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地方行政の制度は、生々しい?行政の制度、組織や人間関係、働き方とは

行政学の知見から地方自治を考える −前編−

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法学部 教授 稲垣 浩

2024年6月15日更新

 なんて生々しいのだろう。行政学を専門とする稲垣浩・法学部法律学科教授の話を聞いていると、まるで“他人事とは思えない”ような感覚を抱く。

 仕事をするにも、学校に通うにも、人はたいていの場合は何かしらの組織や制度のなかで生き、その関係性のなかで日々を過ごしている。そうした普遍的なリアリティが稲垣教授の議論には息づいており、主に地方行政を対象にしたその研究内容を語るインタビューもまた、聞く者をグッと魅きつける。うわべだけではない行政の世界へ、ようこそ。

 

 政治学と行政学、というと、皆さんはどのようなイメージをもたれるでしょうか? 私が専門とする行政学は政治学の一部ではあるのですが、やはりすこし力点が異なるところがあります。

 政治学は、一言でいえば権力をめぐる学問であると、私は考えています。対象は現在の日本の政治でもなんでもよいのですが、権力の淵源やそのパワーバランスといったものをとらえていくのが政治学。行政学はもっと、組織や制度のほうに重きを置いて考えます。単純化していってみれば、たとえばどんなに権力を握っているように見える政治家がいたとしても、実際に世を動かしているのは公務員制度に守られ、実際に役所の中で政策を作っている公務員ではないか、といったような見方です。

 似たような学問分野に行政法というものもありますが、主に既存の法の解釈をめぐって議論を展開していく行政法研究に比して、行政学は、必ずしも人々が法律で想定する通りに動くわけでないということを前提に考えているところがあります。

 そこで重要になるのが、制度をめぐる人々の関係性です。どんな公務員であっても、同僚とともに、組織のなかで仕事をします。そしてその仕事が社会に影響を及ぼす場合でも、たいてい自分の名前は表に出ません。匿名的ですし、各人の仕事がかなり融合的である、ともいえる。

 明文化されているものもあれば、明文化されていない、組織や人間関係、働き方といったものをめぐるインフォーマルな制度もある。そうしたものも含めた制度というものを前提に考えていくのが、行政学といえます。

 かなり人間くさい世界ではあるのです。たとえば国の官庁にしてみても、先ほどの政治家との関係でいえば、出世しようと政治家に「忖度」する人もいるだろうし、法律的には政治家である大臣や副大臣の部下だけれども、彼らに対して集団で面従腹背を決め込む場合もある。あるいはどこかの省の役人になったとしても、配属される局によってエリートコースかどうかがわかれるということもある。それはその省という組織におけるひとつの制度ないし暗黙のルールであるわけですが、そうしたものをひとつひとつ解剖=分析し、検証を重ねていく。それが行政学なのです。

 私はそうした行政学を足場としながら、地方自治論に長らく取り組んでいます。

 なぜ、行政学の知見をもとに地方自治を考えるのか。振り返ると、大分県に生まれ育った幼少期に見た、自分の父親の姿が大きく影響しているように思います。父は土木技師の市役所職員で、橋などをつくることを専門としていました。地方財政はどこも懐事情が厳しいのは皆さんご存じの通りで、新たに橋をつくるとなればその多くは補助金が必要ですから、国の官庁、いまでいう国土交通省などといったところへ設計や建設計画を説明しにいかなければならない。するとまあ、相手をするのは、まだ30歳にもいっていないような若い官僚ということが良くあるわけです。40を過ぎたおじさんが、自分よりもひとまわり年下の人におうかがいをたてなければいけない(笑)。そうした仕事の実際を聞くことが身近にあって、行政における制度やルールといったものが、頭の片隅で気になっていたのではないかと思います。

 ただ、ストレートに行政学に向かったというわけでもありませんでした。1976年生まれの私が10代半ばという頃、1993年の衆議院議員総選挙で非自民連立政権が誕生し、自民党の55年体制が崩壊するということがあり、政治の面白さというものを目の当たりにした世代でもありました。そのまま大学は政治学科を選び、政治学を学んでいたのですが、ある種のブームでもありましたから、当然同じ分野の研究者の卵、つまりはライバルも多い(笑)。どうしたものかなあと考えていたときに思い出したのが、小さいときに感じていた役所の面白さだったのです。

 皆さんは、広辞苑を1ページずつめくって読み物として楽しむ、そんな子ども時代を過ごしたことはあるでしょうか。いや、なかなかいらっしゃらないとは思うのですが、実は私の研究者仲間には子どものころに似たような経験をもつ人が結構多いのです。

 幼少期の私にとって、広辞苑と並んで格好の読み物だったのは、当時私の父親が自宅に持ち帰っていた市役所の職員名簿でした。毎年毎年の名簿を、じっくりと吟味していくわけです。「あれ、この部局の名前が変わっているな」とか、「去年この人は主査だったのに、今年は主幹になってるな」「主査と主幹は何がちがうんだろう?」などとブツブツつぶやきながら、吟味していくわけですね(笑)。

 実は、私が研究してきたことも、こうした小さい頃の“名簿読書”の延長線上にあるのかもしれません。残されている資料を丹念に拾っていくと、地方行政の制度をめぐる、本当に生々しい細部が立ち上がってくる。しかもそれは単なる人間ドラマということではなく、行政をめぐるさまざまな問題を含みこんでいる動きであるわけです。

 インタビューの後編でまずお話ししてみたいのは、国と地方の行政上の、とても微妙な関係性についてです。国家公務員と地方公務員は一見関係をもたないように見えますが、上記の父親の例はもちろん、官僚の地方への出向ということもよくある。そのあたりをよく観察すると、面白いことに、だんだん見えてくるものがあるのです。

 

 

研究分野

行政学・地方自治論

論文

自治体のウクライナ避難民支援における音声翻訳システムの使用に関する考察(2024/03/25)

セメントと味噌蔵 地域における開発政策と地方政治の構造(2021/12/10)

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