平成23(2011)年5月から國學院大學ラグビーフットボール部(以下、ラグビー部)の監督を務める伊藤護氏。現役時代はスクラムハーフとして東芝府中(現・東芝ブレイブルーパス)に所属し、日本代表としても活躍した経歴を持つ。ラグビー部は現在、関東大学ラグビーリーグ2部で戦っており、1部昇格を目標に掲げている。7年をかけて作り上げてきたチームの姿と、ラガーマンとして指導者の一人として来年に控えたラグビーW杯日本大会への思いを聞いた。
バラバラなチームに「結束」を
――就任時期は、チームが3部に降格した直後でした。練習の雰囲気はいかがでしたか。
伊藤監督(以下、伊藤) ラグビーを楽しめている学生が少なかったですね。練習に対する主体性もあまりなく、まとまりのない、バラバラなチームでした。降格してしまったことに対しても、学生たちの受け止め方は「仕方ない」「また来年、頑張ればいいや」といったもので、士気が全く感じられなかったです。
日常生活では、寝坊も遅刻も多く、体調管理なども含めてセルフマネジメントができていないと感じました。ですから、寮での生活にしてもラグビーにしても、まずは基本的な部分からの見直しが必要だと思いました。
――チーム改革はどのようなことから始めましたか。
伊藤 国際統括団体「ワールドラグビー」が発行する競技規則集に書かれている「品位」「情熱」「結束」「規律」「尊敬」の5つの要素は、世界のラガーマンが必ず身につけなければいけないものです。この5つを学生たちに何度も説明し、グラウンドの上だけでなく、生活にも浸透させていこうと思いました。例えば、時間を守ることは「規律」「品位」につながります。食事や体調管理の重要性も理解してもらうと、自然とラグビーに対する「情熱」や取り組み方も変わってきました。
チームに「結束」を持たせるために、学生たちにチームを運営する上での役割を任せるようにもしました。主将や副将以外に、筋力トレーニングを管理するウエートリーダー、チームを盛り上げるパッションリーダー、寮長など4年生全員に役割があります。毎年、新チームになる際に4年生がミーティングをして、誰がどういう仕事をするのかという具体的な内容まで学生たちで決めています。私が監督に就任した年は何もない状態からのスタートでしたが、今では「去年はこういうことをしたから、今年はさらにこれをやってみよう」という形で、組織として年々、土台が厚くなってきていると思います。
ラグビーは、生身でぶつかり合うスポーツですから、強靱な体をつくるためにきついトレーニングが欠かせません。きついからこそ、みんなで声を出し合い、支え合い、たたえ合うことで、チームのために勝ちたいという気持ちにつながるのだと、学生たちには常々、説明しています。練習前は学生たちが集まり、その日のテーマや趣旨、目的を話し合っています。具体的な目的をもって、理解した上で臨まないと、いくらきつい練習をしても身にならないと考えています。
ラガーマン、そして1人の人間として
――練習中、監督が「自立」「自主性」「規律」という言葉を何度も口にされていましたね。
伊藤 この3つは、ラグビーはもちろん、社会生活でも必要な素質だと思っています。試合中に重い反則を犯したら、相手チームにペナルティーキックを与えてしまい、その結果が勝敗を左右することもあります。ラグビーは「品位」、つまりフェアプレーが第一ですし、ルールがとても細かいですから、1人の行動がチーム全体に迷惑をかけてしまうということを普段から意識して、規律を守ってプレーできる選手になってほしいです。規律を守れるということは、それだけ一人一人が自立して、自主性を持ってラグビーに向き合っているということにもつながります。
そして、これから社会に出て行く学生たちに「生きる力」を養ってあげたいという思いもあります。「自立」「自主性」「規律」は、社会で一人前の人間として評価されるために最低限必要なことです。学生たちには立派な大人になって、胸を張って「國學院大學ラグビー部」の看板を背負って社会に出て行ってほしいですから。
――監督に就任したシーズンに2部復帰を果たしました。現在は1部昇格が悲願ですね。
伊藤 プロと違い、毎年、選手が入れ替わるのが学生ラグビーの難しいところです。だからといって、毎年、やり方を変えていたら、いつまでたっても強くなれませんから、チームのルール、カルチャーを継承していかないといけません。「尊敬」の気持ちを持って、先輩から後輩へ。その積み重ねによってこそ、1部で戦い抜けるレベルに到達できると信じています。
私が就任した年から毎年、掲げているスローガンから、チームとしての思いや、7年間の物語を感じられると思います。結束という意味を込めた平成23年の「One」(1つ)から始まり、翌年は個の強化を目指した「Oneself」(自分自身)、徐々にプレーでの目標が描けるようになってきて、昨年は「Fighting Spirit」(闘争心)、今年はさらにその上の闘争心を目指そうということで「Break Through」(突破、躍進)と変化してきています。年々、クリアしてきたことを基に、さらにステップアップさせるスローガンを立てるようにしています。これも、積み重ねによるチームのカルチャーの1つです。
今シーズンの目標は「1部への入れ替え戦出場」と言っています。よりリアリティーのある、手の届く目標のほうが、学生たちも頑張れますよね。入れ替え戦に出場するためには、2部で2位以内に入らなければいけません。そのためには、どこに勝たなければいけないというのがおのずと見えてきますから、具体的な目標も設定しやすいと考えています。9月16日からいよいよリーグ戦が始まりますので、応援をよろしくお願いいたします。
W杯日本大会への関心高めたい
――平成27年のW杯イギリス大会では、日本代表が南アフリカ代表に大金星をあげ、日本国内は大いに盛り上がりました。
伊藤 平成24年からヘッドコーチ(HC)を務めたエディ・ジョーンズ氏はいろいろな発想をする方です。背の低い日本人が世界で勝つためには何が必要かと考え、練習に格闘家を招き、低くて速い、機動力のあるタックルを伝授してもらったそうです。日本人の強みを生かしたプレーで強豪の南アフリカに勝ったことは、小柄な選手が多いわれわれのチームにも夢や目標を与えてくれました。1部の大きな選手に勝つためには、こういうラグビーを目指さなければいけないなと感じています。私自身も新しいことを取り入れたいタイプで、いろいろなスポーツを見たり、街を歩いたりして、「ひらめく」ことを大切にしてきました。ですから、指導者として、ジョーンズHCから学ぶことも非常に多かったです。
――W杯日本大会を前に、ラグビーを取り巻く環境の変化は感じますか。
伊藤 子ども向けのイベントは増えていますが、それは単なるきっかけであって、その後もラグビーを続けてくれるかどうかが重要です。ニュージーランドは国技がラグビーですから、至る所にラグビー場があり、子どもはみんな楕円球を抱えています。日本で都心にラグビー場をつくるのは難しいことも多く、日本人がラグビーを身近に感じられるような環境づくりはまだまだこれからだと思います。平成27年以降、テレビでラグビーの試合が放送される機会も増え、ラグビーを知らない人が競技に触れるきっかけは以前よりも増えていますが、そこから「試合に足を運んでみたい」「ラグビーをプレーしてみたい」と思ってもらえるようになるには、多くの課題がありますね。
――来年のW杯日本大会に向け、見どころを教えてください。
伊藤 まずは細かいルールを気にせずに、迫力を楽しんでください。体と体がぶつかる音、選手が叫ぶ声、ボールを持って走るスピード。ルールが分からなくても目で耳で、十分楽しめます。社会人ラグビー「トップリーグ」が今年は8月末から12月まで毎週のように各地で試合が行われますから、気軽に観戦しに行ってほしいです。また、11月には世界ランク1位のニュージーランド代表「オールブラックス」と日本代表のテストマッチが東京都内で行われ、W杯を待たなくても世界一のプレーを見られる機会となります。
私は、一般の方のW杯への関心や認知度がどれくらいあるか知りたくて、カフェやコンビニエンスストアに入った際にお店の方たちに、よくこういう質問をするんです。「2019年に日本でラグビーW杯があることを知っていますか?」と。すると、「知らない」という方がほとんどです。認知度はまだまだだと実感していますが、企業や自治体による取り組みや、私の地道な声かけで、一人でも多くの人がラグビーに、そして来年のW杯に関心を持ってくれたらうれしいですね。