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なぜソロキャンプが人気なのか。
自然の中であえて「孤独」になろうとする人々の心理(連載第7回)

ランタントーク Vol.4 「感性」<前編>

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國學院大學北海道短期大学部(幼児・児童教育学科)  田中一徳教授

2021年11月19日更新

コロナ禍の影響も相まって、キャンプブームが続いている。その中身を見ると、人によってキャンプの楽しみ方がいろいろと細分化されているのが特徴だ。家のリビングスペースをそのまま移植したような贅沢な空間を再現したキャンプを楽しむ人もいれば、山林を購入して必要最低限の装備だけでワイルドに過ごすキャンパーも出ている。

なかでも代表的なトレンドとなっているのがソロキャンプだ。あえて自然の中で一人になり、孤独や静寂を求めるキャンパーは多い。近年はグループでキャンプ地に赴きつつも、現地ではそれぞれがソロキャンプを楽しむ「ソログルキャン」という新たなジャンルも生まれている。

かつてキャンプといえば、仲間や家族と寝食を共にして賑やかな時間を過ごすのが一般的だったはず。なぜ今、キャンプに孤独を求める人が増えているのか。

そんな疑問をもとに話を伺ったのが、國學院大學北海道短期大学部の田中一徳教授(幼児・児童教育学科)。キャンプ場やキャンプ・プログラムの企画・運営を行う企業に在籍した経験もあり、キャンプと幼児教育・心理学の関係に詳しい。そんな田中氏は、孤独を好む背景に「五感の刺激」を求める人々の心理があると考えている。

アカデミックにキャンプを考察する本連載。今回は、大人が孤独を求めて自然に入る意味を考える。

 

ソロキャンプは「五感が鋭くなる感覚」を得られやすい

さまざまな楽しみ方が生まれている昨今のキャンプブーム。ここまで多様なスタイルに細分化した背景について、田中氏は2つの要因があると考えている。

キャンプスタイルの多様化について分析する田中氏

「1つ目の要因は、キャンプ場の“商店街化”です。最近のキャンプ場は、ビギナーからベテランまで、いろいろな人がいろいろなスタイルのキャンプを行っている状態。ブッシュクラフト系もあればファミリー系もあるでしょう。まるでさまざまなお店が広がる商店街のようで、訪れた人はその光景からいろいろなスタイルを知り、自分に合うものを見つけやすいのだと思います」

もう1つの要因は、ネットをはじめ、さまざまな方法でキャンプの情報を得やすくなったこと。この2つの要因から「自分に合ったスタイルを追究しやすく、細分化が加速しているのではないか」という。

細分化が進んだ現代のキャンプは、サードプレイスの役割も果たしているという。サードプレイスとは、家でも職場でもない第3の場所のこと。カフェやバー、コワーキングスペースなどが代表だ。

「サードプレイスの特徴は、自分と興味が似ている人を見つけるなど、『仕分けの場』の役割も果たすこと。最近のキャンプは、キャンプ好きを集め、その中でいろいろなスタイルを仕分けて、より自分に合ったスタイルや仲間を見つける装置にもなっているのではないでしょうか」

多様なキャンプのスタイルがある中で、人気カテゴリとなっているのが「ソロキャンプ」だ。ソログルキャンといった新ジャンルも生まれているが、なぜここに来てキャンプに「孤独」や「静寂」を求める人が多いのだろうか。

こだわりの道具を揃え、自分だけの世界を作るのもソロキャンプの醍醐味

「日常生活のさまざまな縛りから離れて、自分らしく過ごしたいという欲求があるのだと思います。ルールや時間、人間関係など、今の生活にはたくさんの縛りがあり、自分らしく過ごすのはなかなか難しい。また、SNSをはじめ、人とつながっていることが当たり前になっている。その中で一人になり、自己完結できる時間を求めていると感じます」

田中氏は「たとえるなら、一人焼肉の感覚に近いかもしれません」という。ただし、誰にも気を使わない点こそ共通しているが、ソロキャンプは自然が相手であり、一人でできることの自由度もまったく違う。また、一人で対処しなければならないことも多くなる。

そういった中では、日常生活では感じにくい「五感が鋭くなる感覚」を得られるという。実はこの感覚こそ非常に重要だが、自然と触れる機会の少ない現代ではなかなか味わいにくい。だからこそ「自然の中であえて孤独になろうとするのかもしれません」という。

渓流釣りに向けて道具を用意するのも楽しい時間(短大構内のアウトドアキャンパスにて)

「私は山菜採りやキノコ採り、渓流釣りなどをしますが、一人で自然の中にいると、アンテナの感度が上がっていくと感じます。地形や植生、川の形状や水の流れから、その先に何があるのか予測が立つようになってくるんですね」

 

近年、自然によるリラックス効果が科学的に証明され始めている

自然の中で一人になると、危険を回避するためにも五感が研ぎ澄まされていくという。

自然の奥深くに入るときは、五感から得る情報が大切になる

「誰でも山に入れば、視覚、嗅覚、触覚などを使って周囲に危険がないか確認しようとするでしょう。私は北海道にいるので、ヒグマと遭遇するリスクがあります。足跡や臭い、周りの音、あるいは第六感的な“気配”にも敏感にならざるを得ません。一人だと守ってくれるものがありませんから。自然への畏れも五感の感度を上げていくのです」

今はさまざまな情報をスマホで得られるので、五感で何かを感じとる機会は減っている。ただ、どんなに情報化が進んでも、五感を研ぎ澄ませる必要性は消えないという。

「あらゆる情報をネットで調べられる現代ですが、その情報が目の前の状況に当てはまるのか、情報をどう活用するかは自分で判断しなければなりません。そのためには、自分の感覚で状況を把握する必要があります」

さらに、自然の中で五感を研ぎ澄ませることは、癒しやリラックス効果にもつながるようだ。それもソロキャンプの人気に拍車をかけているのかもしれない。田中氏は「日常生活に疲れている人ほど、自然のリラックス効果が必要です」という。

「森林セラピーや園芸セラピーなど、『自然セラピー』の効果は近年盛んに研究されており、科学的なデータが蓄積されています。これまでも自然によるリラックス効果は研究されてきましたが、アンケート調査などの主観的なものが多かった。しかし最近は、血液の数値など、生理的な指標による効果もわかってきているのです」

自然のリラックス効果は、近年、科学的に証明され始めている

一例として田中氏が紹介するのが『自然セラピーの科学―予防医学的効果の検証と解明― 宮崎良文編(朝倉書店)』で触れられている具体的な効果だ。

同著では、森林環境に滞在すると、ストレス時に高まることで知られている交感神経活動や唾液中のコルチゾール濃度が低下し、一方でリラックス時に高まる副交感神経活動の上昇などが報告されている。

「そのほか、スギやマツなどの針葉樹は、木が自分を守るために揮発性のリモネンやフィトンチッドという成分を出しています。その成分が人間に生理的・主観的なリラックス状態をもたらすことも報告されています」

木が自分を守るための成分は、人間にとって適度な刺激になりやすい。「温泉と同じように、適度な刺激により体がリフレッシュされるのです」と田中氏。もし刺激が強すぎれば、温泉でいう“湯あたり”のように疲れすぎるが、適度なら心地よく、メンタルヘルスにつながる。これも、自然の中で五感を研ぎ澄ますメリットなのかもしれない。

デジタル化が進む中で、私たちが五感を使う機会は徐々に減っている。しかし五感を使うことこそが、人間本来の感覚や感受性を生み、そしてメンタルヘルスにもつながっていくのかもしれない。近年増えるソロキャンプ。自然の中であえて孤独になる人々の心理には、五感を研ぎ澄ませたいという思いがあるのかもしれない。


 

 

 

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