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人々が好む自然風景は時代で変わる。
その価値観の変化がもたらす「自然公園制度」改革

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研究開発推進機構(新学部設置準備室) 教授 下村彰男

2021年5月13日更新

 今も昔も、レジャーや観光の目的地として自然豊かな場所を選ぶ人は多いはず。しかし、大衆が好む自然は、いつの時代も同じとは限らない。たとえば「好きな自然風景をひとつ思い浮かべてください」と投げかけたとき、上位に来る答えは時代ごとに違うかもしれない。人々の自然に対する価値観は、時代の中で変化しているのだ。

 そんな価値観の変化が、ある“制度改革”を起こそうとしている。それが、現在行われている「自然公園法」改正の動きだ。実は日本の自然公園制度は、これまでも時代の流れの中で改正されてきた。ただ、これまで国立公園などの自然公園は、自然環境の「保護」を重視するという点では共通していた。しかし、今後は「保全と活用」を推進する。そこに関連するのが、人々の自然への価値観の変化だという。なぜ、自然への価値観の変化が、保護から保全・活用への転換につながるのだろうか。

 上述の改正を提言したのは、令和元年(2019年)に環境省で行われた「自然公園制度のあり方検討会」であり、その座長を務めたのが國學院大學 新学部設置準備室の下村彰男教授である。そこで同氏に、自然公園法の改正につながる「自然に対する価値観の変化」を聞いた。

 

「風景」は時代によって発見されるもの

 尾瀬や知床など、人々に愛される自然公園は全国に数多ある。こういった自然公園は、これまで貴重な自然を「保護」する仕組みを築いてきた。たとえば、落葉落枝すら持ち出せない特別保護地区の設定などがわかりやすい。しかし、今回の法改正では「自然を護るだけでなく、その中で何かしらの体験ができるなど、自然の保全・活用へと舵を切ろうとしています」と下村氏。その根底にあるのが、人々の自然に対する価値観の変化だという。

 人々の自然に対する価値観の変化とは、どういうことなのか。山や海は昔から変わらずあるが、実は多くの人々が好む自然の「風景」や「楽しみ方」は時代の中で変化していると、下村氏は指摘する。

 「私たちがレジャーとして原生自然を愛で楽しむようになったのは、実はここ100年くらいのものなのです。ヨーロッパ発祥のロマン主義が日本に入り、原生自然の価値に気づくようになったこと、また、交通機関が発達し自然の奥深くに到達可能になったことなどが相まって、多くの人々が楽しむようになりました。当時の人々は、今まで見たことのない原生自然に心を惹かれ、この美しい自然を保護し、そのまま残そうと考えます。国立公園法ができた昭和6年(1931年)は、こうした価値観が高まる時期にあり、自然の保護に重きを置いた制度となりました」

 しかしその後、映像でも世界中の自然を観ることが容易になるなど、原生自然に触れる機会も増え、護る仕組みも定着してきた。すると、人々は今までと違った自然にも目を向けるようになったという。

 「70年代頃までは原生自然への関心が高まりますが、80年代に入ると、棚田や段々畑など、人の営みや暮らしが介在した自然風景、『二次的自然』にも魅力を感じるようになってきます。その背景には人工素材の活用等による地域の風景の均質化が強く影響しているのではないでしょうか。産業革命以降、機械化・工業化が進み、自然の中で人々が続けてきた営みや文化が薄れてきました。中には既に失われてしまったものもあるでしょう。そのような状況の中では、人々は失われつつある二次的自然を“守らなければ”という意識が強くなります。そうして、原生自然とともに二次的自然の価値が見出され広まりつつあると感じています。近年、再評価されている日本の里地・里山も、まさに自然と人間の共生が色濃く現れているエリアなのです」

 そんな二次的自然の典型的な例として、下村氏は京都・北山地方の北山杉を挙げる。その趣ゆえに小説の舞台や絵画の主題となってきた北山は、京都の近傍にあり、急傾斜で狭隘な山あいの地域である。その中で、狭い斜面に多くの杉を密植し通直に育てる技術が培われた。こうして生み出された育林方法が「台杉仕立て」であり、「丸太仕立て」だ。杉の成長過程で枝をこまめに落とし、木を垂直に高く伸ばす。それにより、良質な床柱や垂木を算出し、京都の歴史文化を支えてきた。下村氏は「人々が手間をかけて生みだした自然のひとつです」という。こういった二次的自然が、人々が重ねてきた営みへの崇敬をも伴って胸を打つ時代になっている。

急こう配の斜面に整然と並ぶ北山杉(丸太仕立て)

里地・里山は、人の手が入り続けないと守れない

 こういった価値観の変化に呼応するように、二次的自然を守る動きも増えてきた。たとえば平成4年(1992年)、世界遺産の中に「文化的景観」という概念が取り入れられた。文化的景観とは、自然と人との関わりが時間をかけて形成し、文化として認識されるようになった景観のこと。平成16年(2004年)に世界遺産となった『紀伊山地の霊場と参詣道』もそのひとつだ。また文化庁も、同年から「重要文化的景観」の選定制度を設けている。

 「ここで問題になるのが、二次的自然を維持する仕組みの構築です。今までの自然公園制度は、自然に人手を入れないように規制制度を設けて自然を保護してきました。しかし、人が介在する二次的自然をこの制度で守るのは難しい。むしろ人為を排除するのではなく、適度に人手が入り続ける状況を維持する必要があります。そこで今回の自然公園法改正につながってきます」

 従来の自然公園は「島状保護」が多かった(図1)。つまり、自然エリアの中核部分を島のように囲って、入為を規制、排除していた。しかし二次的自然は、人為を規制していた中核の自然エリアの外側、まさに人の暮らしと自然が混じり合った里地・里山エリアにあることが多い。この部分を守るには、むしろ農家や林業者、伝統文化など、自然と共生してきた人の営みが継続される環境を作らなければならない。

 

【図1】自然公園における自然環境管理の考え方の動向

【図1】「自然公園における自然環境管理の考え方の動向」

 そこで、自然の保護から保全・活用に切り替えるのが、今回の法改正の趣旨だ。特に下村氏が重要と考えるポイントは「自然体験プログラムの推進」と「利用者負担の仕組みづくり」である。

 「まず自然体験プログラムの推進について、公園で自然を鑑賞するだけでなく、ガイド役の案内や体験プログラムを用意して、自然への価値・興味を高めます。特に二次的自然は、風景そのものの『実像』だけでなく、その自然と人がどう関わってきたか、どんな文化を紡いできたかという『歴史的背景』にも価値があります。その情報を与えることで、風景の、そして公園の価値を高めていくのです」

 また、体験プログラムを設けることで、人が自然に介在し続ける動機にもなる。二次的自然の多くは後継者不足が深刻だが、体験プログラムが“次の担い手”を生むきっかけになるかもしれない。国立公園に行くと、ガイドの情報を聞きながら自然や文化が体験できる。そんな場所への転換を見据えている。

 従来の自然公園で主流だった「島状保護」も変わっていく。自然公園の中核部分に向かって一律に保護を強めるのではなく、環境や状況に応じて、人が触れない観賞だけの場所、あるいは体験プログラムで利用する場所など、自然公園をゾーニング(区域分け)していく。検討会の提言では、各公園でその計画を立てていく形を勧めている

 「1960年代に自然公園の利用者が急伸しましたが、多くは団体客がバスで公園内を周遊するなど、原生自然を鑑賞するという単一的な楽しみ方が主流でした。先ほど言ったように、当時はそれだけ原生自然の鑑賞ニーズが強かったためです。しかし、その風景が容易にしかも様々な形式で鑑賞できるようになったことで、現在では、原生自然の観賞は自然の楽しみ方の選択肢の一つになり、二次的自然を好む人、自然体験がしたい人など、自然へのニーズが多様化しています。そこで、ニーズに配慮しつつ自然のポテンシャルに応じて公園内をゾーニングし、多様なプログラムを用意する必要があると考えています」

 もうひとつ、「利用者負担の仕組みづくり」も今回の提言で注目したいポイントだ。二次的自然を守るには維持費がかかる。従来の保護とは違い、人の手を入れ続ける必要があるためだ。しかし、国や地方の財政は限られているうえに制約も大きく、「行政の財源だけで十分な管理を実現するのは難しい」という。そこで「利用者負担の仕組みづくり」を設けることが提言に含まれている。

 「富士山への入山に際して『富士山保全協力金』が徴収されるなど、自然の維持管理を目的とした利用者負担の仕組みが増えています。調査を行うと、多くの人々がこういった費用負担に大きな抵抗を感じないと答えています。自然公園も、その仕組みづくりを進める必要があるでしょう」

富士山では自然の維持管理を目的とした保全協力金の徴収を行っている

自然公園制度の改革は、地域を育てる観光のカギになる

 ここまでの内容が、自然公園法改正の動きと自然に対する価値観の変化のつながりだ。さらに今回の転換は、近年起きている観光スタイルの変化にも関係しているという。

 「かつての観光スタイルは、移動しながらスポットを巡る周遊型が主流でした。しかし近年は、一箇所に長くとどまり、その地域の生活様式や地域住民とのふれあいをじっくり楽しむ滞在型の観光が増えています。であれば、自然公園も自然を観せて終わるのではなく、滞在エリアを作ったり、地域住民と触れ合ったり、長い時間軸で楽しめるエリアを作ることが大切です」

 観光客を迎える地域にとっても、滞在型の方が地元への経済効果は高い。なぜなら、時間が長ければ地元の魅力を深く味わい、住民とのコミュニケーションは濃密になる。その結果、「リピーター」や継続的に地域と関わる「関係人口」の創出につながりやすいからだ。まさにそれは「地域を育てる観光につながる」と下村氏は言う。

 コロナ禍において、地域の観光施策も見直す時期に来ている。自然公園は、代表的な観光の目的地であり、そのあり方と地域の観光施策は密接に関係している。下村氏は「本当の意味で、観光が地域を育てる形を作らなければなりません」という。そのための自然公園の改革でもある。

 「大切なのは、観光により地域内での消費を増やし、しかも外から入ったお金が地域の中で循環することです。これまで、観光消費額の多くが原材料の調達をはじめ最終的に地域外へ流れるケースが見られました。しかし、滞在型の観光は消費が一瞬で終わらず、地域内で経済を回せる可能性があります。それが実現したとき、本当の意味で地域を育てる観光となります。迎える地域も、一丸となって観光客を受け入れるでしょう」

 地域を育てる観光を実現するために、国土の15%近くを占める自然公園は大切なポジションを担うという。旅の目的地である自然公園に足を運び、その地域における人と自然の関わりや文化を体験する。自然から生まれた文化は、もちろん地域の暮らしや食べ物、建物にも結びついている。そうして愛着を深め、地域内での消費を増やす。結果、地域のファンが増え、関係人口になる。自然公園を起点に、観光客の生んだ経済が地域内を循環することで「地域の成長につながる」という。

 自然公園法改正の動きは、単に公園のあり方や自然との関わり方を変えようとしているのではない。地域を育てる観光、地域に還元する観光の実現を後押しする。日本は、国土の2/3が森林であり、さらにその2/3が里山である。農地や草原などの里地も加えた二次的自然環境は、国土のおよそ7割を占めている。この広大な二次的自然環境を守りながら活かすには、どうすべきなのか。私たちは、今まさに大きな転換点を通過しているのかもしれない。

 

 

 

下村 彰男

研究分野

風景計画、造園学、観光・レクリエーション計画

論文

地域資源としての森林風景(2020/06/05)

韓国の自然系名所における伝統的楽しみ方(2019/08/16)

このページに対するお問い合せ先: 総合企画部広報課

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