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国学の包括性が、古典研究を豊かなものとする

『日本書紀』を訓むという営み ―後編―

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研究開発推進機構 准教授 渡邉 卓

2024年4月15日更新

 上代、中古、中世、近世、そして近現代。長い歴史をかけて読み継がれてきた古典を研究するということは、その古典が生まれて以降、時代ごとの視点で読まれ、解釈されてきた営みごと研究するということ──そのように、渡邉卓・研究開発推進機構准教授は語る。

 人々の研究の営みを遡りながら、日本上代文学に向き合う渡邉准教授。そのありようもまた、国学をめぐる系譜、その歴史自体に支えられたものであるという。国学の包括性こそが、広がりゆく研究の道筋の、スタート地点となっているのだ。

 

 古典を研究しようとするとき、私たちが現代において確定されたものとして読んでいるテクストは、実は不確かなものかもしれません。その文章を書き写し、注釈を加えて読んできた人々の存在があり、そうして伝わってきたものすべてを含みこみながら勉強していくというのが、古典研究の本来的な姿なのではないか──。このように私が考えるように至った経緯について、インタビューの前編でお話ししました。

 私が研究の中心にしている『日本書紀』は、まさにそうして読まれてきた歴史の問題が露になる古典だといえます。『日本書紀』は対外的に国の成り立ちを説明する本ですから、漢文体で書いてあります。つまり日本の伝承を、中国語である漢文で書いたということですね。

 興味深いのは、『日本書紀』が成立した直後から、「講筵(こうえん)」という朝廷の公式行事として勉強会がおこなわれていたということです。つまり、対外的に漢文で書かれた日本の歴史書を、和語に「訓読」して理解し、学ぶという対内的な営みが、『日本書紀』の成立と同時にはじまったことを意味しています。

 いまでも英語を日本語に翻訳するとなれば、人によってその訳文が異なるということは、皆さんにもご理解いただけると思います。日本の古典である『日本書紀』においても、訓読するとなれば当然、その人の解釈が伴ってくることになります。

 平安時代であれば、朝廷の人々が中心になって『日本書紀』を読んでいた。そこから時代がくだり、中世にはインタビューの前編で触れた卜部氏といった神道家の人々、近世には荷田春満ら国学者たちというように、読者層が変わっていく。

 そうした時代ごとの主体が、どのように『日本書紀』を訓読し、どういった読み筋で理解していったのかということが重要になってくるのです。

 またこれも既にお伝えしたことですが、近世において『古事記』が古典中の古典と見なされる前はむしろ、『日本書紀』の研究のほうが盛んでした。ですから、諸本も『日本書紀』のほうが多く残されています。そうしたひとつひとつの“生の資料”に向き合うということが、私にとっては古典を研究することと強く結びついています。

 このようにして研究を進めていると、いつの間にか自分の大学の歴史と重なり合ってくる、ということを痛感しているのです。どういうことか、すこしご説明したいと思います。

 國學院大學の経営母体であった皇典講究所では、神職養成と古典研究がおこなわれていました。そこでの古典研究は、近世国学を継承・発展させるものでした。

 当然のことながら國學院大學にも、古典研究は脈々と受け継がれていきます。皇典講究所・國學院の教師・生徒・学生は、国学と呼ばれる学問の継承者であり、近代日本の人文学形成のなかで、重要な役割を果たしました。

 つまりは、古典研究を基とした国学のありようが、私たちがいま立脚している近現代の人文学にまで流れ込んできているといえるのであり、その研究史をたどると本学の歴史とも重なり合う、というわけです。この学び舎には、いまも国学者たちの学問が連綿と継承されているのです。その歴史のなかで築き上げられてきた國學院大學の学問があるからこそ、私は研究を続けていられるにすぎません。

 本学の建学の精神の基礎となる、有栖川幟仁の「告諭」には、「凡學問ノ道ハ本ヲ立ツルヨリ大ナルハ莫シ」とあります。まさに、それを体感しつつ、根本が本学にあるのだという思いを新たにしています。

 そうした歴史のうえに立つからこそ、古典の読者の裾野を広げられればと思っています。2021年には、『古事記』を子ども向けに現代語訳した『こんなにおもしろい日本の神話』(汐文社)という3冊のシリーズを刊行し、2024年1月に世に出た『旅する皇女 倭姫命 伊勢神宮のはじまり』(小学館)という本では、『倭姫命世記』の新訳に取り組んでいます。

 古典の裾野を広げていくことで、やがて山も高くなるかもしれない。そんなことを考えながら、日々の仕事に取り組んでいます。

 

渡邉 卓

研究分野

日本上代文学・国学

論文

「上代文献にみる「吉野」の位相」(2024/03/22)

「中世の日本書紀註釈における出雲観―『釈日本紀』にみる「出雲」の文字列から―」(2021/03/31)

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