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永遠に100%の絵は描けない。
描けたと思ったら終わり(後編)
(伝統をあやなす人 VOL.2)

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画家 石川真澄

2020年10月12日更新

 受け継がれてきた「伝統」で、新しい世界を表現する。
 新連載「伝統をあやなす人」では、文化や芸術、芸能など「伝統」という表現方法で、“今”を描くアーティストのみなさまにお話をうかがいます。

 江戸時代の木版画で刷られた浮世絵を、肉筆で再現したい。浮世絵表現を用いた画家であり絵師の石川真澄さんは、独学でその道を切り拓いてきた。ハードロックバンドKISSの浮世絵化を経て、一躍その名をはせた石川さんの緻密な絵の後ろには、のたうちまわるような産みの苦しみがあった。後編は制作の苦労や、将来について伺ってみた。

 

 

世の中に熱狂的に迎えられた
KISS浮世絵

 2015年、ハードロックバンドKISSが浮世絵『接吻四人衆』シリーズとなり、ファンはじめ世の中は興奮した。この絵を手掛けたのが石川さんだ。
 
 この絵が生まれるきっかけをつくったのは、三井ミュージックが展開する「UKIYO-E PROJECT」である。「UKIYO-E PROJECT」とは、江戸期の浮世絵が役者絵や美人絵としてブロマイド的に庶民から求められていたように、現代のスターを絵師、彫師、摺師が関わる伝統技法で浮世絵にしようというものだ。

 

 

 江戸時代、木版画での浮世絵において絵師は絵全体の構図を考え、下絵を描き、彫師や摺師に彫りによる表現や色味について指示を出す、制作者でありディレクターのような立場にあった。彫師は浮世絵独特の表現、たとえば毛の生え際の髪の毛一本一本を彫りで表現する「毛割り」など、ミリ単位での彫り表現などで腕をふるい、摺師は均一の色の出し方やぼかし、エンボス表現や雲母を混ぜて角度によってキラキラ光って見える「雲母摺り(きらずり)」などで力を発揮した。版元は部数や販売価格を決める、今でいう出版社である。

 この版元に当たる三井ミュージックでは、アメリカでのKISSとの交渉に成功し、浮世絵化同意の契約を取り付けた。そのあとから制作してくれる絵師、彫師、摺師を探したが、いくら探しても絵師だけが見つからない。難航しているときに、白羽の矢が立ったのが他ならぬ石川さんだった。
 こうして、大評判となったKISSの浮世絵が誕生したのである。

 「浮世絵プロジェクトが、絵師、彫師、摺師が連携して作品を作るという伝統的なやり方を継承するという目的もあったため、僕もこのときは彫りや摺りについて、江戸時代の絵師のような立ち位置で意見を言わせていただきました。
 

 いつもはひとりで試行錯誤していることをさまざまな人と連携しながら進めるので、音楽で言えばソロとバンドの違いというか。新鮮さと、いつもと違う大変さがありました。

 『こういう表現で』『こういうぼかし具合で』と説明して、できあがったものを自分のイメージとすり合わせ、またやり直してもらったりとか……。でも、僕ももともとは、木版画でやりたいと思っていましたからね」

 その後、彫師、摺師と連携する伝統的な手法で、映画スター・ウォーズ、アイアンメイデン、デヴィット・ボウイとのコラボへとつながっていった。

 一挙ブレークした石川さんは、自分の作品のほかにラジオ番組やイベント、舞台や美術展とのコラボや広告などにもどんどん制作範囲を広げていく。

 


『星間大戦絵巻 侍第師範擁懦』
Yoda/STAR WARS
©&™Lucasfilm.Ltd.

 

描いて描いて描きまくるしか
ゴールに到達する道はない

 オリジナルであれ、依頼の案件であれ、物を作り出す産みの苦しみは一緒。一つの作品を仕上げるまでには、発熱するほどの力を注ぐこともあるそうだ。

 「いちばん時間がかかり、悩むのは構図や色も含め、どんな表現で形にするかを考えるときです。自分で決めた題材でも、与えられた題材でも同じですね。どういう風に描くかを決めるまではとにかく下描きを描いて、描いて、描いて、描いて、描きまくるしかないんです。このときがいちばん苦しい。描いては『違う』また描いては『やっぱり違う』、この繰り返しです。描いているうちに一本の道に絞られていくという感じではなく、あみだくじみたいに、描けば描くほどA、B、C、D……とたくさんの道に枝分かれしていく。描いているうちに『やっぱりAだな』と決まりかけたとしても『いや、Bかもしれない』とさっき横にやった下描きをまた引っ張り出し、見直してみる。

 最終的に決めるのは自分なんですが、最後の最後まで別のものが正解の可能性も考えて、一つに絞り切ることなく可能性を残したまま模索し続ける感じです」


「昭和の文豪のように、紙をまるめてポイとはしないですが、ただひたすら下絵を描き続けます」と石川さん。

 

 もちろん、それ以前に描くものについては徹底的に調べる。2018年から続く渋谷で開催される「渋谷盆踊り」のポスターを手掛けたときは、渋谷の象徴であるハチ公を登場させた。このときはハチ公の写真をかなりの数見て、表情や耳がどっちに折れているかなど細かいところまで調べたという。

 


『道玄坂夏祭』(第三回渋谷盆踊り/2019)

2020年は新型コロナウィルスのため中止となったが、2021年開催の折には、またポスターを手掛ける予定だという。

 

 描いている間は時間を忘れるほど集中する。『東西化物真勢合 きよひめ Medousa』という作品は、「道成寺」の清姫と、ギリシャ神話のメデゥーサが合体している女性を描いているが、髪の蛇1本1本、周囲に舞っている桜の花びら1つ1つ、すべてにぼかしが入っていて、そのぼかし加減もすべて異なっている。想像を絶する作業がそこにあったに違いなく、その証拠に描き終えたあと石川さんは発熱して寝込んだそうだ。

 


『東西化物真勢合 きよひめ Medousa』

 

 「絵描きの中には『絵を描くのは楽しいなぁ』とか言いながら素晴らしい絵を一発で描けるのかもしれませんが、僕はそんなふうにはとてもできない。毎回悩みに悩んで描いています。じつはできあがってからも『本当はBだったかもしれない』『C、いやDだったかもしれない』と常に考えているんです。だからできあがったものが100%だと思ったことは一度もない。でもだからこそ次に進めるのかもしれない。次はもっとよくしよう、そういう気持ちが原動力になる。これが100%だと思ってしまったら、たぶん、そこで終わりでしょうね」

 

 

 たとえ100万人が称賛しても、石川さんは「なんでここまでやってきて、満足な絵一つ描けないんだろう」と溜息をつくのである。

 今までにいちばん苦労した絵は? と問うと、「うーん」としばし黙考したあと、

 「絵によって苦労の種類が違うので一つを挙げるのは難しいですが、2017年に国立西洋美術館が『北斎とジャポニズム』という展覧会を行うのに合わせて『北斎をテーマに作品を』というざっくりしたオーダーをいただいた時は、スター・ウォーズやKISSなど他のコラボ作品とは違うしんどさを体験しました。同じ『絵』というジャンルですし、北斎の作品の何をモチーフにするかから始まって、それを自分というフィルタを通してどう表現するか。天から北斎に怒られるようなものは作っちゃいけない! という思いで取り組みました」

 できあがったものは、北斎の代表作中の代表作「冨嶽三十六景」をモチーフに、一つ一つ違う富士山が積み重なるようにして大きな富士山を作っている『冨撹三十六景 心中聳然』という絵である。赤富士、黄富士、冠雪をたたえた青い富士など見るごとに印象を変える富士山に思いを寄せる日本人の気持ちを反映しているようにも見える。北斎が基になっているなと分かりつつも、これはまったく新しい作品である。

 


『冨撹三十六景 心中聳然』

 

今もこれからも目指すものは同じ
浮世絵様式で心象風景を描きたい

 さて、この先に石川さんが目指す方向はどちらにあるのだろうか。

 「よく聞かれますが、僕の答えは絵を描き始めた頃からずっと同じなんです。僕の体の中には、歌川派の絵をはじめ、それ以外にも好きな絵師……葛飾北斎、喜多川歌麿、鳥居清長、渓斎英泉……天才的な絵師たちの、たくさんの浮世絵の構図や色、表現、技法がごっちゃになって染み込んでいます。

 江戸時代はニュースやゴシップや、人が見てみたいものなど、好奇心を満たす役割を浮世絵が担っていたけど、それが今はいろいろな媒体に細かく分散してしまい、その役割はなくなってしまった。では残ったものは? それは浮世絵の持つ様式だと思うんです。その残ったもの、かつての絵師たちが作り上げた様式を僕は吸収して取り込んだ。ではそれをどう使って自分の心象風景を描いていくのか? 繰り返しになりますが、目指すのはスタートから今までずっと変わらずただそれだけなんです」

 それはある意味、石川さんの中に溶け込んだ江戸時代の絵師たちが、石川さんにのりうつり描いているとも言えるのかもしれない。

 石川さんの絵に興味を惹きつけられたものとしてはやはり、こう言わざるを得ない。

 次にどんな世界を見せてくれるのか、楽しみである、と。

 

石川真澄(いしかわ・ますみ)

1978年東京生まれ。浮世絵表現を用いた画家、絵師。22歳のとき六代目歌川豊国に師事するも、数か月後に師が他界、以後独学で絵を描き続け、個展やグループ展で作品を発表。2015年ハードロックバンドKISSとのコラボレーション『接吻四人衆大首揃』で絵師を担当、注目を集める。以後、映画とのコラボや、舞台テレビドラマのメインビジュアル、イベントポスターや広告、アパレルブランドNew Eraとのコラボなど幅広い活動を展開。2017年国立西洋美術館「北斎とジャポニズム」での葛飾北斎作品でも注目を集める。デヴィット・ボウイを浮世絵化した『出火吐暴威変化鏡』は、大英博物館に所蔵されている。
https://www.konjakulabo.com/

 

取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

※写真等の無断転載はお断りいたします。

 

 

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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