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雇用対策で始まったアニメ産業、沖縄に根付くのか?

沖縄のアニメ産業からみる「産業パッケージ」のあり方(前編)

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経済学部准教授 山本健太

2017年2月13日更新

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沖縄県うるま市を走る海中道路。

 地方の“衰退”を食い止めるための大きなポイントの1つが、いかに地元の人材を流出させず、さらに別の地域からの移住・定住を増やせるか、だろう。実現策として、新たな産業をその地域に立ち上げて、若い人の働き場所を創出する方法も考えられる。

 沖縄県では、数年前にアニメ産業を地元に立ち上げる試みが行われた。東京にあったアニメスタジオの誘致をはじめとして、他の県内外の企業と連携して、これまでになかった新たな産業、雇用を作る取り組みの一環だった。

 地方に新たな産業を作ろうとした場合、もちろんさまざまな条件や工夫、配慮が必要になる。しかし一番重要なのは、「なぜその地域でやるべきなのか」というオーセンティシティ(真正性)かもしれない。地方での産業が盛り上がり、人材づくりにまで発展させるのは並大抵の努力のみならず、「そこ」でする必然性が必要だ。それらを考える上で、沖縄県のケースは1つの参考になるのではないか。

 いったいそれはどんなプロジェクトで、どんな結果となったのか。地理学の面から経済を分析する國學院大學経済学部の山本健太准教授に話を聞いた。2回にわたってその内容をお届けする。
制作:JBpress

profile

國學院大學経済学部准教授の山本健太氏。博士(理学)。東北大学大学院理学研究科博士課程修了。九州国際大学特任助教、同助教、同准教授を経て現職。地理学の視点から日本の経済・地域経済の振興を研究する。「ひたすら歩き、話を聞くことで地域の経済が見えてくる」を信条に、フィールドワークを中心とした実証主義に基づく研究を続ける気鋭の地域経済専門家。

アニメスタジオが沖縄県に生まれた2つの理由

──沖縄県で行われたアニメ産業の立ち上げについて話を伺いたいと思います。まず知りたいのは、なぜ「沖縄県」と「アニメ」の組み合わせになったのかということです。

山本健太氏(以下、敬称略):これには2つの背景があります。まず、今回のプロジェクトの中心となった東京のアニメスタジオは、もともと中国に下請けのスタジオを持っていました。しかし、2000年以降に起きたチャイナリスクや、中国の労働賃金の上昇などにより、別のスタジオを国内に作ろうと考えます。これが1つ目の背景です。

 一方、沖縄県ではかねてから雇用対策を考えており、地元での産業創出を模索していました。とりわけ、2000年代後半は沖縄県がコンテンツや観光に力を入れていた時期です。そこで、沖縄県としても、アニメ産業を地元に立ち上げたいと考えました。これが2つ目の背景です。

 こうして両者のニーズが重なり、2009年に新たなアニメスタジオを沖縄に設立しました。沖縄県の雇用対策事業の一環となったので、現地の人を雇用する際に、1人あたりいくらかの助成がつきました。また、スタジオについても、自治体から低価格の施設を借りることができました。アニメスタジオ側としては、賃金や場所代を抑えられる点も、大きなメリットだったと思います。

──アニメスタジオにとってのメリットはよく分かるのですが、沖縄県がアニメ産業にそれだけの魅力を感じた理由を教えてください。

山本:当時、ちょうどアニメの“聖地巡礼”が流行り始めていました。聖地巡礼とは、ストーリーに出てくる場所をファンが実際に訪れて、写真を撮ったり、ゆかりのグッズを購入したりすることです。

 たとえば、沖縄県で地元を舞台としたアニメを製作し、それがヒットすれば、現地の聖地巡礼をするファンが増え、地域の活性化につながります。単なる雇用創出だけでなく、その点まで踏まえて、アニメスタジオの誘致に至ったといえるでしょう。

成功例もある、アニメ産業による地域おこし

──こういったアニメによる地域おこしの事例は、他にもあるのでしょうか。

山本:実は、別の地方でも、アニメスタジオが行政の支援を得ながら設立された事例があります。そのスタジオでは、いくつかの作品で、スタジオ周辺のエリアをアニメの舞台に設定しました。これらの作品はヒットしたため、聖地巡礼ということでその地域を訪れるファンが増えています。

──それは1つの好例と言えそうですね。アニメの聖地巡礼を軸にして地域活性化を促す形もあるということですね。

山本:ただし、最初から聖地巡礼ありきで作品を作ったり、1作品の聖地巡礼だけに頼ったりするのはよくありません。なぜなら、アニメや映画などのコンテンツは製品寿命が短く、作品が終わったらブームも長く続かないものが多いからです。たとえ1つの作品から聖地巡礼の恩恵を受けても、その効果はあくまでカンフル剤であって、継続性はないんですね。

 それならば、1作品のブームで終わるのではなく、上述のアニメスタジオのように、その産業全体を地方に持ってきて、それを伸ばしつつ人を育てて、聖地巡礼の仕掛けを断続的に生み出せばよい、と考えるのは自然なことです。そして、その人たちが地域で暮らすことを目的に据えることも「地方の人材づくり」として良いはずです。

 そういった意味では、沖縄県が聖地巡礼を念頭に置きながら、作品単体ではなく、スタジオごと、産業ごと持ってこようした方向性は間違っていなかったと思います。

埋もれていた「アニメ制作を仕事にしたい」若者たち

──アニメスタジオが沖縄県に設立された背景は分かりました。その一方で、沖縄県内において「アニメ関連で働きたい」と考える人たちがどれほどいたのかも気になります。働き手となる県民の“需要”はあったのでしょうか。

山本:その点については、一定の需要があったと言えます。立ち上げた沖縄のアニメスタジオは、総勢30人弱の規模となりましたが、その大半が新規募集で採用された県内の人でした。中には、それまでずっと引きこもり状態でありながら、絵を描く技術は非常に高い人もおり、そういった人材を発掘する良い機会になりました。

──沖縄県には、アニメ産業で働きたい人がそれなりにいたということですね。

山本:私はアニメ産業と都市の関係について詳しく研究していますが、日本でアニメ産業が定着しているのは、東京以外にほとんどありません。つまり、アニメ制作を仕事にできる場所が東京以外にほとんどないのです。

 そのため、専門学校などでアニメ制作に関する技術を学んでも、あるいはそういった才能を持っていても、地方に住んでいるために、それを活かす場所がない人たちが少なくありません。これは沖縄県に限らず、どの地方にも言えることです。

──そういった「埋もれていた人たち」がアニメ制作に携わるきっかけとして、沖縄の例は価値があったかもしれません。

山本:それは、このスタジオ誘致が生んだ成果の1つと言えます。アニメ制作のスキルを持つ、地元の若い人材を発見する機会にはなりました。また、アニメ制作の現場で実際に仕事をしたことで、実践力を身につけることもできたはずです。そこで働いた彼らは、これをステップにアニメの仕事を長く続けていけるかもしれません。

スタジオ誘致とともに行われた、産業創出プロジェクト

──アニメスタジオが沖縄県に設立された後、どのような展開を見せたのでしょうか。

山本:実はスタジオ誘致の際に、行政と民間が一体となった産業連携プロジェクトが計画されました。ポイントは、このプロジェクトがアニメスタジオ単体のものではなかったことです。沖縄県により、地元の広告代理店とダンススクール、そして県外の旅行会社がセレクションされ、それぞれはそれぞれの事業をやりつつ、最終的にアニメスタジオを含めた4社が連携して、地域に還元できる大きな産業モデルを興そうと考えました。

 具体的なプランとしては、沖縄県を舞台としたアニメ作品をスタジオが制作し、放映します。そして、その宣伝やパブリッシング、キャラクターを使ったグッズ展開などを、広告代理店が担う想定となりました。さらに、これをフックとして旅行会社が県外の観光客を誘致したり、地元のダンススクールでレッスン体験をしたりという連携をイメージしていたようです。

──アニメスタジオ単体ではなく、4社が連携することで、より地元の経済に還元できる仕組みを狙ったんですね。

山本:そうですね。プロジェクトは2010年にスタートし、2011年春には、このプロジェクトにより生まれたアニメ作品が県内で放映されます。また、アニメのキャラクターを用いた事業も行われました。これは、当初の目的どおり、4社が連携する形が取られたようです。

 しかし、長期的な人材づくりという意味で、この事業は定着しなかったのが現実です。そしてアニメスタジオについては、この1作品を制作したのみで閉鎖してしまいました。

──なぜそのような結果になってしまったのでしょうか。

山本:これには、地方に産業を持ってくる上での「働き方」という難しい問題が関わっています。そしてそれは、この事例だけでなく、産業誘致によって人材づくりや地域活性を目指す地方すべてに言える課題でもあります。

 次回は沖縄のケースにおける成果と課題を見ながら、産業をカギにした地方の人材づくりを考えたいと思います。
(続く)

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