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新事業と規制の間で企業家はどのように社会を説得するのか

対話から生まれる社会変革 −前編−

  • 経済学部
  • 全ての方向け

経済学部 教授 尾田 基

2025年11月1日更新

 いまでは当たり前のように多くの人が利用している地図アプリも、見慣れたドローン映像も、かつてはこの世界に登場したばかりの新事業だった。これらの新事業は、既存の法律やルールとの間で、調整が重ねられてきた。そのプロセスを、企業家の側から丹念に追っていくと、いったい何が見えるだろう?

 尾田基・経済学部教授が観察しているのは、イノベーションが生まれ、やがて社会に根づくまでのプロセスであり、ロジックであり、ドラマだ。前後編のインタビューで私たちは、その面白さに魅入られるはず。

 

 イノベーションが起きて新事業が創出されたとき、それまでの社会の規制に企業がどのように相対し、問題の解決へ動いていくのか、ということを主に研究しています。ビジネスサイドが新しい事業を思いついたとき、既存の法律やルールは、そのイノベーションを想定していません。新事業の推進に際して、既存の法律では不具合があるときに、どのように社会を説得し、その規制を変えてもらうかが企業家には問われます。

 歴史を振り返ってみても、たとえば飛行機が発明されるまでは、土地の上空の所有権のことなどほぼ誰も考えたことはなかった。私有地の上であっても、一定以上の高度であれば通ることができるといった飛行機のためのルール作りは、当然ながら、飛行機自体が生み出されたことによって必要になってきたわけです。

 近年の例であれば、ドローンも同様です。平成27(2015)年、首相官邸の屋上にドローンが落下して、大きな騒ぎとなった事件のことをご記憶の方も多いでしょう。こうした騒動が起きると、「ドローンとは危ないものだ」という認識が広がって規制に重きを置いた政策形成が進むわけですが、ドローンという新たな技術の利用を促進させていくためには、使い勝手のいいルールのほうがありがたい。その間でせめぎ合いがあるわけです。また、飛行機のときにはどうやって決めたのかという過去の事例も再発見されながら、ルールが整備されていくのですね。

 ここで重要なのは、規制されることは新事業にとって、決して悪いことではないということです。ルールが整っていないなかで新しい商品やサービスなどが普及していくということには、なかなかの困難が伴います。法的にグレーゾーンであるままでは、リスクをとる人間や企業しかその新事業に参入できません。合法かどうかわからない状態で気軽にドローンを飛ばす人はそうそういない。ここまでは法的に問題ありませんよ、というラインが定められることによって、新事業も広がるし、周辺事業も興ってくるのですね。

 新事業開発と規制という問題は、公共政策学とも重なってきます。公共政策学では特定の政策がどのように、なぜ形成されるのかを検討しています。企業の側としては、政策の形成それ自体はゴールではなく、事業が存続し、利益がでてビジネスとして成立することがゴールとなります。事業に公共性を伴うかどうかは関係ないともいえなくはないですが、しかしそのままでは社会を説得できません。

 新事業をめぐるルールを議論するときの重要な軸のひとつは、社会のためになるかどうか、逆に、社会に問題を引き起こさないかどうか。企業の側は、自分たちの新事業の発展を阻害しているルールがあるのならば、新しいルールが認められると社会の利益になるのだということを訴えられるように、自分たちのアピールポイントをうまく社会に通じるよう、いわば翻訳していくわけです。

 たとえば、グーグル・ストリートビューは、平成20(2008)年にサービスを開始しました。いまでは多くの人が使用しているサービスですが、当時競合他社は類似のサービスを開始するにあたって法的リスクに対する事前準備に時間を費やしていて、社会がどう解釈するかわからないサービスでした。

 実際、グーグルがサービスを開始すると、ドロボウの下見に使われるのではないかといった懸念が寄せられ、行政でも議論されることになりました。寄せられた様々な問題を解消しながらも、特に行政会合の議論でストリートビューが無償で提供されていることは、公共に資する要素として大きいという見解となりました。営利事業としてはその後も収益の獲得方法が難しくなるのですが、社会的な正当性を高める上では無料であることは大きかったのですね。市場戦略上の望ましさと、行政会合での説得と言った「非市場」の戦略が一致しないケースであるといえるでしょう。その後も、グーグル・ストリートビューは世界遺産の内部を見られるようにしたり、大地震で被災する前の風景が見られるなど、社会にとって意味のあるサービスであることを強調しています。

 新事業創出と規制という問題をめぐっては、社会運動も近接する分野のひとつです。社会運動というと、もしかしたらデモや署名運動を行うものというイメージをお持ちの方もいるかもしれません。たしかにそれは社会運動の一角を占める重要な要素ではあるのですが、社会運動には、社会に対して特定の社会問題の優先順位を上げてもらうための活動としての側面があります。新サービスに伴う規制の問題というのはあまり社会に知られていない問題であることが多いので、時に行政だけでなく、より広い社会に訴えかけることが企業にも必要となります。

 たとえば、クロネコヤマトの「宅急便」というビジネスを開始し、それを全国展開していこうとするプロセスでは、当時の運輸省が路線免許を許可してくれないという問題がありました。免許を持っている他社を買収するだけでなく、行政訴訟を起こしたり、公聴会で陳述して報道でとりあげてもらったりといった様々な手段を使い、社会に問題を訴えていきました。新サービスの運賃の認可を巡っては「運輸省の認可が遅れているのでサービスの開始を延期します」といった新聞広告を打って世論に訴えかけたこともありました。

 このように、企業が行政を動かすためには、社会の後押し、特に消費者のニーズの側から説得していくというような方法もあるのです。社会運動は企業経営にも参考になる部分があるといえます。

 おおよそ、以上のような研究を進めているのですが、より細かな観点で検討していくと、さらに興味深い論点や事象が見えてきます。そのあたりを後編で見渡してみましょう。

 

後編は企業家と社会の衝突は、どのように理解できるか。」>>

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尾田 基

論文

「クラスサイズが異なる授業の構成比率に関する一考察」(2025/03/30)

教育目標と授業形態の対応関係 ―ケースメソッド教育の位置づけ確認のための準備的考察―(2025/03/30)

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