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子どもが舌鼓を打つ長野・松本の居酒屋メニュー

ご当地グルメは地域を救うか(その2)

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経済学部准教授 山本健太

2015年10月5日更新

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大きな鳥ムネ肉を1枚丸ごとを揚げ、キャベツと一緒に食べる「山賊焼」(長野県松本市で撮影)

「ご当地グルメによる町おこしに本気で取り組むならば、まずは地域の食文化に埋め込まれた小規模な市場を確立すること」

そう語る山本氏が注目しているご当地グルメが、長野県松本市の「山賊焼」です。

山賊焼は、松本市の新たな郷土食と目されている料理です。鶏のモモやムネの一枚肉に、ニンニク風味のタレを付け、片栗粉をまぶして油で揚げたものです。一説によると「山賊は物を取り上げる(鶏揚げる)」からその名が付いたとも言われています。

「単発的なブームに終わり、地域経済の永続的な振興にはつながらない」というご当地グルメの落とし穴を回避するため、山賊焼の普及団体が採っている徹底した地域密着戦略とはどのようなものか。國學院大學経済学部准教授の山本健太氏に聞きます。
制作・JBpress

それは“無茶振り”から始まった

ーそもそも、なぜ山賊焼きがご当地グルメになったのでしょうか。

山本健太氏(以下、敬称略):山賊焼を販売する飲食店やホテルなどの団体関係者で構成された「松本市山賊焼応援団」が、山賊焼の普及に向けたPR活動を展開しています。この応援団の成り立ちは、2004年にさかのぼります。

松本市内の飲食店団体である松本食堂事業協同組合の古参メンバーが突然、同会の青年部に「何か面白いことをやれ」と言い渡したそうです。こんな無茶振りを受けて青年部が目を付けたのが、山賊焼でした。

当時は単なる居酒屋メニューに過ぎなかった山賊焼をご当地グルメに育てることで、地域を活性化しようと考えたんです。この活動は、松本市の事業として採択されたことにより本格化し、飲食店以外の業種を巻き込みながら拡大。2012年に現在の松本市山賊焼応援団へと発展しました。

ーご当地グルメの普及を目指す団体はほかにもあると思いますが、なぜ松本市山賊焼応援団に注目したのですか。

山本:私のゼミに所属する学生が、2014年夏に実施したゼミ合宿のテーマとして選んだことがきっかけでした。実際に現地調査をしたところ、実に興味深い事例であることが分かりました。というのも、多くのご当地グルメが外へ外へと向かおうとしているのに対して、山賊焼は内へと向かっているんです。

B-1グランプリより地元の幼稚園

ー内向きのアプローチというのは・・・?

山本:松本山賊焼応援団の活動は、基本的には地元に限られています。パンフレットの配布や加盟店を巡るスタンプラリーの開催、イベントへの出店は地元のみ。地域外への働きかけはほとんどしていません。

ご当地グルメが全国に名乗りを上げる場であるB-1グランプリにも、参加の予定はありません。「まだその時期ではない」というのが理由です。彼らは「外へ打って出るのは、地元の食文化として根付き、地場の市場を確立してから。さもないと、ブームが過ぎ去った後に何も残らない」と言っていました。ご当地グルメブームのリスクをよく承知しているのでしょう。

地域外への展開に消極的なのは、「ここに来ないと食べられない」という地域性・希少性を大切にしているからでもあります。とはいえ最近では、テレビ番組が取り上げたり、観光客が口コミで拡散したりというように、外部から発見される形で少しずつ認知が広がっているようです。

山賊焼を地元に根付かせるため、応援団は子供たちへのアピールにも力を入れています。山賊焼を地域の誰もが知っている本来のご当地グルメに育てるには、これからの食文化を受け継いでいく子どもたちに受け入れられることが不可欠だからです。その一環として、山賊に扮した鳥をモチーフにしたゆるキャラ「さんぞくん」が、幼稚園や保育園を訪問して子供たちと触れ合い、山賊焼を実際に食べてもらうという活動を続けています。

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園児たちにも大人気の「さんぞくん」(写真提供:松本商工会議所)

ーご当地グルメブームに翻弄されないようあえて地域限定で活動し、まずは地元の需要を確立する。非常に戦略的です。

山本:メディア対応も上手ですよ。こんなエピソードを聞きました。

松本市の南側に位置する塩尻市にも、「しおじり山賊焼の会」という飲食店の団体があります。こちらは、「塩尻市の居酒屋が山賊焼を最初に考案した」という説を擁して山賊焼をご当地グルメとしてPRしています。2つの団体の間でどちらが本家かという論争が過去に起きましたが、「生みの塩尻、育ての松本」という棲み分けをしようということで決着。今では”仲良く”やっています。

ところが、松本市山賊焼応援団は地元の新聞やテレビ局に対して、「しおじり山賊焼の会と互いに反目し合っている」という体を装い続けているんです。そういう話題性があったほうが、取り上げてもらいやすいからでしょうね。大手広告代理店顔負けの実にしたたかな戦略ですね(笑)

古参の度量が若手のひらめきを生かした

ー地元密着型のPR活動の成果はどのような形で出はじめていますか。

山本:そうですね。功を奏しているようです。例えば、クリスマスシーズンになると、市内のスーパーの惣菜売り場でローストチキンと一緒に並ぶほどポピュラーになりました。学校給食で山賊焼をリクエストする児童もたくさんいると聞いています。一方、応援団の加盟店は松本市のほか安曇野市にも広がり、現在は70以上の店が応援団員の証であるのぼり旗を店頭に掲げています。

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応援団員の証であるのぼりを持つさんぞくん(写真提供:松本商工会議所)

ーどのような人たちが、応援団の活動をけん引しているのですか。

山本:県外での移住経験を持つ方がキーマンの1人になっていると聞いています。松本市の強みや弱みを客観的に分析しながら、エネルギッシュに地元の若者をうまく巻き込みながら活動を展開しているそうです。

一方で、青年部に一切を任せた古参メンバーの存在も見逃せません。若手による新たな試みを「お前らの好きにやってみろ」と許容した彼らの度量が、松本山賊焼応援団の快進撃を下支えしていると言えるでしょう。

山本氏は松本山賊焼応援団の活動を「地に足が着いている」と評価しています。「まだ現在進行形ではあるものの、ご当地グルメによる地域振興の成功モデルになり得る」と期待を寄せています。

今回取り上げた松本市は、ブドウ栽培も盛んです。次回は、同市における地産地消のワイン造りに焦点を当て、農業を中核産業とする地域の振興策について考えます。

 

 

 

研究分野

経済地理学、都市地理学

論文

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