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陸上部OBからコーチへ。
躍進を遂げるチームを支える陸上競技部コーチが語る日常と仕事 (前編)

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陸上競技部コーチ 山口 祥太

2019年9月10日更新

 平成31(2019)年1月に行われた、第95回箱根駅伝。國學院大学陸上競技部は、総合7位という好成績を収め、7年ぶりに次回出場のシード権を獲得した。往路3位というのも過去最高順位であり、箱根駅伝常連校になって以降、着実に蓄えてきた力が結果につながった大会だった。
  縁の下の力持ちとしてチームを支えたのが、山口祥太・陸上競技部コーチだ。かつて部が箱根駅伝に出始めた頃に3年連続で出走メンバーとなったOBであり、その後は富士通で10年にわたって競技生活をつづけた彼は、2018年5月にコーチとして母校に戻ってきた。その思いを、2回に渡って尋ねた。

 

―コーチとしての日常は、なかなか外からは見えないものですが、どんな毎日を送っているのでしょうか。

山口祥太コーチ(以下、山口):私は今、選手と一緒に寮に住んでいるのですが、朝はほぼ毎日5時起きですね。曜日によってメニューは異なるのですが、5時40分には選手たちと一緒に集合し、みんなの状態を確認してから朝練に向かいます。走る選手たちに自転車で着いていくことが多いですが、先だって開催された第95回箱根駅伝前は、気になる選手の後ろを一緒に走って見ていた時期もあります。
 練習だけではなく、日中に選手がいない時間にも、選手たちが測定した日々の体重をデータにしたり、各人がつけている練習日誌をまとめたりと、いろんな業務があります。寮に帰ってきた選手たちが就寝するまで見守りながら翌日の準備をしていると、夜8時、遅いと夜9時くらいまでになることもありますね。

―選手たちと同様に、朝から晩までハードワークですね……!

山口:夜に選手たちの部屋がガヤガヤしていないかな、というところまで気にしていくと、本当にキリがなくなっていきますが……(笑)。
 選手たちの生活指導という面もあって、一緒に食事をとるのですが、マナーが悪い子がいたら、きちんと注意することもあります。机に肘をついちゃいけないよ、とか(笑)。

―競技面ではどのような役割を担っているのでしょうか。

山口:チームの舵取りは前田康弘監督が行っていらっしゃいます。私はその監督の意見を、正確に選手に伝える役です。一方で選手たちのそれぞれの考えも、いいと思うところはしっかりと拾い、悪いと思ったところはきちんとただしていく。長距離だけで60人ほどの部員がいるので、全員の意見をすべてチームに反映させるわけにはいきませんが、それでも一緒に寮に住みながら、じっくり選手と会話していくんですね。

―そもそも山口さんは、部のOBです。部としては平成13(2001)年に初めて箱根駅伝に出場したわけで、まだ常連校ではありませんでしたが、平成14(2002)年に入部した山口さんは、2年生だった平成18(2006)年から、3年連続で箱根駅伝を走りました。

山口:出身高校は弱小校だったのですが、3000m障害でインターハイに出場できた時、國學院の前々監督である森田桂さんに声をかけていただいたんです。「國學院は、これから強くなっていく大学だ」というお話と共に、私の試合のことだけでなく、ウォーミングアップしている時の動きがすごくよかった、といっていただけました。そういうところから見てくださる方のもとで指導を受けたいと思い、國學院を選んだんです。
 入部当初は、部全体で見れば一番下のレベルといっていいタイムしかありませんでした。しかし、謎の自信を持っていたんですね(笑)。高校時代の監督がうまく伸びしろを残して指導くださっていたので、ここから練習を重ねれば、きっといける、と。


―2007年には、10000mの大学記録をマーク。卒業してからは、富士通で10年間、競技生活を送りましたね。

山口:10年も競技をつづけることができる陸上選手というのは、実はなかなかいないんです。実業団では国内トップレベル、選手の入れ替わりも激しい富士通で、10年間も競技をつづけさせていただいた、必要としていただいたということは、とてもありがたいし、そこまで生き残れたということは、自信になっています。
 とはいえ、当初は日本代表入りを目指していたものの、徐々に選手としてのピークを過ぎて……悔しい話なのですけれど、自分の能力に限界を感じるようにもなっていきました。そんな折に、母校でコーチをやらないか、というお話をいただいたんですね。

―コーチに就任する前の月、2018年4月に、当時新たに國學院の主将になった土方英和選手が、山口さんの10000m記録を塗り替えました。

山口:あの記録会の会場には、私も足を運んでいたんです。目の前を走って行き、私の記録を越えようとしている彼に、「行けー! 土方ー!」と声援を送っていました。
 タイムが出た瞬間に、「ああ、ちょっとさびしい気持ちもするけど、このタイミングで記録を破ってくれたということには、きっと意味があるんだろうな」と感じました。本当に嬉しかったんです。今後はこんなふうに、各選手に自己記録をどんどん塗り替えていってもらうのが、自分の仕事になるんだろうな、と。

―そんなドラマがあったのですね。そこからのコーチ就任、そして箱根駅伝でのシード権獲得までの日々は、後編で伺わせてください。

 

 

 

 

 

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