
みんなが利活用したいと思っているのに、既存のルールが邪魔したり。便利かもしれないけれど、みんなが危ないと思って敬遠したり。次々と生み出されていく新事業は、そしてその事業を手がける企業家は、いつだって私たちの社会とのベストな接点を探っている。その模索の最中、思わぬ事態が発生することもある。
尾田基・経済学部教授へのインタビュー後編は、企業家による逸脱行動や、公共政策に携わる企業家が経験する行政との衝突が取り上げられていく。やがて見えてくるのは、企業家に寄り添い、その冒険を理解しようとする尾田教授の姿だ。
インタビューの前編では、新事業が創出された際の、社会の側の既存の規制とのあいだで起こるさまざまな動きについて紹介していきました。法律やルールの形成にうまく介入していったり、新事業の公共性をアピールすることによって社会的正当化をはかったり、はたまた新事業の利用者の心情へ訴えかけることで規制を揺るがせたり。企業の側からの多様な働きかけをご覧いただきました。
そうした取り組みが、いつもスムーズに展開するとは限りません。企業家の行動の中には社会と衝突するものがあります。たとえば、1960年代の初頭から30年以上、大阪有線放送社は有線ラジオ放送の普及のために、電柱の所有者に許可を得ずにケーブル架線を行っていました。これには相応の背景もあり、ケーブル架線をすべく許可をとろうとしても窓口が不明だったり、あまりに時間がかかってしまったりしていたのです。
許諾を得ない架線は違法な企業活動であり、もちろん問題視されました。しかし興味深いのは、後に光ファイバーケーブルによるインターネット回線を皆が利用する時代になっていくと、ケーブル敷設をめぐる複雑な許可手続き関係の問題を解決する経緯で、大阪有線放送社の行動が歴史的経緯として参照されるようになりました。
社会的な逸脱、場合によっては法に背いている企業家の行動であっても、事後的に彼らが捉えていた問題が見直される余地はありますし、進行中の視点からは、社会的逸脱行動とイノベーションの種を見分けることは難しいといえるでしょう。逸脱行動を起こした当事者が、やったあとに社会の側の問題を自覚して、イノベーションにつなげていくこともあれば、第三者が他人の逸脱行動から現在の規制が持っている問題点を代理学習することもありえます。問題に対応する行政や政治家からすれば、社会問題もイノベーションも対応すべき社会環境の変化であるという点ではあまり違いはないかもしれません。社会の変化の予兆というのは良い悪いで片付けづらい解釈の揺れ動きがあるといえます。

もうひとつ、企業家と行政の衝突を取り上げたいと思います。新事業の公共性にかんして、公共政策の領域とも関係してくることにインタビュー前編で触れました。
新事業を手がける企業家は、行政や政治家にロビイングを行うことがある。公共政策のありようを模索する行政官たちと話をしたり、意見を求められる機会もあるんですね。
興味深いのは、企業家と行政官という存在は、同じテーマをめぐって膝をつき合わせることがあるにもかかわらず、両者の普段のロジックが異なるということです。その違いについてはいろいろと複雑な点もあるのですが、ここでひとつ挙げるとすれば、アイディアを生産することに対する姿勢の違いです。
普段は市場の論理で生きている企業家にとって、事業のアイディアは自身の作品であり、自身の達成を体現したものです。彼らはアイディアやそれらから得られた利益が他の人に奪われないように注意しながら事業を設計して他者と交渉していきます。しかし行政官からすれば、必要とされる公共政策さえ形成されるのであれば、誰のアイディアなのかということは二の次です。誰かから聞いたアイディアを“みんなのもの”である公共政策に反映していくことが、倫理にもとる行為などとは思っていない。自身の名前や名声は非公式にしか流通しない世界で行政官は生きています。相手の世界に慣れていないと、アイディアの名義をめぐってコンフリクトが生じることがあります。これはひとつの違いを紹介したに過ぎませんが、様々な価値観や行動様式が違う世界で生きている人たちの対話は、思わぬ衝突がありえる異文化接触であり、研究者としては観察し、知見を共有する価値のある興味深い現象であるように思えています。
企業家が制度や社会と相対したときには様々な衝突があります。その中には単に考えの足りていない行動もあれば、よく観察し解釈すれば、「共感や同意はしないし、自分は同じ行動をとらないが、一人の人間行動として理解はできるもの」もあります。社会科学の学術研究者が、世間や実務からやや離れた立場から行っているのは、この了解可能な世界を広げることであり、私はその世界に、制度と相対する企業家というプレイヤーを含めたいと考えています。

私が目下、科学研究費補助金で取り組んでいるのは「新事業合法化プロセスにおけるエビデンス収集問題の探求」という研究課題です。新事業に適した規制が形成されるまでには、何年かかるかわからない。企業家の側は合法化を目指しながら、先々のことを考えて、法規制を変更するに足るだけのエビデンスを収集し続けなければなりません。既存のルールのままでは証拠集めすらままならない場合もある。
たとえば電動キックボードの規制は令和5(2023)年に道路交通法が改正され、規制緩和されましたが、そのために踏んできたステップは多段階にわたるものでした。最初は私有地での走行実験でデータを集め、そのデータを行政にもっていって公道での実証実験を認めてもらい、その実績をさらに法改正に結びつけていくというプロセスがありました。電動キックボードの場合はもともと合法な商品の規制緩和をするため、比較的エビデンスの収集は容易であったと考えられますが、それでも多段階にわたるプロセスが確認できます。翻って、近年のライドシェアの解禁の議論では、一部は実現しましたが、実験しようとした段階で多くの阻止行動に遭っています。合法化プロセスの前には、エビデンスを集めやすくするための競争、あるいは集めづらくさせる競争があるわけですね。
新事業を手がける企業家は、この社会の新参者であり、既存のルールに対しては弱い立場にあります。そこで行われる冒険の勘所は理解されづらいし、他者と衝突するし、事業が普及したあとには当然視されて忘れられるものです。それでも、社会がそのような新事業のリスクを受け入れ、見込みのよくわからない現象に付き合っていくことは、様々な社会問題に向き合い、前に進めて解決していくために必要なことです。社会がイノベーティブであるためにも、私はこれからも企業家の視点の理解を深められるような研究を進めたいと思っています。
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尾田 基
論文
「クラスサイズが異なる授業の構成比率に関する一考察」(2025/03/30)
教育目標と授業形態の対応関係 ―ケースメソッド教育の位置づけ確認のための準備的考察―(2025/03/30)
