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経済 X 宗教「失敗プロジェクトは何故やめられないのか?」

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國學院大學経済学部教授 星野広和

2017年1月27日更新

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損切りとは?

 今日は経営学を使って、「失敗プロジェクトは何故やめられないのか?」というテーマで話をさせていただきます。今日取り上げるのは心理学です。ここでいう心理学は認知心理学とか社会心理学といった分野です。

 さっそくですが質問です。あなたが、日本の航空機メーカーの社長だとします。実際にその社長の下で新型の航空機を2,500億円かけてようやく来年に完成を見るという段階に差し迫っていながら、開発費用が500億円ほど足りないことが分かった状態だとしましょう。その矢先に、海外の航空機メーカーのライバル企業が、さらに自分の会社よりも格段に性能の高い航空機を開発したというニュースが飛び込んできました。その航空機は航続距離も燃費も、そして操縦性も快適さも全てが自社製品よりも上だということが分かっています。

 このような状況で、もしあなたがその社長だったら、このプロジェクトをどうしますか。継続しますか、それとも打ち切りますか。結論から言えば、人間はこのような状況において、さらに投資を継続する、投資を追加するということは意外と苦手だということが分かっています。このようなことを一般に「損切り」と言います。証券投資とか株式投資の世界ではよくロスカットといわれることです。損切りが苦手な要因には、大きく6つほどあるといわれています。

損切りが苦手な要因

 1つ目は、「人は嫌なことから目を背けてしまうこと」です。例えば手術の写真を見て、ドクターから「手術は90%の確率で成功します」と言われた場合、一方で、「実はこの手術は10%の確率で失敗するんです」と言われた場合、どちらの耳心地がいいでしょうか。私なら、やはり90%成功しますと言われたときの方が、ドクターを信用して手術を受けようかと思います。でも、90%の成功と10%の失敗は同じことを言っています。問い掛けが違うに過ぎないわけです。つまり、成功(ゲイン)という言葉で問いが表現された場合、保守的な捉え方をします。一方、失敗(ロス)という表現で問題が出た場合はリスクを取ってしまうーーそういう性質を人は持っています。

 2つ目です。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と言われますが、「人間は追い詰められると感情に走ってしまう」。正確に言うと、論理的な思考がなかなかできにくいということです。渋谷のバスターミナル前の2つある信号で、明らかに赤信号に引っかかるにもかかわらず無理して渡ろうとする人をよく見ますよね。焦って走ってきたのをみんな見ているわけですし、止まると恥ずかしいからやめられないわけです。

 3つ目は冒頭に示したように、これまで2,500億円投資していたものをここで中止したら返ってこないわけですね。これを、経済学の世界では「埋没費用」といったりします。プロジェクトをここでストップしたとしても返ってこないコストです。労力、時間、そういったものを含めて埋没費用といいます。ですから、返ってこない2,500億円という数字を頭の中に入れてしまうからこそ、なかなか損切りができない。ですが、新しく会社の経営者として招かれた人であれば、頭の中にこれまでの2,500億円の投資がないわけですから、思い切って中止にすることも実際にあり得るかもしれません。

 4つ目です。このように、投資を追加してしまうという傾向がさらに強くなる理由に「周囲のまなざし」があります。人間はいろいろな主張に対して首尾一貫性を求められますし、特に部下や同僚からは期待の目で見られる。そして、「もし失敗したときにはどうなるんだ」、「あの人、やっぱり失敗したんじゃないか」と。首尾一貫性を求められるし、逆に失敗したときに白い目で見られる強迫観念。こうした周囲のまなざしがあると、さらに投資を強めてしまう傾向が実際に見られます。

 5つ目は「自己正当化」の傾向です。これを難しい言葉で言うと「認知的不協和」といったりしますが、「すっぱい葡萄」というイソップ童話をご存知ですか。おなかをすかせたキツネが、たまたま木になっているブドウを見つけた。たわわに大きく実っています。しかし、キツネは、いくらジャンプしても頑張っても手が届かなかった。どうしてもブドウが食べたかったキツネは、それを諦めざるを得なかった。そのときキツネはどうしたか。「どうせ、あのブドウは酸っぱいブドウだろう」という負け惜しみを残して、その場を去って行きました。人は、どうしても欲しいものがあるけれど手が届かない、こういった相矛盾する心の中の葛藤があると、一つの認知を変化させるわけです。

 そして、最後は「過去の成功体験」が邪魔をするということです。私も「プロジェクトX」が大好きで学生にもよく見せたりしますが、やはり「プロジェクトX」は、苦労がずっとあった最後の最後でハッピーエンドになっているという安心感をもたらしてくれるストーリーになっている。しかし、「プロジェクトX」の中の出来事と、自分の会社が置かれている状況は、時代も違えばシチュエーションも違う。それを自分のことに置き換えて、うまく期待を持たせて、その成功体験に引っ張られてしまうことがあります。

 このように、人間というのは非常にロスカット、損切りができにくいという動物だという風にも考えることができます。人は損切りが下手なんです。ですから、安心してください。みんな下手なんです。

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成功体験をダブルループで捉える

 こうしたとき、どのように解決すればいいのでしょうか。2つあると思います。ひとつは、傷口を最小限にしてロスカットを早めに行うこと、もうひとつは、やはり、そもそも失敗を起こさないようにすること、です。なかなか難しいかもしれませんが、そのような方法があるのでしょうか。  経営学の中で経営組織論という分野があり、その中に「組織学習論」というものがあります。組織も人間と同様に、成長するに従い普通は成功体験だけを実際に学習していきます。ですから、成功体験を実際にもたらした行動から外れたものだけを修正するわけです。これが、いわゆるシングルループ(学習)といわれるものです。  一方、その成功体験そのものを疑ってかかる、これがダブルループ(学習)です。例えて言えば、初めての彼女ができたときの話だとしましょう。彼女に対して高価な指輪をプレゼントした、ブランド物のバッグをプレゼントした。そうしたら彼女はすごく喜んでくれた。すると、この成功体験は自分の中に強化されますから、さらにプレゼントの指輪やバッグを実際に彼女に贈るわけです。でも、これでは間違いなく破産しますよね。しかも、彼女はもっと高い物や別の物を要求するかもしれない。  そこで考えてほしいのは、そもそも、プレゼントは何のために贈るのかということです。彼女と別れたくないからでしょうか、離れたくないからでしょうか。そうじゃなくて、やはり彼女に喜んでもらいたいからです。つまり、その結果として「好意」というものが得られるわけですね。そう考えれば、喜んでもらうためには高価なプレゼントじゃなくていいかもしれません。手料理かもしれないし、愚痴をずっと聞いてあげるだけでいいかもしれない。喜んでもらうということが達成されれば、その手段は何でもいいわけです。これが、ダブルループ学習と呼ばれるものです。 img03

失敗を乗り越える3つの提案

 このような考え方をもとに、今までの(これからの)失敗をどのように乗り越えていけばいいのかということについて、3つほど提案させていただきます。  1つは、無責任な方法かもしれませんが、「損切りは他人にしてもらってください」。先ほども言ったように、人はなかなか損切りができない弱い動物です。特に、個人レベルで見ると,自分で正当化してしまうし、周りの目からなかなか強いまなざしで見られるとなかなかできない、損切りできない。そんなときは、信頼が置ける同僚や部下など他の人から、「ちょっとやっていることがおかしくないですか。」と言ってもらうことは一つあります。そこで注意してほしいのは、周りがイエスマンだけじゃないかということです。皆さんも、いろいろなプロジェクトに関わっていると思いますが、イエスマンだけで固めていたら、他人に損切りしてもらうことは難しいですよね。  2つ目です。先ほど成功体験が足かせとなるということがありました。成功体験を見ることも大事ですが、一方で「失敗体験もちゃんと考えてほしい」ということです。人は嫌なものから目を背ける特徴を持っています。とすれば、失敗も直視して、その中で何か実際にヒントとして得られるものはないのか。類似点とか共通点とか、そういったものから何か深い知識を得られることがないのか。この2つの事例を通じて、何か自分にとってためになるような知恵を身につけてほしいということです。 img04 最後は、「目標の転移を疑ってほしい」ということです。ちょっと難しい言葉です。でも、簡単に言えば、目的と手段というものが入れ替わるのが目標の転移です。いわゆる本末転倒なことです。  例えばこのイベント、実際にはビジネスパーソン向けのイベントです。渋谷で働くビジネスパーソンに対して100人最低でも1日に集めてきて、そして学長に報告すれば喜ばれるわけです。しかし、100人集まらなかったらどうしよう。50人しか集まらなかった人に対して、50人の教職員とか学生を集めてきたとしても、なかなかそれはうまく成功だと言うことができないわけです。そうしたときには、そのイベントというものを実際にもう一度考えてほしいと思います。本当の目的は何だったのか。ビジネスパーソンを実際に100人集めることが、本当に重要だということですね。実際にこの場を見ると、私が知っている教職員と学生はいらっしゃらないようなので、このイベントに関しては安心だと考えられます。  現象と本質。簡単に言うと、火が実際に目の前で燃え上がっている火事に対して、もちろんすぐに火事を消すことも大事ですが、その火事を起こしたそもそもの原因は何だったのか、それを実際に考えることはもっと重要です。ただし、あまりにも自分の足元だけを深く深く掘り下げていくと自ら墓穴を掘ることになるので、その辺りは注意してほしいと思います。  以上を自分自身に置き換えてみると、なかなかそれを実践できないんじゃないかと思われるかもしれませんが、実践する上でのポイントを3つほどまとめてみます。  まずは同僚や部下に相談して損切りをしてもらう。この仕事は本当に重要なんだろうか、必要なんだろうか、損切りをしてもらうということです。もちろん信頼のおける、損切りがちゃんと判断できる人が周りにいなければ駄目だということです。  もう一つは、成功体験だけでなく失敗体験もフローにしてみましょう、書き出してみましょう。箇条書きでもいいかもしれません。でも、それをノートに書き出して、そのフローの中から何度も何度も見ていけば、何かヒントが出てくるかもしれません。  そして、3つ目は、トヨタがやっていることですが、5つのWHY、「なぜ」「どうして」を繰り返してみましょう。もちろん、ただ繰り返すだけでは駄目で、「なぜ」「どうして」を繰り返すことによって、原因の中でも一番重要な原因、つまり「真の原因を探っていく」ことが重要です。ですから、その目標の転移というものをこれで防ぐわけです。  この3つのサイクルを、明日からの仕事の中でも実践していただければと思っています。最後に皆さんに質問です。あなたは損切りできますか。  ご清聴、ありがとうございました。 img05

 

 

 

星野 広和

研究分野

経営管理論、経営組織論、経営戦略論

論文

「なぜ経営学では小倉昌男とヤマト運輸を学ぶのか」(2023/09/30)

「イノベーションの停滞と製品不具合に関する一考察:自動車用エアバッグの技術進化のケース」(2021/03/31)

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