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保存から保存&活用へと舵を切る文化財
― 背景にある日本の課題と、法改正によって引き出される地域の魅力とは ―

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観光まちづくり学部初代学部長(予定)・新学部設置準備室長 西村幸夫

2021年8月6日更新

 地域の歴史や文化を伝えるものとして、各地域に点在する有形無形の文化財。毎年少しずつ文化財に指定されるものが増える中で、所有者が維持・管理の厳しさに直面するケースも多いという。

 そんな中、文化財のあり方に変化が起きている。平成31年4月に改正された文化財保護法。これまで保存の意味合いが強かった同法は、文化財を活用しながら保存する方向へと舵を切った。

 この改正により、所有者の維持・管理に係る負担も軽減されると言われている。なぜ、法律改正によって所有者の負担軽減がされるのか。同法改正に関わってきた國學院大學新学部設置準備室長の西村幸夫氏に話を伺った。

新学部設置準備室長・西村幸夫教授

 

文化財を建て替えて利益を求めるケースが少なくない

 国内にある文化財の数々。国宝や重要文化財、史跡や名勝、天然記念物のほか、重要無形文化財など、多岐にわたる貴重な文化財は、文化財保護法のもとで守られてきた。

 だが、実はこれらの文化財の所有者の中には、維持・管理が厳しくなり、それを負担だと感じるケースも増えていると西村氏はいう。

 「たとえば大きな建造物の所有者は、その維持・管理に多額の費用がかかります。また、相続の際は税負担も発生します。文化財に指定されると税制上の優遇措置や、保存修理の費用の補助を受けることが可能となりますが、同時に現状変更が許可制になるという制約も出てくるのです。両者のバランスは難しく、制約の方をより負担だと考えて、文化財指定を受けないという選択をすることも少なくありませんでした」

 また、維持管理の負担から「行政に寄付したいという要望も少なくない」と西村氏はいう。

 「しかし、行政は行政で、一定の補助は出せても、行政が所有する文化財が増えると、維持・管理をまかないきれません。その結果、貴重な建造物が空き家のまま放置されるといったケースが出てしまうのです。都市部の場合は、新しくビルや商業施設などに建て替えることも出てきます。また、これまでの行政には、文化財活用のノウハウは蓄積されてはいませんでした」

 建造物や土地の保有者からすれば、ビルや商業施設に建て替えたほうが“儲かる”場合もある。地域性にもよるが、特に地価の高い都心部なら、複数階建てのビルにした方が利益の出る場所はある。

 逆に農村部の文化財は、使い道がみつけにくく、維持・管理費や税など、負担ばかりが嵩むことが多い。こういった理由から、土地・建物が「放置されることも少なくない」という。

 「文化財を守れないのは、地域としても、日本としても大きな損失です。コロナ前、インバウンドの観光客を惹きつけたのは、日本らしさを感じる昔ながらのものや風景でした。また日本の中でも、古いものに面白さや魅力を感じる人が増えてきたといえます。特に若者による、古民家のリノベーションが注目されるのはその代表といえるでしょう。古き良きものがビジネスとしても大きな可能性を持っている時代なのです」

 では、どのように文化財を守っていくべきか。そこで行われたのが、平成31(2019)年4月に施行された、文化財保護法の改正だ。今まで、文化財の「保存」に力を入れていた同法において、文化財の「保存と活用」という新たな視点が盛り込まれた。端的にいえば、文化財を守るだけでなく、今まで以上に活用できるようにし、そこで得た利益を維持・管理に回すなどの可能性が芽生える。特に建造物のような不動産文化財にはありがたい制度改正だと言える。

 「わかりやすい例でいえば、近年、古民家を再生してシェアオフィスや宿泊施設にするケースがあります。こういった活用を、文化財でも行いやすくする。また、その担い手として、民間機関が関わりやすい仕組みも作られました」

谷中にある古い下宿を改装したまちやど「hanare」

谷中にある古い下宿を改装したまちやど「hanare

 昭和25(1950)年、戦後の混乱期にできた文化財保護法だが、実は最初から条文の第1条には「保存だけでなく『活用』の二文字が入っていた」と西村氏。しかし、高度成長期の中で、貴重な文化財が取り壊されたり、無くなったりしないよう、重要な対象に絞って重点的に守る仕組みが作られてきたという。対象物の現状変更に制限をかけ、修理には公的な補助を入れる仕組みが生まれた。

 それが、平成31年の改正によって「活用しながら保存」という方向性に大きく影響を与えたのだという。西村氏は、今回の法案作成に向けて文化庁が設置した、文化審議会文化財分科会の企画調査会で委員を務めてきた。従来の保存重視ではなく、活用しなければ守れない文化財もあると訴えてきたのだ。

 ちなみに、文化財と同じく、自然を護る法律として「自然公園法」がある。実はこちらも、従来の「保護」から「保全と活用」への転換を検討している。やはり、活用への動きがキーワードになっているのだ。この法改正の動きには國學院大學 新学部設置準備室の下村彰男教授が関わっており、別の記事で取材した。
https://www.kokugakuin.ac.jp/article/238439

 詳しくはその記事を見てもらいたいが、文化財と自然、同じく貴重な価値であり、今まで守ることが重視されていたものが同時期に活用へと舵を切るのは興味深いといえる。

 

法改正により、文化財を連携活用してまちのストーリーを浮き彫りに

 今回の法改正の目玉となった「文化財の活用」。その具体的な方策として挙げるのが「文化財保存活用地域計画」だ。

 「文化財にはさまざまな種類があり、今までは、建造物、無形文化財と、管轄するそれぞれの部局が中心になって守っていました。しかし、この縦割りのまま活用に舵を切っても、各文化財単体の取り組みの集合でしかありません。それでは価値を最大限に発揮できない。そこで、今までのように文化財を個別の“点”として捉えるのではなく、街道筋や河川流域など、地域一帯で“面”として捉え、域内のあらゆる文化財を連携させて活用できるようになったのです」

 西村氏がこの変更を重要だと考える理由は、いろいろな文化財を連携して活用することで「観光をはじめとしたまちづくりに変化が生まれるから」だという。その地域が作ってきた歴史や固有の文化を色濃く映しやすくなるため、地域を訪れた人が、他のまちにはない魅力を感じやすくなるという。

 しかしなぜ、域内の文化財を連携して活用することが、地域の歴史や文化、他のまちにはない魅力を映し出すことにつながるのだろうか。

 「仮に、ある谷あいの集落があったとします。そこには古い民家や史跡、神社があり、また何百年も続く伝統芸能が存在したとしましょう。これらの多くは文化財として保存されているが、それぞれ管轄の担当者は別であり、補助金や保存の施策もバラバラの縦割りになっていた。これが今までの形です」

 しかし、同じ地域にある文化財は、それぞれが密接に関連している。この谷あいにある集落の民家も史跡も神社も伝統芸能も、いずれも地域社会が支えてきたものであり、誕生からそれぞれが相互に結びついているはずだ。だからこそ、これらの文化財を連携させて保存・活用することで、この「地域そのもの」が持つ文化や歴史が浮き彫りになってくる。また、文化財同士のつながりを表現できると、見た人は、より地域文化を鮮明に理解できる。

 「文化財単体ではなく、エリアそのものが重要だと見て、そこにある文化財をコミュニティ共通の宝として活用していく。そういった法定計画を市町村で立てられるようになったのが文化財保存活用地域計画なのです。特に大きいのは、エリア内の文化財を連携させると、まちのストーリーを作れること。訪れた人は、そのストーリーを味わう中でまち全体を理解できます」

 つまり、この「文化財保存活用地域計画」は、そういったストーリーやプランを市町村が作っていく形だ。都道府県が大きな方向性を作り、それに応じて市町村が計画を作成。国の認定を申請できる。すでにさまざまな市町村で計画が立案されているが、具体例を知る意味で福井県小浜市の例を紹介しよう。ここは、西村氏が計画の策定協議会委員長を務めた市でもある。

福井県小浜市・小浜西組の街なみ

 「この地域は古くから、小浜湾で獲れた海産物を京都へと運んでいました。その物流ルートは『鯖街道』とよばれ、海と都を結ぶ文化交流の道として繁栄します。実際、街道沿いには歴史的に重要な建造物や景観が数多く残っているのです。また、都との交流は、食だけでなく風習や民俗も伝播してきた。こういったストーリーを一連で見せるには、従来のような文化財ごとの施策より連携が効果的です」

 そこで、小浜市では「鯖街道の関連文化財群」として一体で管理し、人々が楽しめる活用を考えていく。そうすることで、文化財そのものだけでなく、「鯖街道を起点としたこの地域のストーリーを理解できる」と西村氏。文化財を活用し、しかも地域の価値が上がっていくのだ。

 鯖街道以外にも、小浜市ではエリア内の文化財群を4つつくり、それぞれのストーリー、そして小浜市全体の歴史や文化を体系化している。

出典:小浜市『小浜市文化財保存活用地域計画~おばまだからできること。~』

出典:小浜市『小浜市文化財保存活用地域計画~おばまだからできること。~』

 

民間機関とパートナーシップを組み、文化財を管理していくことも

 このことにより、今まで保存するにとどまっていた古い建造物も、この地域に伝わる若狭塗の展示施設として活用の道が開けた。こういった建物と伝統工芸の組み合わせは雰囲気も相まって、訪れた人を魅了する相乗効果が生まれるだろう。それがさらに保存のための支援につながっていくのだ。

 「地域一帯で文化財の保存・活用を考えることは、これまで扱いの難しかった未指定の文化財の把握や管理をしやすくしたともいえます。指定文化財に限らず、地域が大切にすべき文化財はたくさんあります。指定された文化財を責任をもって守るという従来の文化財行政から、地域の文化財を幅広く把握して守り、活かしていくという新しい文化財行政へ向けた大きな前進といえるのではないでしょうか」

 ただ、ここで問題となるのが、その文化財を“誰”が管理するのかということだ。観光客に見てもらうためにはそれなりの魅力を維持し続ける必要がある。

 その問題を解決するため、今回の文化財保護法では、市町村が文化財の保存・活用を一緒に行う民間団体とパートナーシップを結べるようになった。それが「文化財保存活用支援団体」の仕組みだ。

 「市町村は、文化財所有者の相談に応じたり、調査研究をする民間団体などを、文化財保存活用支援団体として指定できます。つまり、文化財の保存や活用のノウハウを持った支援団体が管理に携わりやすくなりました。古民家の再利用をはじめ、古い文化財の活用に長けたNPOや企業は各地にあります。そういった団体を仲間に加えやすくなったと言えます」

 こういった形で、大きく活用に舵を切った文化財保護法。すでに改正からに2年が経過したが、もちろん文化財を活用することに対する不安の声は大きく聞かれたという。

 「確かに活用によって保存が損なわれる危惧はあります。ただし、建造物や史跡のような土地に関わる文化財は、適度に人が管理し、使用することがかえって保存につながる面もあるのです。まずは建造物や史跡といった、活用が保存にもつながる不動産文化財から着手するのがいいのではないでしょうか」

 文化財は今もこれからも、そのまちの歴史や文化を象徴するものでありつづけるだろう。そして、個々の文化財が有機的につながることで、今まで見ることができなかった、まちの歴史や文化が浮き彫りになり、訪れる人々を魅了する。今はコロナ禍で遠方への観光は難しい時期だが、地域が有する文化財を見つめなおし、どのようにして魅力的に表現していくのか、地域全体で検討するタイミングなのかもしれない。

 

 

 

このページに対するお問い合せ先: 総合企画部広報課

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