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キャンプ場にも見られる格差社会。ふれあう温かさが必要な理由(連載第12回)

ランタントーク Vol.6 「生き方」<後編>

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経済学部・経済学科 教授 中馬祥子

2022年1月8日更新

群馬県中之条町にあるキャンプ場「AUTO-CAMPING BASE NAPi」は、広川康朗さん・多恵子さん夫妻が、手つかずの自然が残るエリアを切り拓き、2人で10年かけて作った。1日限定5組の利用で、広々としたサイトでキャンプを楽しめるのが特徴。このスタイルが人気を博し、つねに予約で一杯の状況になっている。

キャンプ場の経営において、広川夫妻が大切にしているコンセプトがある。「誰もが平等に、自然やキャンプを楽しめる場所にする」ことだ。その裏には、格差に対する2人の考えがあるという。

一方、経済の面から、國學院大學の中馬祥子教授(経済学部経済学科)は、格差が深刻化し、加えてデジタルやAIが進化する現代では、「人とのつながり」が大切になると考えている。

格差の中を人々が生きる上で、なぜ「自然」や「人とのつながり」が重要になるのだろうか。3人の言葉から考えていく。

「最近のキャンプブームは、裕福な人の遊びになってしまっている気がします」

広川康 ちょうどインターネットが拡大していた頃、間違いなくこれからは、この技術が時代を席巻すると感じました。ただ一方で、インターネットの時代になればなるほど、確実に人は自然を求めると思いましたね。

 インターネットは便利ですし、僕もデジタルは大好きです。電機メーカーに勤めていたくらいですから。とはいえ、デジタルは人間にとってやはり不自然なものです。だとすると、その逆にある自然への需要は増すだろうなと。これもキャンプ場を作ったきっかけのひとつでした。

 そのとき大切にしたのは、自然やキャンプだけは、どんな家庭も格差を感じることなく平等に楽しめるものにしたいということ。なぜなら、いろいろなキャンプ場を見てきて、格差を感じる場面が意外と多かったからです。

自然の中で交わされる3人の会話は、「格差」についての話に

中馬 興味深いですね。たとえばどのようなことで、キャンプ場においてそういった格差を感じることがあるのでしょうか。

広川康 混雑しているキャンプ場って、自分たちのすぐ隣に他の家庭がテントを張りますよね。子どもからすれば、普段の家以上に隣の家庭と自分の家庭を比べる状況になりやすい。そもそも使用するサイトにより値段に差があるキャンプ場もあります。

 さらに、キャンプ場が子ども向けのイベントを有料でやることも多いのです。すると、隣の家庭の子は参加するのに、自分は参加させてもらえないといったシーンが出てくるんですよね。意外とキャンプ場で格差を目の当たりにすることは多いんです。子どもは大人が思うより繊細だと思うので、とても細かい事ですが気になります。

中馬 そういうことですね。経済の面から見ても、日本の格差はこの20〜30年で本当に深刻になりました。「1億総中流」といわれた時代から、いまではOECD(経済協力開発機構:38カ国の先進国が加盟する国際機関)の中でも、日本の所得格差は特に大きい状況です。

広川康 私たちが若い頃は、ある意味みんな貧乏で、格差を感じることは少なかったですからね。

所得格差の背景について語る、國學院大學経済学部経済学科の中馬祥子教授(写真左)

中馬 当時も所得格差はあったと思いますが、許容できる範囲に収まっていたし、その差が縮小する実感もあったといえるでしょう。所得格差が広がった理由はいくつかあるのですが、まず挙げられるのは非正規雇用の増加です。

 先ほどお話しした(※前編参照)ように、経済成長が止まったこの30年ほどで、企業には余裕がなくなってきました。成果主義が重視されたことも相まって、いままでのように若手を正規に雇用してじっくり育てるより、より効率的に、安価な非正規雇用を多用する形が増えてきた。

 インターネットによって迅速に人材募集できるようになったことも大きいでしょう。企業側も、育成期間の少ない非正規雇用に仕事を任せられるよう、業務をマニュアル化するなど、経営自体もシフトチェンジしたといえます。そうして非正規雇用が増えたことは、所得格差の大きな要因になっていますよね。

 また、何年にもわたり金融緩和政策が行われる中で、資産価格が膨張し、金融取引で大きな利益を得る人々も生まれて来ましたから、富裕化と貧困化の両面から格差が広がってきたと言えるでしょう。

広川多 キャンプって、本当は気軽に自然を楽しむためのレジャーだと思うんです。テントだって安いもので十分だし、寝るときは家にある毛布を持ってきてもいい。誰でもお金をかけずに楽しむことができると思うんです。ただ、最近のキャンプブームを見ていると、キャンプ場代も高く道具も高価な物が増え、むしろお金のかかるレジャーという印象もあります。

キャンプ場の料金設定には、広川夫妻ならではのこだわりがある

広川康 いずれにしても、ここでは有料プログラムを行っていませんし、サイト代も全て同じなので、格差を感じることはないと思います。キャンプ場の料金は、家族4人で高速代、ガソリン代、宿泊費トータルで1万円以内に収められればと考えて設定しました。1万円あれば家族で楽しい休日を過ごす事が出来る、そんな場所を提供したいと思っていました。

東京では感じなかった「何かあったときにお互いが助け合う」という感覚

中馬 格差が広がって行く中で、生活に必要な社会サービスの提供を行政に期待することも、どんどん難しくなっています。少子高齢化によって、医療費や介護費用の増加も抑えることが求められていますし。だからこそ、今後は地域の人とのつながりや助け合いが重要になると思うんですよね。

 私はまだ二拠点生活を始めて日が浅いので、つながりというほどのものを作れていないのですが、広川さんはどのように感じておられるのかなと。

広川康 ここはすべて私たち二人で作ったと言いましたが、当然初めての作業ばかりでした。木の伐採も、家を建てるのも。重機なんて使ったこともありませんでしたし、土木の知識もない(笑)。

 ただ、週末に来て作業をしているうちに、だんだん地元の人が声をかけてくれて、その時々で道具を貸してくれたり、いろいろ教えてくれたりしました。一次産業の人が多い地域ですから。

広川多 もちろん最初は誰にも話しかけてもらえませんでした。手つかずの山奥でテントを張って、見るからに怪しいですから仕方ないです。ただ徐々に話すようになり、キャンプ場を作っていることを伝えるうちに、何か困っていると助けてくれる人が現れるようになって。不思議なんですけど。

広川康 かといって、地方の人がやさしくて、何でもしてくれるということではないんですよね。あくまでこちらが普段からちゃんとした付き合いをすると、相手も助けてくれるというか。たとえば会った時は必ず挨拶をする、家の周りは綺麗にして近所に迷惑をかけないとか、本当に基本的なことです。

中馬 私も長野に住み始めたとき、地域のルールを含めて、区長さんから親切に教えていただきました。

デジタルの時代を生きる上で、つながりやふれあいはキーワードになりそうだ

広川康 それもこれも、地方は本当に助け合いが必要で、お互いさまで成り立っているんですよね。東京では困った事があれば、誰かに手助けを求めるよりも、お金をかけて業者に頼んだりして解決することが多かった。でも地方はそうではない。まずは近所の人に相談してみようと思う事が多いんです。災害を含め、何かあったときにはお互いが助け合う必要がある。そのためには普段からの付き合いが大切で、これは東京ではなかった感覚ですね。

中馬 さきほど「インターネットが普及するほど自然を求める人が増える」というお話がありましたよね。そこにつながるかもしれませんが、今後AIが発達していくと、逆に人間的なものを求めていく世の中になるのかなと思っています。

 ではその「人間的なもの」が何かを考えると、やはり人と人とのつながり、ふれあいの温かさではないでしょうか。これからの私たちの生き方を考える上で、大切になってくると思います。

広川多 そう思います。最初ここに通い始めたとき、とにかくキャンプ場作りに夢中だったのか、その頃の町や地域の思い出がほとんど無いのです。ただ、地元の方と交流し始めた頃から、この町や地域に対する愛着や思い出ができ、とても充実してきたんですよね。そう考えると、結局は二拠点生活や移住も、場所だけではなく人とのつながりが大切なのかなと。

中馬 AIは人間的な作業や思考を行えるように進化していくのでしょうが、完全な人間の代替にはなり得ないでしょう。まして先ほど話したように、格差が広がり、社会サービスを受けられる機会も減っていくと、いま以上に人との助け合いが社会を支える要になるかもしれません。だからこそ、人はますますつながりを求めていく。お二人の話を聞きながら、そんなことを感じました。

 

 

 

中馬 祥子

研究分野

女性労働論、非市場経済論、社会的連帯経済、国際経済

論文

「日本における”女性職”の現状:図書館司書を含めた『専門的・技能的職業』に着目して」(2021/11/25)

「市場経済と性差別の奇妙な関係」(2021/06/01)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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