ARTICLE

色と形を探求し、子どもたちの造形教育と創造性の発展を考える

子どもの造形表現を探究する −前編−

  • 人間開発学部
  • 全ての方向け
  • たまプラーザキャンパス
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

人間開発学部 教授 島田 由紀子

2024年10月15日更新

 目の前で小さな子どもが一心に、ぐるぐるとクレヨンを動かしている。楽しんで絵を描いているように見えるかもしれないが、もしかしたらそのぐるぐるとした動きや音に魅了されているのかもしれないし、クレヨンが画用紙を滑る感触の心地よさに魅かれているのかもしれない。

 子どもの造形表現や造形教育の尽きせぬ可能性を探究し、保育者養成にも取り組んでいるのが、島田由紀子・人間開発学部子ども支援学科教授だ。子どもたちはなぜ絵を描いているのだろう。そして大人はその場に、どう居合わせることができるだろう。

 

 実は最初から、子どもの造形表現や造形教育を学んでいた人間ではないんです。美術大学で造形学を学び、卒業後に大学院に進んでから、徐々に美術教育という分野に近づいてはいくのですが、それも中学・高校の美術教員を養成する専攻に在籍し、主に取り組んでいたのは街の色彩環境といったテーマでした。

 そこからだんだんと、保育者養成の学校で美術について教えたり、幼稚園や保育所に足を運んで幼児教育・保育の現場に参加したりするようになっていったのですが、そこで思わぬ衝撃を受けたんですね。

 子どもたちは、ただ絵を描いているのではなくて、保育者と一緒にときに歌を歌いながら、たとえば画用紙にクレヨンをぐるぐる描いたり、クレヨンを画用紙に叩きつけたりしている。しかも、同時に歌っている歌が楽しかったり、そのぐるぐると画用紙に擦れていく音や感触自体を楽しんでいたりと、子どもたちがそこで得ている喜びもさまざまであるように見えたんです。

 

 幼児教育・保育は美術のみを専門とする観点ではなかなか考えることができない領域であり、これはすごい、と感じました。そして保育の現場では、絵を描くということだけを目的にしてお絵描きの時間を設けているわけではない、と実感しました。

 つまり、絵を上手く構成できるようになるとか、クレヨンを上手に使えるようになる、あるいは色の名前を覚えるといった、美術の知識や技術を身に付けるためということが第一の目的にされているわけではない、ということです。自分の気持ちを表現したり、集団的な場を楽しんだりということが、先にあるように見えたわけです。

 研究者の側も、もっと広く子どもの表現をとらえていく必要があるのではないかと、考えるに至り、子どもの造形表現や造形教育という分野に本格的に足を踏み込んでいくことになりました。たとえば音楽教育の観点から子ども学を研究していらっしゃる研究者・駒久美子先生(千葉大学教育学部幼児教育講座准教授)とは長らくコラボレーションした実践を続けており、一緒に何冊も著書を出させていただいてきています。現在に至るまで、私が取り組んでいるテーマはいくつか並行して展開しているのですが、保育の現場における具体的な実践は、そのうちのひとつです。

 そうした子どもたちの創造性が充分に発揮される環境を整えていくためには、保育者のありようが重要になってきます。私が所属している子ども支援学科としても、保育者の養成は非常に大事な取り組みです。子どもたち一人ひとりの表現を広げていくには、その周囲の環境、大人たちによる関わり方や言葉がけの方法が問われます。本学の学生たちにも、その方法をできる限り考えたり工夫したりする力を身に付けて現場に出ていってほしい、と思っています。

 近年は保育の世界自体が大きく変わってきています。子どもたち自身が造形表現を楽しめることが大事だと考える保育者が増えてきているように感じます。以前はどうしても、絵の描き方自体を指導する向きが強かったように感じていました。顔はこの大きさで、空や海を描くなら色は青でといった、大人の考える子どもの絵を保育者が目指す指導が見受けられることもありました。絵を完成させるということ、人に見せるために描くということが優先されてきてしまっていたように思います。「こう描くんだよ」という見本を示して誘導してしまうと、子どもが自分の思う表現に向かって試行錯誤する機会を逃してしまうかもしれません。子どもの表現したい気持ちに寄り添いながら、それまでの経験に応じて必要な指導や援助をすることで、その子どもなりの表現を形や色を使って実現していくことができると考えられます。

 そして、ときに絵の具を用いたり粘土を触ったりするのが生理的に苦手であるというお子さんもいらっしゃいますが、直接的に造形表現をせずとも、その感性は育まれると考えています。友だちが絵を描いていたり、粘土で何かをつくっているところを横で一緒に見ていたりするだけでも、造形表現をめぐる感性は豊かになっていくと考えられます。嫌だというものに、みんなと一緒にみんなと同じように取り組むことを優先するのではなく、その子どもがどうしたら「やってみたい」という気持ちになるのか、楽しむことができるのか考えたり工夫したりすることが大切です。

 これから保育者になっていく学生たちにも、こうした一人ひとりの気持ちや表現に沿った支えを考えてほしいと思っています。子ども一人ひとりの好きな遊び、得意な表現が広がるような関わりはもちろん、子どもたちが多様な経験ができるよう考える必要があります。家庭ではなかなか難しい、たくさんの画材や大きな段ボールを用いての、あるいはそれらをダイナミックに展開しての造形遊びなどは、保育者がたくさんの“引き出し”をもっていないと成り立ちません。保育者養成にあたっては、そうした造形表現に関する知識や表現方法をたくさん伝えられるようにと考えています。

 何より、保育者自身楽しく描いたりつくったりしていると、子どもたちも興味をもって「やってみたい」という気持ちになります。子どもたちの創造性を広げるということは、こうした一つひとつの取り組みの先に実現できることでしょう。

 さて、このインタビューではまず保育の実践や、保育者養成にフォーカスしてお話ししてきたのですが、先ほどお伝えしたように私自身の研究テーマは、他にもいくつか並行して走っています。そのあたりも含めて、インタビュー後編ではよりお話の範囲を広げていきましょう。

 

島田 由紀子

研究分野

幼児の造形表現、美術教育、保育者養成

論文

Machine learning trial to detect sex differences in simple sticker arts of 1606 preschool children(2024/06/01)

Variations in Gender Identity and Sexual Orientation of University Students(2023/11/11)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

MENU