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外と“半開き”、企業内コワーキングスペースの戦略

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フリーライター 有井太郎

2019年10月7日更新

コワーキングスペースの未来を見据える専門家の視線(後編)

コワーキングスペースは地域や企業をどう変えていくのか

コワーキングスペースは地域や企業をどう変えていくのか

 新たな“働く場所”として注目される「コワーキングスペース」。その多くは東京都内に立地しているが、近年、地方でもこの形態の施設が増えている。また、大企業も「企業内コワーキングスペース」を設けるなど、新しい組織のあり方として、企業が戦略的に活用しているケースも出ているという。

 そのようなコワーキングスペースの実態について研究してきたのが、國學院大學経済学部の山本健太准教授。研究結果を踏まえて、前回から実際に全国でコワーキングスペース「co-ba」を運営するツクルバ代表取締役CCOの中村真広氏と対談している。

【前回の記事】「『たまたま』と『わざわざ』がつながりと仕事を作る 」

 今回も両者の対談を通じて、都心とは違う「地方のコワーキングスペースの可能性」や「企業における活用」について考えていく。

コワーキングスペースの原点は、「研究室」にあった

ツクルバ代表取締役CCO(チーフ・コミュニティ・オフィサー)の中村真広氏

ツクルバ代表取締役CCO(チーフ・コミュニティ・オフィサー)の中村真広氏。1984年千葉県生まれ。東京工業大学大学院建築学専攻修了。建築家 塚本由晴氏のもとで学ぶ。不動産デベロッパーの株式会社コスモスイニシアに新卒入社、その後ミュージアムデザイン事務所にて、デジタルデバイスを活用したミュージアム展示や企画展などの空間プロデュースを経験。環境系NPOを経て、2011年8月に株式会社ツクルバを共同創業。代表取締役CCOに就任。デザイン・ビジネス・テクノロジーを掛け合わせた場のデザインを行っている。

山本健太氏(以下、敬称略) 中村さんは、もともと大学院で建築学を専攻されていましたよね。著書も読ませていただきましたが、まさに大学院生らしい研究室生活を送られたようで(笑)。

中村真広氏(以下、敬称略) そうですね。研究室に寝泊まりしていましたし、寝袋が友達でした(笑)。

山本 私も同じ経験をしていたので、すごく共感できました。と同時に、実は研究室の風景や空間がコワーキングスペースに近いと思ったのです。研究室に行くといつも誰かがいて、雑談や議論を交わす。研究する内容はみなちょっとずつ違うけれど、似た領域なので意見は交わせる。その中で、新しい何かが生まれる感覚です。

中村 確かに、私たちが最初に参照したのも研究室でした。当時、あの場所にいると必ず別の先輩や後輩が絡んできて。時には面倒なこともありつつ、そこで議論した時間が原風景にありますね。
 ツクルバは、村上浩輝(同社CEO)と私の2人で創業しました。最初の拠点を構えるとき、シェアオフィスを巡ってみたのですが、同じ空間で働く人が自由にやりとりして新しいものを生む、本当の意味で“共創的”な空間は見つけられなかったんです。
 海外のオフィス事情を調べると、アメリカの西海岸ではコワーキングスペースが普及していると知りました。2011年の話ですね。現地に行って見たところ、当たり前のように同じ空間で自由闊達(かったつ)に雑談が起きていた。その時、「こういう空間じゃないと新たなコトは生まれない」と感じたんです。それで、帰国後に1号店の「co-ba sibuya」をつくりました。

山本 私も研究室の風景が今の原点にあります。というのも、大学教員として働き始めると、1人1部屋で研究する環境になります。そのとき、大学院時代の研究室の空間、みんなで雑談しながら、ゆるいセッションのような状況下で研究する場の価値を強く感じるようになりました。
 前回も話したように、私は大学院時代からアニメスタジオの研究をしていたのですが、実はこの経験が“発見”につながりました。というのも、アニメスタジオは、さまざまな専門性の人が狭い空間で会話しながら仕事をしています。その姿と研究室を重ね合わせたとき、多様な人が集うからこそ、アニメスタジオという空間でクリエイティブが生まれるのではないかと。むしろ、その環境こそがクリエイティブを生み出すコアなのではと思いました。
 ならば、アニメスタジオ以外でも同じような空間がないかと考えたのです。他の空間でも、この状況を敷衍(ふえん)できるのではないかと。そうしてコワーキングスペースに行き着きました。この空間の研究が「クリエイティブや文化創造性」のコアにつながるかもしれないと感じたんですね。

地方では、コミュニティを維持するセンターとしての可能性

國學院大學経済学部准教授の山本健太氏。博士(理学)

國學院大學経済学部准教授の山本健太氏。博士(理学)。東北大学大学院理学研究科博士課程修了。九州国際大学特任助教、同助教、同准教授を経て現職。地理学の視点から日本の経済・地域経済の振興を研究する。「ひたすら歩き、話を聞くことで地域の経済が見えてくる」を信条に、フィールドワークを中心とした実証主義に基づく研究を続ける気鋭の地域経済専門家。

山本 ちなみに、co-baの立ち上げ時は、まだ日本にコワーキングスペースの概念が定着していない時代ですよね。日本人の働き方を考えると、仕事中、気軽に話せない文化が強い気もします。当初、利用者の意識を変えていくのは難しかったのではないでしょうか。

中村 まさにそうですね。なので、最初は管理人でもあった私と村上が、「この場所ではこうしていいんだ」というロールモデルを示し続けました。あえてフリースペースでブレストをやったり、急に「ワイン買ってきたけど飲みます?」と誘ったり。そういうことが起きる場だと発信し続けましたね。

山本 そのような形で始まり、co-baは今や全国に展開していますよね。私は今回、首都圏の店舗を中心に調査しましたが、地方でのコワーキングスペースのあり方も興味深いテーマです。
 中小都市や地方では、この業態の利用者が絶対的に少なくなるはずです。私の仮説ではありますが、仙台や広島の都市規模でも需給のバランスはギリギリではないかと思うのです。

中村 おっしゃる通り、利用者はどうしても少なくなりますね。ただco-baの場合、運営は各地方のオーナーに自律的に任せているのですが、たとえば地元企業が自社ビルを活用するなど、あまり原価のかからないケースも多いです。そもそもの物件コストも都心より格段に安いので、経営的にも軌道に乗っている施設が多いですね。
 面白いのは、大都市と地方でコワーキングスペースの趣旨が変わってくることです。典型的な例が、鳥取県八頭町にある「co-ba hayabusa」。鳥取市の隣にある町で、廃校の小学校を使っています。1階にはカフェがあり、2~3階がco-baになっており、個室は満室ですね。ローカルベンチャーが集まり、地元の課題を地元企業で解決する流れができています。
 同時に、カフェには近隣の子どもやお年寄りが集まったり、祭りの予行練習も行われたり。ビジネスだけのためではない、都心とは違った活用が見られます。

山本 地方では、コワーキングスペースが「地域のコミュニティセンター」になる可能性があるかもしれません。大都市のコワーキングスペースが新たなコミュニティを形成する場なら、地方は「もともとあるコミュニティを維持・強化する」という文脈もあるでしょう。
 大都市は匿名性の高い空間です。隣近所に誰が住んでいるか知らないケースもあるでしょう。だからこそ、能動的に人と出会うことで匿名性がなくなっていく。仕事やネットワークを作る上では、人と出会い、匿名性をなくす場を求める。その意味でのコワーキングスペースがあるでしょう。
 一方、地方はもともとコミュニティがあり、隣に誰が住んでいるかは知っている。匿名性は高くありません。ただし、近年はそのコミュニティの維持が難しく、あり方も変わりつつあります。コミュニティの崩壊も問題視されていますよね。その際、地方のコワーキングスペースは、コミュニティの維持・強化という別の意義を持ってくると思います。

企業内コワーキングスペースが示す、組織としての新戦略

コミュニティのスケールについて語りある両者

中村 それは感じますね。ただしコミュニティセンターになる場合、どのくらいの規模のコミュニティを考えるか、適切な施設の配置や距離感もあるはずですよね。

山本 そうですね。たとえばco-ba hayabusaのように廃校を使う場合、学校は「学区制」という形で全国を綺麗に分割しているので、コミュニティセンターのスケール感を想定しやすいでしょう。
 ただし、小学校と中学校では学区の大きさが異なります。センターをつくるとき、小学校区のスケールで良いのか、もう少し大きい中学校区が良いのか。スケール感により、そのコミュニティセンターでできることも変わります。
 co-ba hayabusaの事例は、小さい小学校区のコミュニティだからこそ祭りの練習ができる。ただ、小さいと地場にくっつきすぎて、閉鎖的になりかねません。一方、広くすると多様性は保てても、コミュニティの中心性が弱くなることも考えられる。そこは難しい問題ですが、廃校を活用するケースは、地方でのコミュニティのあり様を考える上でも面白いですね。

中村 地方は既存のコミュニティがあるので、そこに外から人が入ってくる場、コワーキングスペースは前回話した“半開き”の位置付けにもなるかもしれません。実際、地方のco-baを見ると、IターンやUターンで事業を始める人、あるいは都心部の企業が地域とつながる際の拠点になっています。

山本 移住者にとって、地域のコミュニティに入るのは決して簡単ではありません。地域のコミュニティは閉塞的なケースもありますから。とはいえ、新たな何かを生み出すには外からのアイデアが必要。その意味での“入口”になるかもしれません。

中村 実は企業も同様で、今「企業内コワーキングスペース」が増えています。外部のアイデアを取り入れるオープンイノベーションが求められる中で、どう組織の境界線を揺らし、外と半開きの状態を作れるか。そこで企業内にコワーキングスペースを作るという戦略が出ており、今後もこのパターンは増えるのではないでしょうか。

山本 大企業とフリーランスやスタートアップは、もともとの行動原理が違うので、今までなかなかつながりにくかったんですね。その仲介としてコワーキングスペースを挙げる論文もあります。「企業内コワーキングスペース」をはじめ、企業が新たなつながりを作る役割としても重要になるでしょう。

中村 地方では、地域内のコミュニティ、あるいは地域と移住者や外部の人々をつなぐ役割として。企業では、大企業とフリーランスやスタートアップをつなぐ役割として。コワーキングスペースは、その場に応じて、いろいろなものをつないでいくと思います。

山本 そうですね。そしてコワーキングスペースは、立地や役割によってまったく違う発展をしていくかもしれません。大都市と地方での違いなどは、すでにco-baの例からも見てとれます。これから市場が成熟していく中で、いろいろな発展形があるのではないでしょうか。地域も企業も、その活用法を模索するフェーズにあります。

対談を終えた中村氏と山本氏。co-ba jinnanにて

 山本氏の研究をもとに、コワーキングスペースについて考えた本連載。得てして「働き方改革」の文脈や「自由に働ける場所」として取り上げられることも多いが、本来のコア部分である「つながり形成」の機能を重視すると、空間本来の価値が見えてくる。そこから逆算した活用ができれば、企業も個人も地方も大きなメリットを生み出せるのかもしれない。

 

 

 

研究分野

経済地理学、都市地理学

論文

東京における美容師のキャリアパス(2024/03/15)

東京都におけるヘアサロンの集積と特徴―検索・予約サイト掲載情報の分析から―(2022/05/01)

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