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浮世絵の様式で
自分の心象風景を描きたい(前編)
(伝統をあやなす人 VOL.2)

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画家 石川真澄

2020年10月12日更新

 受け継がれてきた「伝統」で、新しい世界を表現する。
 新連載「伝統をあやなす人」では、文化や芸術、芸能など「伝統」という表現方法で、“今”を描くアーティストのみなさまにお話をうかがいます。

 江戸時代に花開いた文化の一つ、浮世絵。

 江戸の風俗などを題材とし、独特の表現法でジャポニズムの一つとしてヨーロッパの画家にも大きな影響を与えました。
 この特異な様式を自分の心象風景を描く手段として用い、注目を集めている画家が石川真澄さんです。

 

 

駅貼りのポスター
歌川国芳「相馬の古内裏」に導かれて

 浮世絵の画風なのに、題材はハードロックバンドKISSだったり、デヴィット・ボウイだったり。はたまた、人間の意識の奥に潜む隠しておきたいような心情だったり……。江戸時代の浮世絵さながらのカラフルさと平面的な表現と現代的な感覚が混在する絵に思わず見入ってしまう。石川真澄さんは、浮世絵表現を用いた画家であり絵師である。

 


なごやかな雰囲気で取材スタート。

 

 「僕を“現代の浮世絵師”のように言ってくださる方や媒体は多いんですが、自分から『浮世絵師です』と名乗ったことはないし、そのつもりはないんです。強いて言うなら、浮世絵という希有な様式を用いて、自分の心象風景を表現する絵描き、ですかね。

 浮世絵独特の表現とは、たとえば指先の描き方、唇の形、白目の中に下まつげが描かれているような表現、また額の生え際は「毛割り(けわり)」という表現で異様に細かく表すのに、その他の部分は割とベタに塗られているというギャップとか、そういうものにたまらなく魅せられて、その様式で絵を描きたいというのが根本にあります。

 つまり、日本の伝統美術や文化が好きというのとはちょっと違うんです」

 

 

 石川さんが浮世絵に出会ったのは高校時代だ。
 駅貼りのポスターに使われていた、巨大な骸骨が描かれた歌川国芳の「相馬の古内裏(そうまのふるだいり)」に眼が釘付けになった。その衝撃は石川さんを浮世絵という世界にどんどん引きずり込んでいった。いろいろな絵師の作品を見るうちに、役者絵や美人絵に定評のある歌川派の作品が好きになる。そして、6代目歌川豊国氏の存在を知るや、弟子入り志願をしたのである。

 ところが弟子入りを果たした数か月後、高齢だった豊国氏は他界してしまう。以降、独学で絵を描きながらギャラリーなどで個展やグループ展を行い、発表していくことになった。

 「江戸時代の浮世絵は肉筆と木版画があります。当初は木版での制作をしたかったんですが、個人レベルではコストが掛かりすぎてとてもできるもんじゃない。そこで肉筆で木版画のような、刷ったようにフラットな絵を再現することを目指しました。これが難しくて、最初の頃は試行錯誤の繰り返しでしたね」

 

言葉をていねいに選びながら、数々の質問に答えてくださった。

 

 

繰り返す模索の果てに見つけた
画材と技法

 浮世絵は日本の絵画だからと、当初は和紙に日本画の画材を使って絵筆で描いていた。しかし、絵筆を動かすと描きあとが残り、ムラなく広範囲を塗るのは難しい。また、色を重ねると厚みが出てしまう。どうやっても思うようにいかない。さまざまな画材や描き方を試すうち、思わぬところからヒントが得られた。

 「浮世絵の技法を用いて社会的な問題を描いている、ハワイ在住の画家・寺岡政美さんの画集を見たんです。いったいどんな画材を使っているのかとデータを見たら、キャンバスや紙に水彩絵の具で描いていることが分かった。そこで『あっ、そうか。和のものだから日本の道具を使うと決めつけなくてもいいんだ』と納得でき、今まで使っていたものをすべて一から見直しました。

 今、僕が使っているものに日本画の画材はありません。紙は洋紙、絵の具はアクリル絵の具、着色はエアブラシです。
 そして線描きした紙にマスキングという透明のフィルムをかぶせて、色を塗りたいところをカッターのような道具で彫るように切っていきます。カットした部分を剥がして、エアブラシで着色していくと、ムラなく色がのり、色どうしが重ならないのでフラットな感じに描けるんです。

 これは、木版画の技法に似てるんですよね。これでやっと、狙っていた表現ができるようになったんです」

 


下絵を描く石川さん。奥に愛用の道具、エアブラシ、アクリル絵の具が並ぶ。

 

 それでも独学なので、技法に悩むこともあった。そんなとき、アドバイスをくれる人との出会いもあった。数学者であり浮世絵の研究者でもある新藤茂氏(国際浮世絵学会常任理事)である。

 「まだ絵だけでは食べていけない時代からアドバイスをいただいたり、意見を伺ったりしてきました。新藤先生と僕は『浮世絵はこうあるべき』という考えはまったくなくて、時代に合わせて新しい道具や技法、描き方が出てくることこそが浮世=現代を描く浮世絵だと考えているところが一致しているので、あんまり話さなくても通じ合うようなところがあります」

 

描くのは心象風景
時には猫も登場

 石川さんが描きたいのは一貫して「浮世絵様式を使った自分の心象風景」。
 時には、身近な事柄を題材にすることもある。その代表的な例が「猫」だ。石川真澄さんのウェブサイトを見ると、オリジナル作品の中に猫を扱ったものが多く見られる。

 


『猫七様図 つきよ』

 

 「はい、猫好きですね。以前は猫どころか動物全般に興味がなかったのですが、ひょんなことからコニーというアメリカンショートヘアの猫を飼うようになってから、猫も動物全般も可愛いと思うようになりました。『國眞妖異傅之内傑士虎仁王逢魔ヶ時』という作品は、そのコニーが糖尿病になってしまって、闘病祈願で描いたものです。糖尿病の中で怖い症状のケトアシドーシスを毛頭悪童子という襲いかかる妖魔に見立て、それに立ち向かうコニーを傑士・虎仁王として描きました。絵を描いたのは一番病状が悪化していたときだったので、とにかく治ってほしい一心で……。絵のおかげかは分かりませんが、このあと病気は改善したんです。7歳のときに発病して、その後11年、闘病しながら18歳まで生きたんですよ。だから、この絵は売らずに手元に置いてあります」

 


『國眞妖異傅之内傑士虎仁王逢魔ヶ時』

 

 また「首野川家祝宴図」という作品は、結婚式を上げている夫婦の首が切れて落ちかけているが、あやうく首の皮一枚でつながっているところを大きな黒猫が支えているという構図。
 じつはこの絵、石川さん自身のウェディングボードだったのだという。

 


『首野川家祝縁図』

首の皮一枚でつながっている新郎新婦を爪を出さず、やさしく支える黒猫が印象的。黒猫は飼い猫がモデル。隻眼の伊達政宗の幼名「梵天丸」にあやかって、「ぼんてん」という名だ。

 

 「ずっとしんどい思いをして絵を描いてきて、やっとなんとかやっていけるようになったけれど、僕のような商売は常に一寸先は闇という気持ちがあります。つまり首の皮一枚でやっとつながっている感じ。でも、飼い猫がそんな僕らをとりもってくれているという様子を描いたんです。

 この猫は、子猫のときに爪で角膜を傷つけてしまい、右目がマーブル状になっているんです。コニーの後、もう猫を飼うつもりはなかったんですが、この猫は両目が腫れあがってつぶれて、鼻水を垂らした状態で見つけてしまい、保護せざるを得なくて……。左目は無事で、いまは元気にしています」

 こうして独学で絵を描き続け、個展やグループ展などを続けていった。2014年にはアパレルブランド「BEAMS」での展示会「深世界奇譚」を開催、若者を中心に熱狂的に受け入れられた。
 この頃、石川さんの活動とはまた別のところで浮世絵に関する一つの動きがあった。その動きは、やがて「日本に石川真澄という画家がいる」と広く知らしめるきっかけともなった、ハードロックバンドKISSの浮世絵化へとつながっていく。

 次回はその話から。

 

 

石川真澄(いしかわ・ますみ)

1978年東京生まれ。浮世絵表現を用いた画家、絵師。22歳のとき六代目歌川豊国に師事するも、数か月後に師が他界。以後独学で絵を描き続け、個展やグループ展で作品を発表。2015年ハードロックバンドKISSとのコラボレーション『接吻四人衆大首揃』で絵師を担当、注目を集める。以後、映画とのコラボや、舞台テレビドラマのメインビジュアル、イベントポスターや広告、アパレルブランドNew Eraとのコラボなど幅広い活動を展開。2017年国立西洋美術館「北斎とジャポニズム」での葛飾北斎作品でも注目を集める。デヴィット・ボウイを浮世絵化した「出火吐暴威変化鏡」は、大英博物館に所蔵されている。
https://www.konjakulabo.com/

 

取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

※写真等の無断転載をお断りいたします。

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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