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思考力と創造力を育む教科としての体育

体育科教育学の視点 −前編−

  • 人間開発学部
  • 健康体育学科
  • 全ての方向け

人間開発学部 健康体育学科 教授 大矢 隆二

2025年12月15日更新

 体を動かすことが得意で体育の授業が好きだった人もいれば、逆に体育は苦手・嫌いという人もいる。ただ、体育科教育学を専門とする大矢隆二・人間開発学部健康体育学科教授のビジョンからすれば、きっとどんな子どもであっても、体育という授業は何か大事なことをもたらしてくれるものになりうる。いろんな生徒が一緒に体育の授業に取り組むこと自体にも、子どもたちの思考の種が眠っているはずだからだ。

 そうした体育科教育学の見地をシェアすることからはじまる、大矢教授への前後編のインタビュー。そうした話はやがて、大矢教授の思わぬキャリアへと転じていくだろう。

 

▼もくじ

体育を学校現場の実践と研究の両面から支える

教育としての体育を問い直す

企業人から教育者へ ―教育への志が拓いた研究と実践の道

 

 

体育を学校現場の実践と研究の両面から支える

 

 「体育」と聞くと、「体を動かすこと」や「スポーツが上手になること」を想い浮かべる方が多いかもしれませんね。たしかに、それは体育の大切な一面です。でも、もし体育が「ただ体を動かすだけの時間」になってしまっていたら、それは本当の体育の姿とは少し違うのではないでしょうか。では、本当の意味での体育とは何なのか。このインタビューを通して、少しずつその考えをお伝えできればと思います。

 私は「体育科教育学」という分野を専門にしていて、学校現場での実践と研究の両方から、体育の授業や教員の育成に取り組んでいます。「保健体育」という教科は、保健と体育という2つの分野が合わさったものなんです。それぞれに大切な意味や教え方があって、私は大学で、そうした専門性をしっかり身につけた先生を育てることに力を入れています。

 たとえば、中学校や高校で保健体育を教える先生を目指す学生はもちろん、小学校で全教科を教える中で、体育も担当する先生を目指す学生にも、体育の授業をどうつくるか、どう教えるかを丁寧に伝えています。こうした授業づくりの考え方は、体育科教育学の理論や方法にしっかりと基づいています。

 研究の面でも、教員養成とつながるテーマに取り組んでいます。たとえば、子どもの体力が落ちていると言われる中で、「どうやって子どもたちを支えていくか?」という視点はとても大事です。これは、子ども自身の問題というよりも、大人、つまり先生たちがどう関わるか、どう支援するかという話なんですね。だからこそ、そうした力を持った先生をどう育てるかということが、研究のテーマにもなっています。

 このインタビューでは、そうした授業づくりや研究の話を、できるだけ具体的に、わかりやすくお伝えしていけたらと思っています。

 

 

教育としての体育を問い直す

 

 「体育科教育学」と聞いても、あまり耳馴染みがないという方も多いかもしれません。この学問は、大きくは「教育学」を親科学として位置づけられていますが、同時に体育そのものが関わるさまざまな専門領域―たとえば運動生理学、体育社会学、体育原理などとも深く関係しています。そうした複数の視点をふまえながら、「体育をどう教えるか」「体育の授業をどうデザインするか」といった教育的な問いに総合的に取り組むのが体育科教育学です。

 体育科教育学では、「体育=体を動かすこと」だけではないという考え方が基本にあります。

 たとえばサッカーの授業では、ただボールを蹴るだけでなく、「どうすれば仲間とパスをつなげるか」「ボールを持たないときの動きはどうするか」といった判断や工夫が求められます。球技が得意な子もいれば、苦手な子もいます。だからこそ、「どうすればみんなが一緒に楽しめるか」「どんなルールや活動の工夫が必要か」といったことを考えることも、授業の大切な要素になります。

 つまり、体育の授業は、体を動かすことを通して、子どもたちが思考力や判断力、他者との関わり方、仲間と協力する力などを育んでいく場でもあるのです。そうした学びや創造力を引き出すためには、教員が授業の中に“考えるきっかけ”や“仕掛け”をどう組み込むかが重要になりますね。

 これから教員を目指す学生の中には、これまで体育の授業を受け身で経験してきた人もいるでしょう。小学校教員になりたいと思っている学生の中には、子どもの頃から体育が苦手だったという人もいるかもしれません。だからこそ、教員になるための学びの中で、自分自身も思考しながら授業づくりに取り組む姿勢を身につけることが大切です。本学では、そうした意識をもった学生たちが、講義や模擬授業を通して「自ら学ぶ体育」にチェレンジしていますね。

 このように、体育科教育学は、ただ運動ができるようになることを目指すのではなく、子どもたちの「考える力」「判断する力」「表現する力」を育てる教育としての体育を、理論と実践の両面から深く学ぶ学問なのです。

 

 

企業人から教育者へ ―教育への志が拓いた研究と実践の道

 

 実は、私が体育科教育学を専門とするようになるまでには、少し時間がかかりました。大学では体育学部に所属し、教員になることも考えていましたが、卒業後は一般企業に就職したんですよ。

 その会社でも「若い人の育成や教育に関わりたい」という思いがあり、途中から総務部への異動を希望。教育への関心は、当時から一貫していたと思います。ただ、実際に任されたのは、社員の労務管理など、教育とは少し離れた業務だったんですね。もちろん会社にとっては重要な仕事であり一生懸命に取り組みましたが、「自分が本当にやりたいことは何だったのか」と改めて考えるようになりました。「やはり学校教育に関わりたい」と決意して退職。大学院の修士課程を経て、静岡県で保健体育教師として約10年間、現場に立ちました。

 教育現場での毎日はとても充実していて、子どもたちと向き合う時間は何にも代えがたいものでしたね。一方で、次第に「自分ひとりで教えられる範囲には限りがある」とも感じるようになりました。もし、教員を目指す学生たちに指導法を伝えることができれば、より多くの子どもたちに良い教育が届くのではないか。そんな思いから、大学教員への道を志し、教員として働きながら博士課程で研究を続けてきました。そしてご縁があり、現在は人間開発学部にて教員養成に携わっています。

 振り返ると、遠回りだったかもしれません。でも、「人がどう学ぶのか」「どう教えるのか」「体育をどう学び、どう教えるのか」といった問いへの関心は、ずっと変わらず持ち続けてきたように思います。

 インタビューの後編では、体育科教育学の具体的な実践についてお話しできればと思います。ちなみに、最近は離島にもよく足を運んでいるんですよ。

 

後編は 教えすぎない指導法と離島教育から学ぶもの」>>

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大矢 隆二

研究分野

小学校体育; 中学・高校保健体育; 子ども体力支援

論文

「省察」の質的な深まりに着目した教員養成課程の模擬授業に関する研究(Ⅲ)ー「体育科教育法」と「保健体育科教育」の授業を比較してー(2022/03/31)

GPS測定による移動軌跡から得られる幼稚園児の活動の特徴(2022/02/28)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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