中小企業の世界は興味深い、ということが手塚貞治・経済学部経営学科教授の話を聞いていると、よくよく実感されてくる。たとえばよく議論される事業承継という問題は、創業者がその手腕において成長させた企業から自らの権威性を減じさせていくプロセスであり、そこには集権化されたシステムを分権的システムへと転換させていくことをめぐる課題が存在している。ともあれ、問題を深掘りする前に、もうすこし「中小企業」とは何ぞや、というところから、手塚教授に優しくレクチャーしてもらおう。中小企業を考えることは、いまの日本社会を考えることに等しいのかもしれないのだから。
読者の皆さんは「中小企業」と聞くと、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。町工場のようなイメージがパッと浮かぶ方も多いかもしれません。もちろんそうした町工場も中小企業ではあるのですが、そればかりではなく、中小企業基本法における定義に基づいて日本の企業を分類すると、実は99.7%の企業が中小企業なんですね。
たとえば、定義だけで言えば、ヨドバシカメラもアイリスオーヤマも中小企業です。さらに言えば、いま大企業といわれる企業も、設立当初のある段階までは中小企業に分類されていたわけですね。そう考えると、日本社会にいかに中小企業が、あるいはそこから規模を大きくしていった企業がひしめいているのか、ということがおわかりいただけると思います。
私が大学で行っている授業でも、中小企業とは実はこういうものなんだよと話すと、就職活動に関して強い関心を抱いている学生たちのなかで、中小企業という存在がだんだんとリアリティを帯びてくるようです。あの会社も、かつて私自身がコンサルタントとして関係したことがあって……と具体的なエピソードもまじえると、大企業だけが視界に入っていた学生の意識も、すこし変わっていく。いまも私たちの身の回りにはたくさんの中小企業が存在していて、そこで働いている人たちがいるということを、私の実体験にも基づきながら伝えられればと思っています。
主に中小企業をクライアントにしたコンサルティングに従事してきた、ということについては、インタビュー後編で詳しくお伝えすることといたしましょう。ここで触れておきたいのは、中小企業ならではの魅力、という点です。
大企業さんのコンサルティングにもさまざまなやり甲斐があるとは思うのですが、一方でよほどの関係性を結ばない限り、いちコンサルタントの知見がその企業全体を大きく変えていく、というようなことはなかなかないでしょう。中小企業さん対象の場合でしたら、オーナー社長と膝をつき合わせて話しあいながら、経営計画をつくり、幹部の育成ですとか、事業承継といった数々の課題に一緒に向き合っていくことができる。そうした醍醐味を、実感として味わってきました。
また、起業したばかりのスタートアップだと、費用をいただいてのコンサルティングというのは難しいです。そのため、コンサルティング面で、そして何より現在の研究における関心事という面においても、密接にかかわるようになるのは、やはり創業期の“次”にあたる段階にあるわけです。成長段階の“踊り場”に達した企業もあれば、先ほど触れた事業承継という課題に取り組む企業もあり、第三者の見解が必要になってくることがある。他にもたとえば、上場を目指す時期にある企業の支援をおこない、実際に上場までこぎつけることができたとなれば、コンサルタントとしてはやはり大きな満足感がありますし、そうしたネクストステップへと踏み出そうとする中小企業のポテンシャルを研究の視点で考えることにもまた、さまざまな可能性があるように思います。
研究者として最近面白いなと思っているのは、オーナー企業におけるガバナンスのありようです。たとえば近年調査している、とある非上場のオーナー企業は、百年単位で続いている歴史をもつ会社なのですが、創業家と従業員との関係性がうまく機能していることがわかってきました。ファミリービジネスというものは、えてして経営と所有が創業家に一元的に独占されてしまい、その歪みが事業承継のときに障壁となる……というのが一般的なイメージだと思うのですが、実はうまくいっている企業というものは、なかなか目に見えない、しかし非常によく考えられた分散的な仕組みというものを備えている。創業者=初代においては、まずはその会社を牽引していくために経営と所有は分かちがたく結びついていくものの、その後二代目、三代目、四代目……と事業承継していくなかで、その結びつきをうまくほどいていく。もちろん創業家は、いつの代になっても何かあったときの頼れる相談役やメンターとして、いわば精神的支柱として機能する。そうしたシステムは、とても興味深いと感じるのです。
ハイリスク・ハイリターンの選択肢へと果敢に挑んでいけるオーナーシップというものはきちんともちつつ、しかしその危うさに対するガバナンスというものがきちんと効いている。そこがファミリービジネスとしての中小企業、あるいはそこに端を発して成長していった企業の、面白いところだと考えています。
改めて自身の歩みを振り返ってみると、まずはコンサルタントとして、オーナー社長の相談役、いわばスパーリングの相手になっていくうちに、事業承継の課題に取り組むようになりました。そうしたプロセスと軌を一にするようにして、研究者として関心を抱くトピックもリニアに動いてきた、ということがあります。インタビュー後編でお話しするのは、そうした実体験に基づく中小企業の姿です。