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子どもが好きなことに没頭しながらも、能力も伸ばす教育とは? 
吉永准教授が語る幼小接続の実践(後編)

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人間開発学部准教授 吉永安里

2019年4月25日更新

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 うんとこしょ、どっこいしょ――おじいさんが大切に育てた巨大なかぶを、家族や動物たちが総出で収穫しようとするお話。ロシア民話を再話した絵本『おおきなかぶ』(A・トルストイ編、内田莉莎子訳、佐藤忠良絵)は、これまで多くの子どもたちに親しまれてきた。
 
 幼児教育と小学校での教育の間にあるギャップを埋め、円滑な幼小の接続の実現を目指す、吉永安里・人間開発学部子ども支援学科准教授は、この『おおきなかぶ』に着目しているという。幼稚園や保育園でも、そして小学校1年生の授業でも取り扱われる『おおきなかぶ』は、このギャップを考えるのにうってつけのテーマだからだ。
 
 「幼小接続」の概論を尋ねた前編に引き続き、後編では『おおきなかぶ』を例に幼小接続の実践編をお届けする。
 
 
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 以前、研究のために見学した幼稚園の年長組の保育で、『おおきなかぶ』の読み聞かせが行われていました。この物語では、かぶを抜くために、おじいさんがおばあさんを呼び、おばあさんが孫娘を呼び、孫娘がいぬを呼び、いぬがねこを……というように、順々に人や動物が登場して、一緒になってかぶを引っ張っていきます。
 
 読み聞かせが終わった後、あるお子さんが表紙を指さしながら、「おじいさん、おばあさん、まごって、抜いた順になってるの!」と発言しました。この子は、登場人物やその登場順に着目した読みをしたわけですね。
 
 すると幼稚園の先生は、「あ、ほんとだ、大発見!」とその子の発言を個別に認めつつも、「このかぶ、運んでって何するんだろうね。おうちに持って帰って」と、答えのない、自由に想像を広げる問いをクラスの子どもたちに投げかけました。
 
 子どもの気づきに共感を示しつつも、この、想像を広げる指導を先生が選択した背景には、理由があると私は考えます。そして、この読み聞かせの場面が、幼稚園と小学校における教育のギャップの具体例にもなっていると考えます。
 
 というのも「幼稚園教育要領」では、「絵本や物語などに親しみ,興味をもって聞き,想像をする楽しさを味わう」ことが領域「言葉」の「内容」の一つとなっています。叙述に即して根拠をもって解釈していくということではなく、子どもたちが絵本に親しみ、自由に発想を広げていくことに、先生たちの意図があるのです。
 
 一方で小学校では、「国語」という教科において、登場人物やその登場順、場面の転換に着目した読み――たとえば、かぶが抜けなかったときおじいさんは、次に誰を呼びに行ったんだろうねとか、どんなふうにおばあさんを呼びに行ったんだろうね、といった絵や叙述に即しながら読みを、先生たちは促していくようになります。
 
 前編でも、幼稚園と小学校での教育内容のギャップについてお伝えしましたが、まさに具体的な教材としての『おおきなかぶ』においても、このようなギャップがあるのです。
 
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 でも、幼児期の子どもたちも、挿絵を見たり、お話を聞いたりと多様な読みをして、いろいろとつぶやくわけです。子どもたちの気づきは多様で、読みにおける資質・能力も育っているのに、幼児教育ではそこをねらいにしていないから、受け流してしまいます。
 
 とはいえ幼児期から本格的な読みの指導をすることは、あまりに早期教育に過ぎるという考えも、私自身が幼稚園の現場にいたのでよくわかります。
 
 ただ、子どもたち自らがそうした読みをすることがある、ということなのです。そして、その姿を無視してはいけないのではないかということなのです。先生が教えるとか、指導するとかいうことではなく、読みの資質・能力の芽生え始めた子どもたちの気づきを、幼児期にもっと取り上げることがあってもいいのではないか。また、一人ひとりのそうした子どもたちの育ちの姿を他の子どもたちと共有していくことで、幼児期にも子どもたちの力はもっと伸びていくのではないでしょうか。
 
 他方で小学校の先生も、1年生の子どもたちは「ゼロスタート」ではない、という視点で授業を考えてほしいのです。子どもたちは小学校で読む物語を、幼児期に絵本の読み聞かせを通して親しんでいることが多いのです。『おおきなかぶ』で言えば、おじいさんの次に誰が出てくるか、といった問いは子どもたちにとっては自明です。もちろん理解しているかの確認は必要かもしれませんが、それを「手を挙げて」一人ずつ発言することが繰り返される授業展開に飽きてしまっていないだろうか、といったことを目の前の子どもたちの姿から今一度考えなおしてほしいのです。小学校では、子どもたちの経験や知識が「ない」ことを前提に授業を進めるのではなく、小学校に入学するまでに子どもたちがどんなことを経験し、知っているか的確に把握し、子どもたちが新たにもっと考えたくなる、話し合いたくなる授業を考える。それが小学校入門期のスタートカリキュラムの考え方のベースになります。幼稚園や保育園の年長――5歳児はもう十分考える力が育っている。これまで小学校教員が考えていたよりずっと“大人”なんです。
 
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 幼児期から読みの資質・能力の芽生えを育み、小学校でそこからさらに子どもたちの力を伸ばす。高度な読解へとつなげていく術があると、私は考えています。
 幼児期にでも、もし子どもが『おおきなかぶ』の繰り返しのレトリックに気づいたならば、同様のレトリックで展開するウクライナ民話の『てぶくろ』――動物たちが次々とてぶくろに入っていくお話――を読み聞かせしてもいいかもしれません。
 
 小学校では、音読劇や人形劇などによる表現等――小学校教育においては「言語活動」といわれる方法――で、子どもたちが目的意識や相手意識をもって主体的に登場人物や場面の様子に着目し、書かれていることを詳細に読み取りながらも、想像を広げて読むことの楽しさ、友達と互いに物語の解釈を伝え合いよりよいものとする喜びを味わえるようにする工夫もできるでしょう。
 
 私自身もまだ、「幼小接続」研究の途上です。しかし、壮大な夢ではありますが、将来的には幼児教育・小学校教育双方のカリキュラム改革のプロセスを通して、国語教育のあり方、教科教育のあり方、学校教育のあり方を変えていきたいのです。学びの本質を問い直し、子どもたちが学ぶことの楽しさや喜びを感じ、自ら学びを深めていけるような、そんな園や学校、保育や授業を考えていきたい。「環境を通して、また生活や遊びの中で、人と関わり合いながら、あるいは自分の好きなことに没頭しながら、総合的に成長していくことを促す」幼児教育の理念は、これまでの学校教育のあり方を考え直す上での大きなヒントとなるのではないか、また、だからこそ、幼小をどうつないでいくか幼小の接続の仕方を考えることが、今後の教育全体のあり方を考える上での、本質的で、大きな改革の第一歩になるのではないか。そんな思いを抱いています。
 
 
 

 

 

 

吉永 安里

研究分野

幼児期のことばの発達、小学校国語科教育

論文

「どうして?」「やってみたい!」があふれる幼児期の学び(2021/11/10)

『おおきなかぶ』における幼小の指導の連続性(2021/05/10)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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