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吉田家伝来資料と國學院大學【学問の道】

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研究開発推進機構 准教授 大東 敬明

2019年10月23日更新

 國學院大學図書館は、吉田家に伝来した文書群を所蔵している。本学校史・学術資産研究センターでは、近世の吉田家文書の調査・整理を続けており、この成果として、近年、江戸時代の大嘗祭に関わる文書が数点、見出された。

 吉田家は、現在の吉田神社(京都市)に奉仕していた卜部氏の一族で、『日本書紀』をはじめとする古典や神々や祭祀に関わる知識に通じていた。吉田家や、室町時代に吉田兼倶(1435〜1511)が興した吉田神道は、神道研究の上で重要である。また、同家に伝来した資料の調査・研究・刊行には、本学関係者も深く関わってきた。

宮地直一

 内務省神社局考証課長をつとめ、本学や東京帝国大学で教鞭を執った宮地直一(1886〜1949)は、神道史研究の基礎を築いた人物の一人である。宮地は、吉田家の文庫に出入りできた数少ない人物の一人とされ、本学図書館が所蔵する宮地直一旧蔵資料のなかには、吉田家やその家老的な役割であった鈴鹿家が所蔵していた資料の写しが残る。宮地は、この資料調査の成果を、大学での講義に取り込んでいたようである(昭和16年度講義案)。

 昭和11年の暮れ、本学出身で、当時、皇典講究所職員となっていた二宮正彰(1894〜1981)が吉田神社宮司(のちに生國魂神社宮司)となる。二宮は吉田兼俱により、吉田神社と同じ神楽岡の地に造られた斎場所太元宮(現在の建物は慶長6〈1601〉年の造営)の修理に尽力するとともに、吉田家や鈴鹿家が所蔵する資料を基礎に、吉田神道に関わる資料を集めた「吉田叢書」五編を計画した。この叢書は宮地直一の監修で進められ、西田長男(1909〜81)が実務にあたった。西田は本学で宮地の教えを受け、後に本学の教授となった神道史学者である。「吉田叢書」の第一編は昭和15年、第二編は17年に刊行された。24年に宮地が没した後は、西田がその編纂(第三編〈40年〉・第四編〈52年〉)を行った。

 第三編を刊行し、戦後、中断していた吉田叢書の編纂再開に尽力したのは、本学出身で、当時、吉田神社の宮司であった大爺恒夫(1910〜97)であった。そして、西田の没後、岡田莊司氏(現在、本学名誉教授)によって第五編(昭和59年)が編纂された。学報連載コラム「学問の道」(第20回)

※新たに見出された大嘗祭に関わる吉田家文書は、企画展「大嘗祭」にあわせて国学院大学博物館校史展示室で、11月1日から24日まで展示される

研究分野

神道史、祭祀・祭礼、神道思想史

論文

井上頼寿「八瀬祭を観るの記」と研究資料 : 國學院大學図書館所蔵・井上氏旧蔵資料を用いて (特集 祭礼と芸能)(2015/11/)

米国における神道研究についての雑感(2015/05/)

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