近くて遠い? 遠くて近い? そんな親の気持ちや大学生の子どもの気持ちを考えます。
「育児なしは意気地なし」
「一メートル高い壇上で話される先生と違って、私のように赤字を抱えて百姓をしている人間は、自信を持って子どもに接することはできません」。
これは、総務省の依頼で、漫画『クッキングパパ』(講談社)の作者・うえやまとち氏と実施した「父親の子育て講座」の質疑応答場面での、中学3年生の父親からの厳しい問いかけでした。
それには、「育児なしは意気地なし」と講話した筆者への反発があったかもしれません。
彼の問いかけは、ある意味、受講者の本音が出たものと言ってよいでしょう。私の回答は、以下のようなものでした。
子どもと「正対」するとは
「『正対』という言葉があります。この言葉通り、真正面から真摯(しんし)にお子さんに向き合って下さい。どうか、本音(ほんね)で語り合って下さい。自分の思いを素直に打ち明け、さらけ出して下さい」。
後日、担当部署を通して、彼からのお礼の葉書が届きました。お子さんが2階から降りて来た時、家計簿を見せたそうです。汗をかいて一生懸命野良仕事をしても、なぜ数百万円の赤字になるのか。子どもに切実に語ったそうです。
「そうだったのか。俺、農業高校に行くよ。そして、黒字になる農業の仕方を勉強するよ」。 それまで高校なんか行かない、と言っていた子どもが、熱く語ってくれたとのこと。また、農業の在り方を巡って、親子の対話も復活したとも。
青年期(マージナルマン)の心とその対応
実は、思春期・青年の心理の特徴の一つは、「背伸び志向」なのです。
青年期は、「マージナルマン」(境界人、周辺人)と呼ばれる時期です。青年は、自活という点で、「まだ」大人ではないが、身体的には「もう」子どもでもありません。すなわち、大人の側から見ても、子どもの側から見ても、「まだ」と「もう」の周辺(マージナル)に位置しているのです。
青年は、大人と子どもの異質な文化や集団の影響を同時に受けながら、そのいずれにも所属しきることができないという存在です。そこで、彼らには、大人の仲間入りし、一人前に扱われたいという願望が働くのです。
この夏休み、遠慮しないで、子どもと「正対」してみませんか。
青年期の彼らに虚勢をはる必要はありません。人の生きざまを許容するだけの度量を既に彼らは持ち合わせています。そこに、親子の新しい「出会い」が生まれることでしょう。
「お父さんは子育ての信号機」
最後に、筆者が「父親の子育て講座」で締めに使った言葉を挙げておきます。「お父さんは子育ての信号機」です。もちろん、お母さんも同様です。
「『絶対ダメ』と禁止を求める赤信号、 『気を付けろ』と注意を促す黄信号、『がんばらんか』とエールを送る青信号」
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新富 康央(しんとみ やすひさ) 國學院大學名誉教授/法人参与・法人特別参事 |
学報掲載コラム「おやごころ このおもい」第27回