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社会課題の解決を導く「切り札」に?(後編)

マーケティングDXの可能性

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経済学部 教授 宮下 雄治

2023年2月20日更新

 世界で激しさを増す顧客獲得競争に日本は生き残れるのか。その現状に多くの日本国民が心もとなさを感じているのではないだろうか。日本企業の大きな課題は、マーケティング領域におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)とそれを推進する人材育成であると國學院大學 経済学部の宮下雄治教授は指摘する。後編では、宮下教授が書籍で提言するマーケティングDXの本質と実現のカギについて、語ってもらった。

 

社会や暮らしの質を高めるマーケティングDX

 私はこれまで「日本の成長シナリオをどう描き直すか」という点に問題意識を持ち続けてきました。そのカギの一つを握るのが、「マーケティングのDX化」と考えています。そこでのキーワードは前編で触れた「デジタル技術を用いた世の中の困りごと(社会課題)の解消」に加え、「顧客体験の刷新」にあると考えています。

 人々の生活様式さえも大きく変えたコロナショック後の世界では、既存のビジネスがこの先も有効である保証はありません。変化した社会・経済を的確に捉え、デジタルの力で顧客ニーズを掘り起こし、顧客体験を刷新するマーケティングが求められています。

 私はデジタルを用いたマーケティングこそが、人々の満たされていない「不」(不安、不満、不足、不便など)や社会課題の発見、しいてはビジネスチャンスにつながると考えています。デジタル技術とデータを駆使して、私たちの暮らしや社会の質を高め、喜びと感動を創造する活動をマーケティングDXと呼んでいます。

 いつの時代も価値あるものは、私たちの社会や暮らしに彩りを与えてくれます。マーケティングの本質的な役割は、より一層の品質やサービスの向上に目を向け、私たちの暮らしや社会をより豊かに、より便利に、より面白くといった生活の質を高めることにあります。

 モノやサービスが溢れる現代社会において、「痒い所に手が届くサービス」や「喜びや快適性といった意味的な有用性を高めるサービス」を提供するところに新たなチャンスが開けます。すなわち、マーケティング活動の目指すところは、「お客様に喜びと感動を創造」する点にあります。

 したがって、企業は時代の半歩先を見据え、「人々は何に喜び、何に感動し、何に不を感じているのか」という点の究明を通して、新たな成長機会を見いだすことが可能になります。これからの時代は、AIやデジタル技術、データを活用したマーケティングが主流となり、そこで生まれたサービスが企業の成長エンジンになっていきます。

 

どのように日本はデジタル人材を確保するのか? 

 日本企業がこれからDXを通して成長する方策はいくつか考えられますが、その一つの重要なカギが「リスキリング」です。これはおもに企業の従業員が、新規事業や違う領域のビジネスへ進出する場合に備えて“学び直す”ことを意味します。

 日本ではICT人材の不足が深刻であり、DXを進めるうえでの最大の課題に台頭しています。そうした中、当然のごとくデジタルスキルや知識の豊富な人材への需要は高まり、あらゆる産業で奪い合いの状況になっています。そうであるならば、激化する競争の中で人材を獲得するより、いまいる社員をリスキリングによってDXの人材に育てるアプローチが日本企業には向いています。

 日本は転職などの労働移動が少ないので、外部からICT人材を獲得するより自社社員をリスキリングすることが現実的で効果が期待できます。一部の大企業がこれに向けた取り組みを行っていますが、ドイツのように国を挙げて大企業から中小企業までリスキリングを行うことが重要です。企業の規模や業種を問わず、リスキリングの支援を行ってICTに精通した社員を社内で生み出すことが、企業の革新のカギを握るでしょう。そこでは、DXやデジタルから縁遠い業界や企業も含めて、リスキリングの実施によって新たなサービスや事業の創出といった真の「攻めのDX」へと進化することが期待されます。

 一方で、海外の高度IT人材を獲得することももちろん大切です。そのためには、世界の人に「日本で働きたい」と思ってもらうことが大切です。働く場所としての日本を海外にアピールしていかねばなりません。東京都もこれに向けた取り組みを始動しており、その動向を注目しています。このような取組みが日本で広がってほしいと考えています。

 

DXの進展で社会はどのように変わるのか?

 一言で言うと、「働き手も買い手もデジタルの恩恵を受けられる社会」です。人間とテクノロジーが共存する社会がさまざまな分野で生まれていきます。利便性や効率性が少し高まるだけならデジタル化ですが、そこにプラスαの付加価値として、過去の利用実績や個別ニーズに応じた手厚いサービスが受けられたり、デジタルとリアルを上手く織り交ぜた快適な買い物体験などが生み出されたりしていきます。

 店舗の位置づけも変わっていくでしょう。多くの消費者にとって、店舗は単に購買プロセスを完結する場というより、気分転換したり、情報を収集したり、楽しい経験をしたりといった、「経験拠点」の場であるという認識に変化しています。

 小売の現場では、最新のAIやデジタル技術を活用して、新しい顧客体験を作り出す取り組みに各社がしのぎを削っています。現実の店舗において、多くの買い物客がストレスを感じる場面、「レジに並ぶ」という行為が取り払われた新しい買い物体験はアメリカが先導していますが、日本でもスタンダードになる日が近いうちに来るかもしれません。

 あるいは、アバターロボットにも大きな可能性を感じています。外出が困難な従業員が分身ロボットを遠隔操作して接客サービスを行うカフェなどが実際に日本でも展開されています。この店舗を訪れると、他店にはない顧客体験や満足を感じるとともに、病気や障害を持つ人々の社会参加の一つの姿を見ることができます。外食や小売りの現場に加え、企業や教育機関、自治体など様々なフィールドへと活躍の場が広がる可能性を秘めています。

 リアルな店舗ビジネスについていえば、これから成功していく企業は、デジタルを味方に独自の取り組みを進め、そこでしか味わえない体験や店頭でのワクワク感、居心地の良い空間を提供していく点にあると思います。

 気分が上がる心地よい顧客体験は、ECであれ、リアル店舗であれ、次の3つの要素を含んだ体験がカギを握ります。買い物の手間・不安・ストレスをデジタルの力で極力軽減していく「エフォートレス」な体験、顧客一人ひとりの購入履歴や属性情報などのデータをもとに、痒い所に手が届くような最適な提案を行う「パーソナライズ」な体験、顧客にちょっとした驚きや心地よい「サプライズ」を与える体験です。さまざまな顧客接点において、心に触れる良質な顧客体験や意味的な有用性をどのように提供するか、これが今日求められるマーケティングの重点課題です。

 

 宮下氏は「DXは企業の利益だけを追求するものではなく、良い社会を作るものだと理解することが重要である」と強調していた。多くの企業がこのような意識からマーケティングを展開し、社会へ生かす好循環が生まれると、日本の成長が見えてくるかもしれない。

 

参考/宮下教授近著
宮下雄治著『米中先進事例に学ぶ マーケティングDX』(すばる舎、2022年)

 

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宮下 雄治

研究分野

マーケティング、デジタル経済、流通システム

論文

「日本型オープンイノベーションの実践的展開に関する考察」(2018/02/01)

「マーケティングからみた製品開発の競争力構築に関する考察」(2017/07/19)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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