紹介ビデオを視聴すると、英語だけでなく日本語、フランス語、ドイツ語など、多様な言語に対応していたことです。

 また、転入者に対してアクティビティやサークルも紹介します。センターでは住民の出身地や経歴といった情報も保管しており、共通項のある住民を引き合わせてくれることも。移住は新たな地域コミュニティに入るハードルがありますが、サンシティはそれらをビジターズセンターがサポートしてくれるのです。

――これほど大規模なコミュニティが住民の運営で成り立っているのは驚きです。なぜ住民はここまで積極的なのでしょうか。

田原 前提として、サンシティはアクティブ・アダルトに向けたRCであり、この価値観に共感した人が住んでいます。と同時に、住民が積極的に協力する別の理由もあります。それは、住民が将来自分の家を売却する際、買い手が見つからないケースを避けたいのです。だからこそ、この街の資産価値を維持することに尽力するのでしょう。

 あくまでアクティブ・アダルトがターゲットのRCであるため、亡くなるまでここで暮らす人はそれほど多くはありません。ある程度経つと、家を売却して出ていくケースが多いのです。ただ、売却するには資産価値を維持しなければなりません。そこで、住民自身が積極的に携わっているのです。

――ということは、開発直後に移り住んだ人が住み続けているというより、住民の出入りが繰り返されているということでしょうか。

田原 はい。その証拠に、開発から60年経った現在でも、住民の年齢の中央値は73歳です。長い期間にわたり、住民の新陳代謝が行われてきた証拠です。とはいえ、少しずつ住民の高齢化が進んでいるのも事実で、サンシティ内に墓地があったり、ショッピングセンターの中にカイロプラクティックなどの高齢者向けの医療施設が増えています。

 そのほか、サンシティ周辺には老人ホームのような施設が増えています。これは、サンシティの住民が高齢になり、介護が必要になった時に、サンシティを離れるのではなく、近場の老人ホームに入所するケースが増えてきたことを意味していると考えられます。

生活コストがリーズナブルな点も、住民にとって魅力

――こういったRCは富裕層向けのイメージがありますが、費用面はどうなのでしょうか。

田原 このコミュニティについては決して富裕層向けではなく、民間企業や公務員、学校の先生など、普通のサラリーマンだったという人が多いとのことでした。現在も一般的な一戸建ての物件が20万ドル前後で売買されているようなので、比較的安いといえるでしょう。

 先述した通り、行政の「市」ではないため、消費税はなく、固定資産税が安いのも特徴です。こういったリーズナブルな点も、開発から今に至るまで転入者が絶えない所以でしょう。

――RCはその後、アメリカで増えていったということでしょうか。

田原 デル・ウェッブ社が1960年に最初のRCを販売して以来、RC業界には住宅産業の内外から多くの企業が参入し、多くのRCが作られてきました。デル・ウェップ社もサンシティをブランド化して、アリゾナ、フロリダやカリフォルニアといったリゾート地に相次いで建設していきます。また、サンシティ・ブランド以外にも別ブランドを立ち上げ、よりリーズナブルな物件や富裕層向けの高級物件など、ターゲットに応じてさまざまなコミュニティを開発しました。

 さらに同社は、ある時期からリゾート地以外の場所にも次々とRCを建設し始めました。前回、イギリスやアメリカにおける高齢者の移住を研究すると、時代が進むにつれて行き先が3段階に変化したことを紹介しました。「故郷への回帰」から「リゾート地」に変わり、最後は「さまざまな地域」に分散する流れです。

 この変化をいち早くキャッチしたのがデル・ウェップ社です。アクティブ・アダルトの移住先を細かく調査したところ、現役時代の自宅から200マイル以上離れた土地に転居する割合は10%に過ぎないことに注目しました。そうして、今までサンベルトと呼ばれていたリゾートエリアではなく、全米各地にRCを建設します。

 この判断は奏功し、同社のRCビジネスは発展。アメリカには数々のRCが生まれました。

――日本も高齢化の中でRCが注目され始めています。サンシティから学べることもあるのでしょうか。

田原 そうですね。もちろんアメリカとは法律や文化、人口規模や土地の広さも違いますから、一概にサンシティを模範にすることはできないでしょう。しかし、日本でのRC普及や、高齢者移住を考える上で参考になる部分は多々あります。また、近年は日本でも民間RCの成功例が出ており、新しい高齢者移住の選択肢となりつつあります。

 ということで、連載最後となる次回は、日本における高齢者移住の最新事情を伝えながら、移住の可能性や今後の展望を考えたいと思います。

第5回へつづく

 

 

田原 裕子

研究分野

地域社会問題、高齢社会と社会保障

論文

「100年に一度」の渋谷再開発の背景と経緯ー地域の課題解決とグローバルな都市間競争ー(2020/11/30)

「都市再生」と渋谷川(2018/03/10)

このページに対するお問い合せ先: 総合企画部広報課

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