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野外活動が生む「アクティブメディテーション(動的瞑想)」とは(連載第8回)

ランタントーク Vol.4 「感性」<後編>

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國學院大學北海道短期大学部(幼児・児童教育学科)  田中一徳教授

2021年11月19日更新

キャンプブームが盛り上がる中で、それに付随する野外活動も人気を集めている。ダッチオーブンや燻製づくりなど、キャンプフィールド内で楽しむ人もいれば、釣りやSUP、冬はスノーシューなど、キャンプフィールドに近い自然環境での楽しみを見つける人もいる。昔からこれらの遊びはあったが、キャンプとセットで楽しむ人が多くなってきた印象だ。

こういった野外活動をしていると、作業に没頭しているうちに精神的なリフレッシュができていると感じる人もいるのではないだろうか。これについて「自然ならではの環境が関係している」というのが、國學院大學北海道短期大学部の田中一徳教授(幼児・児童教育学科)だ。

同氏は、キャンプ場やキャンプ・プログラムの企画・運営を行う企業から教授へと転身したキャリアを持ち、自身も渓流釣りや山菜・キノコ採り、冬はバックカントリースキーなど、一年を通して野山を歩く。

そんな田中氏は、自然の中でのアクティビティが精神面に与える影響をどう捉えているのか。アカデミックにキャンプを考察する本連載。この記事では、野外活動による心理的な作用を考える。

自然の中での遊びが、動きながらの瞑想状態を生む

野外で何かをしているうちに、いつの間にか時間が経っていた。そんな経験をしたことのある人は少なくないはず。田中氏は、これを「アクティブメディテーション(動的瞑想)が起きている状態」だという。

田中氏の好きな渓流釣りは、アクティブメディテーションの条件が揃っている

「アクティブメディテーションとは、何かの動きに没頭する中で一種の瞑想状態になることです。通常の瞑想は動きを止めて自分に意識を向けるイメージですが、こちらは動きながら精神的な安定状態になるのが特徴。私は、あるネイティブアメリカンの本を読んでアクティブメディテーションを知ったんですよね」

田中氏は、ネイティブアメリカンがビーズ細工をしながら瞑想状態に入っていることを同書から知ったという。スポーツでよくいわれる「ゾーン」の状態や、アメリカの心理学者チクセント・ミハイが提唱するフローの精神状態にも近いのかもしれないと田中氏は指摘する。

「何かに没頭するうちに動きの中に入っていくというか、ハマっていく感覚になるんですよね。そういう体験は、日常生活では相当意識しないとできないかもしれませんが、自然の中では生まれやすいと感じます。風や木々の音は聞こえるのに、動きに集中しているので心は無の状態になるような。特にコツコツと繰り返しやり続ける作業が良いと思いますね」

キノコやぶどうを探すときも、気づけば無心になって没頭しているという

たとえば、田中氏の趣味である渓流釣りもアクティブメディテーションが生まれやすいという。小さな川や滝を丁寧に登りながら、繰り返し釣りのポイントを探していく。一度失敗した場所では魚がしばらく出てこないので、すぐに切り替えて次のポイントを目指す。その繰り返しの中で没頭していく感覚になるという。

山菜採りやキノコ採りも同様。山を歩きながらポイントを探し、また次のポイントを探すという繰り返しの作業が没頭を引き起こし、瞑想状態を作るというのだ。

「これは余談ですが、枝豆を食べているときもアクティブメディテーションになっているのかもしれませんね(笑)。ひとつ食べて、また次の豆をとって食べて……。その繰り返しでハマっていく。いろんなことを忘れてそこだけに集中している状態なので、心理的にはとてもリラックスしていると思います」

非認知能力を高めるためにも、自然の中で遊ぶことが大切

さらに、自然の中でコツコツと何かを行う行為は、人間の「非認知能力」を高める上でも有効だと田中氏は考えている。

非認知能力とは、自己肯定感ややり抜く力、集中力やコミュニケーション力など、数値化されにくい個人の能力。技術革新が進み、未来の予測も難しい時代になる中で、学力やIQといった数値化される能力(認知能力)に対し、この非認知能力が重要になっているといわれる。

そんな非認知能力を高めるために、なぜ野外活動が有効なのだろうか

自然と対峙すると、おのずと非認知能力も鍛えられるのかもしれない

「自然の中で一人、自分の好きなことに没頭する。それは自分らしさを認識し、自己肯定感の向上を促すのではないでしょうか。大人も子どもも同じだと思います」

そしてまた、自然の中に入ると予想できない状況や初めての環境にたくさん出くわす。野山を歩けばひとつとして同じ地形はないし、釣りをするにもつねに川や水、魚の動きは変化している。

「そういった変化を観察しながらやり続けることで、柔軟な思考力やあきらめない心、あるいは失敗しても単に落ち込むのではなく、失敗から学んだり次に活かしたりという回復力や対応力が身につくと考えています」

柔軟な思考や回復力を身につけるには「新しいことや知らないことにチャレンジし続けるのが重要」だと田中氏。とはいえ、小さい頃は知らないことや初めてのことにどんどんチャレンジできても、大人になると、得てして新しい環境に対してネガティブになったり、一歩を踏み出すのが億劫になったりする。

「だからこそ、次々に違う環境と出くわす自然の中にあえて身を置き、さまざまな新しいこと、初めてのことにチャレンジしてみるのが良いのではないでしょうか。誰もが小さい頃は初めてのことだらけだったわけで、みんな通ってきたはず。大人になるうちにそれが変わり、つい同じ環境に居続けてしまいます。そこで自然の中での活動が有効かもしれません」

20年後、さらなるキャンプブームの中で人々が自然に求めるものは

多くの人がアウトドアや自然に惹きつけられる理由はどこにあるのか。その裏には、アクティブメディテーションのような精神的な効果や、非認知能力の向上といった魅力があるのかもしれない。また、別記事では自然がリラックス効果を生んだり、五感を刺激したりする側面もあることを田中氏から聞いた。野山に向かう人たちは、こういった自然の効果や癒しをどこかに感じているのではないだろうか。

これからの20年、田中氏は「さらなるキャンプブームが来る」という(短大構内のアウトドアキャンパスにて)

さらに今後は、ますます自然の癒しを求める人が増えると田中氏は考えている。

「人生100年時代といわれる中で、自分らしい人生をいかに健康的に過ごせるかが求められると思います。一方で、AIをはじめとした技術革新は勢いを増し、生活が便利になると同時に変化の激しさから新たなストレスも増えてくるでしょう。だからこそ、より自然に癒しを求める人、あるいは自然の中で一瞬でも日常から解放されたい人は増えるのではないでしょうか」

キャンプやアウトドアが、ストレス解消や趣味の追求としてライフスタイルの一部となり定着していく――。田中氏はそんな未来を予想している。

「キャンプブームはおおむね20年周期で来ています。小さな頃に家族でキャンプに行った人が大人になってまた同じようなことをやる。そのサイクルが20年ほどなのです。今のブームも十分大きなものですが、20年後にはより大きな波が来る可能性も。そのときは、いま以上に生活の一部として、キャンプやアウトドアに癒しを求めるようになっているかもしれません」

テクノロジーが進化し、デジタルが生活を埋め尽くすほど、野山に出かける人は増えるかもしれない。その裏には、自然が持つ類まれな魅力がある。これから20年後、キャンプやアウトドアはもっと必要不可欠なものになっているだろう。


 

 

 

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