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社会課題の解決を導く「切り札」に?(前編)

マーケティングDXの可能性 

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経済学部 教授 宮下 雄治

2023年2月20日更新

 食料や資源、土地といった有形の資産は、数に限りがあり世界に広く行き渡らせるのは簡単ではない。しかしデジタルという無形の資産は、環境さえ整えばすべての地域・人が使えるようになる。デジタルは企業が成長していくための手段というイメージが強いが、「社会課題を解決する切り札」として、その可能性を追求しているのが國學院大學 経済学部の宮下雄治教授だ。

 宮下教授は著書『米中先進事例に学ぶ マーケティングDX』を上梓し、デジタルを味方に付けるビジネスを解説しているが、その背景には、デジタル技術を駆使したマーケティング(=マーケティングDX)が世の中の困りごとを解消するために活用されてほしいという思いがあるという。宮下教授にその意図やマーケティングDXの具体的な内容を聞いた。

 

デジタルで「世の中の困りごと」を解消する

 世界の人口は、2022年に80億人に達しました。この10年あまりで10億人が増えたことになります。急激な人口増にともなう食糧危機や環境問題、そして貧困格差が切実になっています。急速に進化し続けるデジタル技術は、先進国だけでなくすべての国や地域がその恩恵を享受できるのが大きな価値だと考えます。だからこそ、自社や国の将来のためだけでなく、地球の課題を見据えた取り組みとしてデジタルを活用していく必要性を強く感じています。DXは、「世の中の困りごと」を解消することに本質的な意義があります。

 世界ではこれに向けて、実証的な取り組みをあらゆる分野で進め、実際に社会や生活の変革に繋げています。日本とは異なりプラグマティズムの国である中国では、先端のデジタル技術を使って山積する課題の解決や新しいビジネスに向けた社会実装をあらゆる都市で行っています。

 たとえば、環境負荷が大きい交通渋滞の解消には、AIカメラを活用した交通管理システムが大きく貢献しています。中国を訪れると、街中に張り巡らされた監視カメラに一抹の不安を覚えますが、現地の人は気にしている様子がありません。それによる弊害よりも、治安や都市の交通問題など社会課題の改善において、デジタル化がもたらす恩恵の方が大きいと感じているのではないかと思われます。

 日本と同様に高齢化が進む中国では、医療分野でもAIによる画像診断技術や遠隔医療の実用化で先を行きます。スマホを介した遠隔医療プラットフォームも広く普及しました。移動が困難な患者の負担軽減や地域の医療格差、さらには専門医不足の解消などで成果を挙げています。デジタルを駆使した医療が中国社会を支える新たなインフラになっています。

 また、世界的に食糧需給の逼迫が問題視されています。農水産業の生産性を高める手段として、AIやIoT、ロボット、ドローンなどの先端技術を駆使した「スマート農水産業」が世界的に注目されています。世界を食料不足から救うための切り札として、デジタル技術を駆使した新たな食料生産システムの発展が期待されます。

 

DXの立ち遅れが指摘される日本にもチャンス到来?

 日本企業でDXに取り組む企業がアメリカ企業並みに増加した場合、売上高が70兆円近く押し上げられる効果があると試算されています(総務省調査)。21世紀の日本経済を振り返ると、デジタル化とグローバル化といった世界の潮流に日本企業は大きな遅れをとってしまったことは否めません。

 この間、世の中にはデジタルを使ったサービスや製品があふれました。社会全体で急速にDXが進みましたが、アメリカや中国のような存在感のある世界的なデジタル企業は、残念ながら日本では育ちませんでした。

 しかし、デジタル経済の潮流が大きく変わりつつあります。ひとことでいえば、オンライン空間でサービスが完結していた1stステージから、リアル空間へとデジタル技術の領域が拡張する2ndステージへの変化です。先程述べた、農水産業や医療分野も新たなステージに含まれます。

 今後、リアルとデジタルの融合がますます進んでいくのは次の3つの領域であると考えています。この新たなステージが社会課題解決の切り札になるでしょう。

 1つ目の領域は「製造・生産」領域です。AIやIoT、ロボティクスといったデジタル技術を、自動運転車や建設・製造、農水産業等に活用していく取り組みが進んでいます。自動運転の技術を巡っては、これまで脇役だったソフトウェアの開発が競争の主戦場となり、巨大IT企業や異業種の参入が相次いでいます。交通事故の削減や渋滞の解消に加え、少子化によるドライバー不足の解消、さらには過疎地における高齢者の移動手段の確保などが期待されます。建設・製造ではスマートコンストラクション、農業ではスマートアグリという名称のもと、ハイテク技術を導入した生産性や安全性等を飛躍的に高める取り組みが注目されています。人手不足や食料問題を解決する手段として、AIやIoT等を活用した新時代の取り組みに期待が寄せられます。

 2つ目は、「医療・生命」領域です。医療の分野では、AIやIoTを活用した高度医療や医療資源を有効活用した取り組みがはじまっています。遠隔医療が身近になりつつある今日、医療に対するアクセシビリティがさらに向上することにより、誰もが適切な医療を受けられる機会の確保や医師不足の解消などが期待されます。さらに、ライフサイエンスやバイオテクノロジーにおいてもAIやロボティクスをはじめとした先端技術を用いた研究開発が進んでいます。これらの分野にも巨大IT企業やスタートアップ企業の参入が加速しています。

 3つ目は、「環境・空間」関連です。クラウドからエッジコンピューティングへの移行はさまざまな領域に革新をもたらし、スマートシティなどのインフラ分野の躍進が期待されています。環境やエネルギー分野では、脱炭素の流れの中でこれを商機ととらえたIT企業が参入しています。ハイテク技術を用いた再生可能エネルギーやスマートグリッド(次世代送電網)の開発・導入などエネルギー業界に変革をもたらしています。これに航空宇宙を含め、地球の将来を見据えた取り組みにIT企業が果たす役割は大きく、デジタル経済は今後新しいステージへと進んでいきます。

 これらの領域は総じて長期的な取り組みが求められるという特徴があります。長期戦で改善・改良や試行錯誤を繰り返していく繊細な研究開発や、ノウハウの蓄積が求められる領域です。基礎研究に強く、長期雇用を前提とした日本企業に強みがある分野とも言え、来たるべき新たなデジタル経済における日本企業の躍進が期待されます。

 後編記事では、企業活動におけるマーケティングDXについて、その特徴と実現のカギについて聞いていく。

 

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日本企業の大きな課題は、マーケティング領域におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)とそれを推進する人材育成であると指摘する後編はこちらをタップして進んでください

 

 

 

宮下 雄治

研究分野

マーケティング、デジタル経済、流通システム

論文

「日本型オープンイノベーションの実践的展開に関する考察」(2018/02/01)

「マーケティングからみた製品開発の競争力構築に関する考察」(2017/07/19)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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