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行政法の観点から再編が進む地域公共交通について考える

社会の未来を考えるための行政法研究 ―後編―

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法学部 教授 高橋 信行

2024年1月15日更新

 行政法というアプローチは、社会の変革に密接につながっていると、高橋信行・法学部法律学科教授は語る。たとえば、近年たびたびニュースで騒がれている、公共交通の問題。高齢者ドライバーの事故の多発や、地方の交通機関が迎えつつある限界といった社会課題に対して、行政法にできることがあるというのだ。

 自身のキャリアを振り返ってきたインタビュー前編から連なるこの後編では、思わぬかたちで携わることになった公共交通というテーマについて掘り下げていく。行政法の立場から、社会はどのように変えうるのか。行政法はドライなものではなく、いつも私たちの日常と共にある。

 

 インタビューの前編でお話ししてきた行政法の研究にしても、一時期博士論文で取り組んでいた国家における権限配分にしても、振り返ってみると、自分でも改めて、社会の改革というものに興味があったということがよくわかります。かつては公務員になりたかったくらいですから、世の中を変えたい、良くしていきたいという思いは、ずっと胸のどこかにあったのですね。

 なぜそうした考えをもつにいたったのか、ということについては、きちんとした回答をもっているわけではありません。ただ、中学生から高校生という時期にかけて、バブル崩壊を目の当たりにしたということは大きかったかもしれませんね。日本社会がやがて「失われた30年」ともいわれることになる時代に突入していくのを、またそれに対して対策が後手後手にになっていく様子を、多感な時期に体験した。そうしたなかで、社会を変革しうる法のありようというものに、興味を抱いていったようにも感じます。

 さて、10年ほど前から私は、道路行政や地方の交通というテーマの議論の場に参加するようになっています。インタビュー前編でお話ししたように、行政法の先生方にはそうした政策形成に寄与している方々が多く、私も政府の審議会などに呼ばれて議論するということが増えてきました。

 そのなかで、警察庁の運転免許関係の研究会に呼ばれることがありました。高齢者ドライバーの事故や運転免許証の返納が社会問題となってきていた時期であり、その後、高齢者講習制度が改正されることになりました。その際に検討の場に参加したのです。

 自動車運転の安全性を維持するためには、高齢者に運転免許の返納を求める必要が出てきます。しかし、その場合には、日常生活での通院や買い物等の移動はどうすればいいのかという問題が必ずついてまわる。つまり、運転免許について考えるということは、公共交通、特に地方圏での移動手段を考えるということとセットでもあるのです。私自身、引き続きさまざまな審議会や研究会の場には参加しつつ、行政法の立場から公共交通、特に地方の交通ということを考えていくようになりました。

 いまの日本社会において、地方圏の交通というのは大きな課題のひとつです。人手不足や経営困難といった理由で全国の鉄道路線や路線バスが廃止となったり、タクシーの運転手がいないといったニュースは、多くの方がご存じだと思います。

 こうした状況を変えていくことと行政法は密接に関係しています。たとえば道路運送法という法律は、行政法のひとつです。タクシーやバスといった旅客自動車運送について定めている法律であり、バス事業者などはこの法律の下で営業することになります。そのため、道路運送法を改正することで、公共交通を現状に合わせて変えていくことができるのです。

 インタビュー前編で都市開発と行政法の関係についてお話ししたように、地方の路線バスの状況を変えたいとなれば、行政法の側からアプローチできるところがある、ということがおわかりいただけるかと思います。

 もう一つ重要なのは、2007年に施行された「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」です。たとえば、2023年8月に開業して話題となっている宇都宮LRT(宇都宮ライトレール)は、こうした法制度の整備によって実現したものといえるでしょう。

 それまでの地方公共交通は、たとえばひとつの地域に複数の運送事業者が競合して、それらのあいだの調整が容易ではありませんでした。数社が競合するというのは、サービス向上という意味ではポジティブな面があります。他方では、地域全体の交通網をどのように再構成するのかという包括的・体系的な対策を採りにくい。例えば、町の中心部では路線が重複してしまったり、逆に周辺部では路線がなくなってしまったり、といったことが起きてしまいがちでもあります。路線網の構築が民間事業者に委ねられていて、行政側がイニシアティブを発揮できないという図式が長らく続いてきました。

 「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」は端的にいえば、こうした状況に対して地方自治体がイニシアティブをとれるようにした行政法です。行政側が主導権を握り、理想的な路線プランを提供し、民間企業はその全体的な計画のなかで役割を分担していけるようになっています。路線が重複していて無駄なところは行政側が整理したり、あるいは路線を通すのが難しいところはオンデマンドタクシーを導入したり、ということが可能になっています。

 先述した宇都宮LRTは、既存の道路を活用した路面電車です。行政と、地元のバス会社などの民間が共同出資して運営会社を立ち上げており、LRTの停留所にバスの路線やオンデマンド交通、駐車場を接続させるというように、行政が主導するかたちで変革が進められている例だといえます。

 もちろん、現在この「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」にもとづいて各地方でおこなわれている事業はまだ十全なものとはいえないかもしれません。まだ試行錯誤の最中でもあります。しかし、行政法が社会の変革に関与しうるということを示す、その最新のトピックだということはできるでしょう。

 私自身も今後、実際に地方自治体が交通網の再編を考えるというときに何かすこしでもアドバイスできるように、さらに地方公共交通の問題を掘り下げていきたいと考えていきます。都市計画や交通の問題以外にも、行政法というのはやはり、私たちの生活に密接に関連しているものです。たとえば、保育園や高齢者福祉、環境保護、文化振興といった問題にも関係しています。選挙に投票にいくように、行政法のことを知っていくと、私たちの社会のありようがすこし変わっていくかもしれません。

 

研究分野

公法(行政法)

論文

地域公共交通の再生と地方自治体の役割(2023/06/01)

高齢者の自動車運転 : 近年の道路交通法の改正について (特集 高齢社会と司法精神医学)(2022/01/01)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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