「こんにちは!」と、キョロキョロした目をこちらに向けて、フレンドリーに話しかけてくるブランドのロゴ。意識するしないにかかわらず、こういった「擬人化」が施されたブランドのロゴは、私たちの生活の至るところに存在している。そしてそこで私たち消費者がどんな行動をとるのか、実直に観察している人もまた、存在する。
芳賀英明・経済学部准教授が研究するのは、こうした「消費者行動論」。実は「擬人化」されたブランドに対する私たち消費者の反応は、一人ひとりの普段の「自己」のありように、大きく左右されるという。誰もが主役の消費者行動論の世界へ、ようこそ。
皆さんは、何かモノやサービスを購入したり使ったりするときに、自分という存在との結びつきを感じられることはありませんでしょうか。しかもそれが、単にモノやサービスが自分と結びついているというだけでなく、誰かの影響のもとに──たとえば自分が憧れている人が使っているから自分も使うというように──自己と結びついている、という例は珍しくないはずです。私たちは決してドライな損得勘定だけに基づいて製品やサービスを取捨選択しているのではなく、ときに自己概念との結びつきという、とても生々しい領域において消費者として行動しています。
私が専門としているのは、マーケティングと呼ばれる分野のなかでも、特に消費者行動論と呼ばれるテーマです。ごく簡単にまとめていえば、消費者が製品をなぜ買うのか、いつ買うのか、何を買うのか、どのように買うのかといったことを、私の場合は特に社会心理学などをベースにして解き明かしています。
そのなかで、自己という概念に主に着目しています。いわばアイデンティティー、私らしさといった概念が、どう消費者行動に関係しているのか、ということですね。もう少し細分化しながらお話ししてみましょう。
消費者行動と自己概念の結びつきを考えるとき、ひとつの切り口となるのが、「準拠集団(reference group)」という考え方です。「準拠集団」とは、アメリカの社会心理学者ハイマンによって生み出された概念です。パークとレッシグという研究者たちの定義に従えば、消費者の製品・ブランド選択などの消費者行動の拠りどころであり、実際に存在している個人や集団のみならず、実際には存在していない集団・個人をも含む概念である、とされています。
このような準拠集団のうち、ポジティブな影響を与えるものとして、例えば、「熱望集団」や「所属集団」を挙げることができます。熱望集団とは、一口にいうと、自己=私が憧れている集団です。たとえば大学生であれば、憧れの先輩が所属しているサークルやゼミ、といったイメージがわかりやすいでしょうか。一方の所属集団とは、自分が日常において属している集団、たとえば友人や家族関係のことです。
私たちは普段、消費者として行動する際に、この「熱望集団」や「所属集団」から、さまざまなレベルで影響を受けています。憧れている集団が使用している製品やブランドを自分も使ってみたいと考えれば、自己概念においてポジティブな影響を受けていることになる。憧れの存在に近づくことが、本当の自分らしさにつながっていく、というようなロジックですね。私が主に研究しているのはこうした結びつきを強めていく方向の関係性ですが、逆に所属集団がもっているブランドは使いたくなくなるといった、自己との結びつきを弱める方向の影響を与えることもあります。
今お伝えしたような準拠集団の話にも部分的にかかわるところではあるのですが、消費者行動と自己概念の関係性を考えるうえで、もうひとつ私が取り組んでいる切り口が「擬人化」です。調査した仮想のブランド広告の例でいえば、靴のブランドのロゴに目がついていて、親近感を覚えるような「擬人化」がなされている、というものをどう消費者が受け止めるか、ということです。あるいは他に、自転車や椅子のロゴといった例に関しても、調査を進めてきています。
調査で扱っているのは仮想のブランド広告ですが、実際ロゴに目鼻がついていたり、吹き出しがつけられていたり、あるいはそこで一人称が使われていたりというように、製品やブランドが「擬人化」されているケースは、意外にも私たちの身の回りに溢れています。
そのように擬人化されたモノやサービスが、自己にどのように影響しているのか。興味深いことに、自尊感情の低い消費者、つまり自己を肯定的に捉えづらい消費者は、擬人化されていないブランドと比べて擬人化されたブランドの場合に、自己とブランドが強く結びつく、ということがわかってきました。この背景を考えてみるに、自尊感情の低い消費者は自らが社会に受容されているという感覚が比較的希薄であるために、社会性につながる手がかりとして擬人化されたブランドのほうに強く結びつく、ということなのだろうと思われます。対して自尊感情の高い消費者においては、このような影響は見られませんでした。
ここまでお話ししてきたように、私が一貫して興味を抱いているのは、製品やブランドと、一人ひとりの消費者の関係性です。いわば消費者目線の側に立つ、ということを、気づけば長らく続けてきています。
その原点を探っていくと、マーケティングに興味を持ちはじめた、大学生の頃の体験にまで遡っていきます。マーケティングについて学ぼうとしたときに、企業戦略という観点において、消費者にどのようにモノやサービスを購入させるのかといった観点での話が一方にありました。それはとても大事な観点ではあるのですが、個人的にはもっと消費者の側に寄った話のほうに関心があることに気がついたのですね。インタビューの後編では、そのあたりから語ってみたいと思います。
芳賀 英明
研究分野
マーケティング、消費者行動、デジタル経済
論文
ポジティブな準拠集団との結びつき―満たされない自己による調整効果の検討―(2021/02/)
擬人化が自己とブランドの結びつきに及ぼす影響―自尊感情に着目した考察―(2020/12/)