ある冬の日、亭主関白の父親が連れてきた仕事仲間が、明け方、酔いつぶれて、玄関に粗相し、吐瀉物が敷居にいっぱい凍り付いていた。それを母親がひび割れた手で掃除をしている。こんなことをさせている父親に腹をたて、娘(向田邦子)が手伝う。その後、東京へ戻ると、父親から「此の度は格別の御働き」と書かれ、朱筆で傍線が引かれていた手紙が届いた……というお話。
お父さんが、本当は「すまない」という気持ちを持っていたことに気づき、読んでいるこちらはぐっとくるのに、それを向田さんがとくに感情を込めずたんたんと語っているところが「かっこいい!」と思いました。女性でもこんなかっこいい文章を書けるんだなって。
粕川 昨年、アラスカに行くことになり、星野道夫さんの本を初めて読みました。自分が働いていた書店で、これまでたくさん売ってきて、いろいろな人に「いい本だよ」とすすめられていたのに、これまでなぜか読んでこなかったんですよね。読みはじめて、びっくりしました。ほんとうにおもしろい。
そして、実際にアラスカに行ったら、本に書いてあるとおりなんですよ。
「あ、あそこに書いていたのは、ここか」と思えるところもありました。
東京にいると、いろいろなことを人間に合わせているような感覚に陥るけど、そもそも人間は、自然や動物に勝とうと思っても勝てないんだと、アラスカに行って気づかされました。「私、東京でなにくすぶっているんだ」っていう気持ちにもなりました。
こんなにすてきな星野道夫さんの作品を、なぜこれまで読まなかったのか!?と思いましたね。
本のおかげで、一生の仕事にしたい、と思える仕事に出会えました。また、本を介して出会えた人、かなえられた夢、奇跡もたくさんあります。
本によって、かけがえのないものをたくさん与えられ続けています。
粕川ゆき(かすかわ・ゆき)
エア本屋「いか文庫」店主。スポーツメーカーに7年勤務した後、ヴィレッジヴァンガードに転職し「本を売ること」のおもしろさに目覚める。2012年から2019年1月まで、SHIBUYA PUBLISHING&BOOKSELLERS(SPBS)に勤務。現在は、「いか文庫」で、さまざまなメディアでの連載や、イベントを手がける。