消費者がいるところに、消費者行動論あり。若者たちのトレンドから、AIによるデジタル・マーケティングまで、人々が自他の関係性のなかでどのような行動をとっているのか、あるいはこれからとりうるのかをめぐっては、多彩な議論が可能だ。
芳賀英明・経済学部准教授へのインタビューは、消費者行動論の一端を紹介する前編を踏まえ、後編へ。決して真っ直ぐには進んでこなかったという自身の歩みも、もしかしたら多種多様な行動をとる消費者の世界へと分け入っていくために、必要な年月だったのかもしれない。
マーケティング研究のなかでも消費者行動論を現在のように研究していくようになるプロセスは、振り返ってみれば大学生のとき以来、いくつかの偶然が重なったものだと感じます。マーケティングに興味はありつつ、かといって企業戦略的な視点というと話が大きすぎて、学生の立場では正直あまりリアリティのあるものとして捉えられない……と感じているなかで、自身の実感に近い視点で研究ができる、消費者行動論という領域に出会いました。
当時特に面白いなと感じたのは、読んでいた書籍のなかで、アンダーグラウンドであったりアウトサイダー的であったり、つまりは世の目に普段触れない世界における消費者のありようを論じた箇所でした。いわゆるブランド・マーケティングというような表立った世界だけでなく、消費者行動論というものは幅広く展開されていることを知ったのですね。その後特にこの点を深掘りしていったわけではないのですが、後段でお話しするように、実は最近の問題意識につながってくるトピックではあります。
ともあれ、このあたりから徐々に研究者への道へと歩み出していきました。何かこれと道を決めて学生生活を送っていたわけではないのですが、消費者行動論の懐の深さといったものに、だんだんと魅かれていったんですね。そのなかには、社会心理学的な議論を展開する人もいれば、社会学的な観点で議論する人もいる。いろいろな視点で研究することができる分野なのだ、と。
ただ、あまりに幅が広すぎて、その後の修士課程2年間だけでは学びきれなかったのでした……(笑)。加えて、当時私が主に用いていた定性的方法、いわゆるインタビュー調査に、私自身があまり向いていなかったということもありました。修論はどうしても悔いが残る結果になったために、さらに博士課程に進み、より探究を進めようと決意しました。やがて現在のように、マーケティング研究ではメジャーな方法である定量的・統計的な調査へとシフトしていくわけですが、こうした研究方法も含めて消費者行動論は、やはり間口の広い学問なのだなとさらに実感していくことになりました。
インタビュー前編でお伝えしたような、私たちが消費行動をおこなうときに影響を受ける個人や集団、すなわち「準拠集団」をめぐる議論、そして社会心理学的な観点から自己概念と消費者行動を結びつけるといった議論には、この頃から徐々に踏み出していくようになります。準拠集団をめぐる議論には比較的長い歴史があったのですが、そのなかで自己概念と結びつけて論じるという向きは、当時まだ手厚くはありませんでした。一方で1990年代後半以降、ブランド・リレーションシップ(消費者と特定のブランドとの心理的な結びつき)をめぐる議論が活発になったこともあり、私なりに「準拠集団」と自己概念の関係性に着目していく土壌が、幸いなことにだんだんと整っていった時期でもあったと思います。
私たちはひとりで消費者として行動しているのではなく、他者の影響のもとに消費行動をしている──現在に至るまで、そのことにずっと関心を抱いています。
現在は、多くのゼミ生たちと共に、企業さんとも連携しながら調査・研究を進めています。ご協力くださるお相手は年度によって異なりますが、靴のブランドさんだったり、私の前任校の所在地である愛媛の企業さんだったり、あるいは地方テレビ局さんだったり。理論と実践のあいだで、学生たちも多くの刺激を受けているようです。
その学生たちから、実は私自身も多くの刺激を受けています。消費者行動論は消費者が主人公ですから、学生たち一人ひとりの日常的な視点、普段肌で感じている流行やトレンドといったものが、ヴィヴィッドに反映されるのです。
実際、学生たちがゼミで議論の俎上(そじょう)に載せるトピックは、多岐に渡ります。サブスクリプション・サービスに推し活、人々が魅かれるという「黄金比」……ならぬ「白銀比」。そのようなトピックが世の中にあるのだと、私も初めて知ることも度々あって勉強になります。あるいは日本国内でも近年非常に人気を呼んでいる、韓国の美容整形などに関心を示しているゼミ生もいます。学生たちのさまざまな興味の広がりは、消費者の行動の多様さを示唆しています。
私自身も最近は、消費者行動論に最初に興味を抱いたときに目に留まった、表立たない消費者行動といったものに改めて関心を抱きつつあります。世の中ではときに不良的だとして眉を顰(ひそ)められるような領域にも消費者は存在しますし、いろいろな準拠集団もいれば、そこでの一人ひとりの自己というものがありますから。
もう一点、近年面白いなと感じているのが、AIも含めたデジタル・マーケティングの領域です。ビッグデータによるレコメンデーション(リコメンデーション)という話もありますし、一方ではインタビュー前編で触れたブランドの「擬人化」も関係してきそうです。それこそSNSアカウントの運用も含めてブランドの「擬人化」は身近なものになってきていると思いますが、AIはそうした「擬人化」をまた別のフェイズへと移行させうるものでもあるかもしれない。そうした環境で消費者がどんな行動をとるのか、注視してみたいと考えています。
芳賀 英明
研究分野
マーケティング、消費者行動、デジタル経済
論文
ポジティブな準拠集団との結びつき―満たされない自己による調整効果の検討―(2021/02/)
擬人化が自己とブランドの結びつきに及ぼす影響―自尊感情に着目した考察―(2020/12/)