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「認知心理学」の目線から研究を深め、子どもたちに学ぶ喜びを伝えていく

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人間開発学部4年 渥美 稚乃 さん

2024年3月18日更新

 渥美稚乃(わかな)さん(初教4)は、大学1年生の頃から小学校の学習支援員として授業のサポートをしていた。担当したクラスでは、授業中に5〜6人の子どもたちが騒ぎ、教室の外へ飛び出すような状況だった。衝撃を受けた渥美さんだが、徐々に「なぜ、この子たちは飛び出していくんだろう?」と考えるようになった。これをきっかけに、大学卒業後は就職して現場に出ていくのではなく、大学院に進学し、より深く研究をすることを決心した——。渥美さんがその進路を選んだのはなぜなのだろうか?

 

子どもたちに学ぶ喜びを

感じてほしい

 それは渥美さんが大学1年生の時だった。学習支援員(教員が授業に集中する環境整備のために、主として教員の業務支援を行う)として、とある小学校へ出向いた渥美さんを待っていたのは、学級崩壊ともいえる状況のクラスだった。

 「小学3年生のクラスで、うち5〜6人が静かに座って授業を受けられない状態で……。奇声を上げたり、机の上にのったり、教室から飛び出したりするんです。担任の先生に言われたのは『飛び出していく子を捕まえて!』。学校の外に出てしまうと危険なので、学内で捕まえて教室に戻して座らせていました」

 最初はびっくりしたし、とまどいもした。しかし、だんだん疑問が湧いてきた。

 「なぜこの子たちは座っていられないのだろう。なぜ、飛び出していくんだろう……そう考えたら、この子たちにとって、教室は心理的な安全が保たれていないんじゃないかと思うようになったんです。

 少しでもいいから、教室で考えることや、お互いを尊重して認めあえるような経験をしてほしい、そのためにはどんな環境を作ればいいんだろうと考えるようになりました」

 渥美さんにはスクールカウンセラーになりたいという希望があった。自分が学校で働くとして、子どもたちに学ぶ喜びや驚きを持ってもらうにはどうすればいいだろう?そう考えているときに、ゼミ選択の時期がやってきた。

 「最初はスクールカウンセラーになって、子どもたちの話を聞く仕事をするのはどうだろうと考えていました。そのためには資格が必要で、学問としては臨床心理学を学ぶ必要があります。ですが、この年、臨床心理学のゼミが大人気で、入れなかったんです。そこで、さまざまなゼミの先生に会い、自分がやりたいことができる場所はどこか、探していったんです」

 その中で理科教育学や学習科学、教育方法学を専門とする、人間開発学部の寺本貴啓先生に話を聞く機会があった。ちなみに、渥美さんが学習支援員の経験を経て学びたいと思っていたのは「授業研究」。教員が理想とする授業をするには、どういう視点で授業づくりをしたらいいかを考え、実践するものである。

 「子どもたちにとって学びのゴールが共通しているとしても、そこに至るまでのプロセスは何通りもあります。私が研究したいのは、たとえば『この題材を別の方法で展開したら、子どもたちの考えはどう変わるだろう』『子どもたちがこんな考え方をしているタイミングで、揺さぶるような質問を投げかけたら、考えはどう変わるんだろう』というような内容です」

 心理学は基礎心理学と応用心理学に大別され、臨床心理学は応用心理学の1つで、心の病気などに対応する心理学である。認知心理学は基礎心理学の1つであり、情動や知覚、思考、記憶などの認知活動について研究するものだ。文章を書くことや、学んだ情報をどう記憶するかなど、思考と記憶に関する研究は認知心理学にあたる。

 渥美さんの話を聞いて、寺本先生はアドバイスをしてくれた。

 「あなたがやりたいことは臨床心理学じゃなくて認知心理学だと思う。本気で勉強するなら大学院へ行ったほうがいいね」

 寺本先生は、小学校の理科教育のパイオニアである。国からの依頼を受け、全国の小学生の学力調査を行ったり、現代の学校教育でトレンドであるICT活用をいち早く取り入れたりなど、第一線で活躍している先生である。そして、認知心理学の手法で研究をしている。

 「私は国語教育を学びたかったため先生の専門とは違いましたが、先生のもとで学びたいと思い、ゼミに入りました。現在教育業界では、子ども自らが問題や課題を見つけ、それを解決していく力を育む授業研究が行われています。以前、寺本先生は子どもがそのような力を授業の中で身につけるために教師はどのようなサポートをすればよいのか、どのような視点が必要なのかという研究をされていて、私がやりたいことと重なっていると感じたのです」

 ここで言う問題や課題とは、子どもが何かを見て「なぜこうなるのか」「この先はどうなっていくのか」と感じたり考えたりすることであり、それはそもそも好奇心をくすぐられるような経験であると渥美さんは考える。

 「支援員のときに出会った教室を飛び出していく子どもたちも、その子なりの問題や課題に向き合えば好奇心を刺激され、学びに向かっていけるのではと思っています。授業の中で物ごとを見る視点や思考の方法を養えれば、学校の外でも子どもたちはどんどん学んでいけるし、それが生きる力につながるのではないでしょうか」

 

フットワーク軽く行動し

学びのチャンスをつかんでいきたい

 ゼミに入ってみて一番印象深かったのは、寺本先生の行動や考え方だった。寺本先生は口癖のように「フットワークを軽くすること。何か頼まれたらなんでも引き受ける。呼ばれたら飛んでいくし、声がかかったら対応する。これが教育の世界では大切だ」と話していた。

 実際、寺本先生は常に何かを頼まれ、その対応でいつでも忙しそうにしていたが、「フットワーク軽くなんでもやることで人が集まってくるし、重要な仕事を頼まれるようになる」と話してくれていた。

 「学生の相談にものってくれて、なにかあると即、動いてくださるんです。私自身、すごく助けていただきました」

 それは寺本ゼミに入って得た貴重な学びとなった。先生の姿を見て、渥美さん自身も以前よりも俄然フットワークが軽くなった。

 「学びのチャンスを逃さずに、自ら学びに行くことを心がけるようになりました。国立小中学校の授業研究会や、学会発表など気になる学びの機会があると、迷わず参加するようにしています。時には深夜、SNSで情報を得た研究会に、翌日早朝から参加したりすることもあります。フットワークの軽さはこれからも変えず、自分のモットーとしていきたいです」

 渥美さんがどこの大学院に進むべきか寺本先生に相談した際、先生は自身の考えを述べ、さらにその場ですぐに携帯電話を手に取り、あちこちの大学教授に、

 「こんな研究をやろうとしている学生がいるんだけど、どこの大学院へ行って誰の指導を受けたらいいと思う?」と意見を募ったのだ。

 その結果、「どの先生もだいたい同じ答えだし、僕もそう思う。ここしかないよ」と東京大学大学院のある研究室の名を告げた。

 その研究室の先生は、中学校、高等学校の生徒たちに認知心理学を基にアプローチした研究を進めており、それはまさに渥美さんのやりたい研究と合致していた。寺本先生の素早いアクションに感謝しつつ、渥美さんはいよいよ覚悟を決めて、進学のための勉強を始めていった。

 「一次は英語と専門分野の学力試験、二次はリモート面接でした。二次試験が終わった後は『やれることは全部やった』という気持ちでしたね。ただ、普通は20〜30分はあると聞かされた面接が5分で終わってしまったので不安でしたが……」

 そんな不安をかき消すごとく、結果は見事合格。結果発表を記すネットの画面に自分の受験番号が表示されているのを見たときに、初めて「やった!」という達成感が湧いたという。

 「入学したら、教育現場での実践も行いながら研究を進めていきたいと思っています。その中で課題や成果が得られたときに、研究を続ける道を目指すかもしれませんが、今のところは研究を活かして教員として教育に携わってみたいと思っています。

 一人でも多くの子どもたちに、興味を持ったことについてとことん考えるという知的な活動に、喜びを持ってもらいたい。そのために4月から研究を深めていきたいです」

 國學院大學での学びを胸に、4月からはまた新しい世界が広がる。渥美さんの次の挑戦を応援したい。

取材・文:有川美紀子 撮影:押尾健太郎 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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