
| 離島の中学校、体育の授業。決して多くはない生徒たちが集い、チームスポーツに汗を流し嬌声を上げている。そのなかに、チラホラと大人たちの姿が見える。あれ? あの先生は国語の先生? こちらには数学の先生? ひょっとしてあそこで息を切らしているのは教頭先生……?
そんな光景が、今日もわたしたちの社会のどこかで繰り広げられているかもしれない。体育科教育学を専門に、理論と実践を往還する大矢隆二・人間開発学部健康体育学科教授へのインタビュー後編。教育の現場に深く根ざし、次世代の教員も育成する。その歩みを聞く最中に、体育教育の明日の姿が垣間見えるかもしれない。 |
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投げる動作「投能力」が、運動の質を高める
インタビュー前編では、体育科教育学の基本的な考え方や子どもたちが体を動かすことを通して、思考力や判断力、他者との協働などを学んでいくという視点についてお話ししました。また、私自身のこれまでの歩みについても少し触れました。
大学で研究者としての立場となったとき、最初に取り組みたいと思ったテーマが「子どもたちの投能力」でした。私自身、野球やソフトボールの指導に関わってきたこともあり、投げる動作には関心がありました。さらに、当時所属していた大学が静岡県にあり、地域的な背景も大きかったと思います。静岡はサッカーが盛んな地域で、子どもたちもとても上手なのですが、調査データを見ると、投げる力に関しては全国的に見ても数値が低いことがわかっていました。
「投げる力なんて、人生にそんなに影響あるの?」と思われるかもしれません。ですが、体育科教育学の視点から見ると、投げる動作は他の多くの運動に応用される、いわば“基礎的な動き”なんです。
たとえば、バレーボールのスパイク、バドミントンやテニスのスマッシュなど、腕を振る動作はさまざまなスポーツに共通しています。サッカーのように足を使う競技でも、スローインのように手でボールを投げる場面があります。つまり、投能力の向上は、上半身と下半身のバランスをとる力にもつながり、運動全体の質を高める重要な要素なのですね。
研究者としての初期は、この「投能力」の課題に集中的に取り組んでいました。子どもたちの運動能力をどう育てるか、そしてそれをどう授業に活かしていくか。そんな視点から、体育科教育学の実践を深めていったのです。

子どもに自分で考えてもらう環境づくり
私が研究で大切にしてきたのは、「子どもたちが自分で考えながら学べるにはどうすればよいか」という視点です。その方法を探るために、小学校の先生方にご協力いただき、授業の中で「投げる学習動作」を取り入れました。授業後には、子どもたちに自由に感想を書いてもらい、その文章をテキストマイニングという手法で分析しました。これにより、子どもたちがどのような気持ちで学んでいたのかを、単語同士の関係性から読み解くことを試みました。分析から見えてきた課題は、授業づくりに活かしていく。そんな試行錯誤を重ねてきたのです。
その中でわかってきたのは、「教えすぎること」がかえって子どもたちの投げる力の成長を妨げてしまう可能性がある、ということでした。たとえば、「足はこの順番で動かして」「ボールを持っていない方の腕はこうやって振って」など、大人が細かく動きを決めてしまうと、子どもたちが自分で工夫して動く余地がなくなってしまいます。その結果、かえって自然な投げ方ができなくなってしまうことがあるんですね。基本は教えつつも、ある程度自由度を持たせたほうが、子どもたちは楽しみながら学び、自然と投げる力も伸びていく。そんな発見がありました。とても興味深いですよね。
こうした「自分で考える力を育てる」という視点は、 インタビュー前編で触れた教員養成にも通じる大切な考え方です。私自身、高校の教員だった頃や大学で教え始めたばかりの頃は、知識を持っている立場として、「あれもこれも伝えなければ」と、つい説明をしすぎてしまうことがありました。たとえば、細かいポイントまで一つひとつ丁寧に教えようとするあまり、学生が自分で考える時間や余地を奪ってしまっていたのです。もちろん、知識を伝えることは重要です。でも、すべてを先回りして教えてしまうと、学生が自分で試行錯誤したり、疑問を持ったりする機会が減ってしまいます。そうしたことに、少しずつ気づくようになりました。
そこで私は、ヒントは与えつつも、できるだけ学生自身に考えさせ、自分で工夫しながら答えを見つけていく授業スタイルへと切り替えていきました。
先ほどお話しした小学生の自由記述文を分析する研究と同じように、今は大学生にも模擬授業のあとに、自分の授業をしっかり省察するようにしています。学生自身が「自分はどう教えたのか」「どこがうまくいったのか、いかなかったのか」といったことを言語化することで、学生自身の気付きが深まり、より実りのある学びにつながっていくと感じています。

離島地域の体育教育から学ぶもの
インタビューの最後に、近年の私が集中的に取り組みはじめているテーマについてお伝えしたいと思います。それは「離島地域における小・中学校の体つくり運動」です。
体育学習に特化してみると、離島での教育というのは、とても特徴的なんです。子どもの数が少ないので、複式学級や少人数学級といった状況は、都市部では得られない教育の現場を映し出しており、そこには子どもたち一人ひとりの個性や成長に寄り添った教育のヒントが詰まっています。私は、こうした環境だからこそ生まれる創意工夫や、子どもたちの身体的・社会的な成長のあり方に強く惹かれました。とくに体つくり運動のような実践的な教育活動においては、教員も含め学年や体格の違いを超えて協働する姿が見られ、それはまさに「共に育つ」教育の原点だと感じています。
私が研究のために通っているのは宮古島です。そこには単に協力者がいたからではなく、離島教育の中でも多様性と実践性を兼ね備えた地域であり、研究の信頼性と継続性を確保できる環境が整っていたからです。また宮古島には、体育科教育に熱心な教員や実践的な取り組みを行っている学校が複数存在しており、研究協力体制が整いやすいことも理由の一つです。
離島地域が抱える教育の課題は、少子化が進むこれからの日本全体にとって、ますます重要なテーマになっていくでしょう。だからこそ、こうした地域での取り組みは、未来の教育のあり方を示す先進的なモデルケースとして、大きな価値を持っています。
教員や子どもたちの実践から学びながら、体つくり運動のプログラムを丁寧に作り上げ、それを地域に還元していきたいですね。教育の力で地域を元気にする。その思いを胸に、これからも情熱をもって取り組んでいきます。
<<前編は 「思考力と創造力を育む教科としての体育」
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大矢 隆二
研究分野
小学校体育; 中学・高校保健体育; 子ども体力支援
論文
「省察」の質的な深まりに着目した教員養成課程の模擬授業に関する研究(Ⅲ)ー「体育科教育法」と「保健体育科教育」の授業を比較してー(2022/03/31)
GPS測定による移動軌跡から得られる幼稚園児の活動の特徴(2022/02/28)
