ARTICLE

公共事業、都市開発と行政法の関係とは?

社会の未来を考えるための行政法研究 ―前編―

  • 法学部
  • 全ての方向け
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

法学部 教授 高橋 信行

2024年1月15日更新

 私たちの社会の未来を考えていく方法は、たくさんある。そのひとつとして、高橋信行・法学部法律学科教授が専門とする行政法を挙げることができるだろう。一見馴染みがないとしても、実は日々の生活の至るところで、行政法は存在感を放っているのだ。

 一方で高橋教授は、行政法を研究しながら、国家における国会・内閣・行政の役割分担という広いテーマや、公共交通の問題にも取り組んできている。しかも当初は公務員を目指していたのだという。ふとしたきっかけで問いが深まり、同時に横へ連なっていく、そんな研究者人生に、前後編のインタビューでフォーカスしてみよう。

 

 大学の学部生だった頃は、公務員になりたいと思っておりまして、いま専門としている行政法も、当初はそのために学んでいました。行政法といっても、民法や刑法とは異なり、「行政法」と呼ばれる法律が存在しているのではありません。行政に関連する法令をまとめて行政法と呼ぶ、法律群の総称です。それこそ民法や刑法のように、一般に広く知られているわけではないのですが、しかし実は、私たちの生活に密接に関係している側面をもっています。

 行政法の重要な側面のひとつに、社会のなかで発生しうるトラブルを事前に防ぐ、いわば予防的な対策というものがあります。たとえば、自分たちが住んでいる家の横にいきなり高いビルが建つと、日当たりが悪くなって迷惑ですよね。こうした事態を回避するために、建築基準法や都市計画法といった法律が定められており、これらは行政法の典型例です。

 もうひとつの特徴は、行政機関による監督というものです。都市計画法では、市街化を進める区域と抑制する区域をわけています。たとえば、行政側として再開発していきたい地域があるとすれば、高いビルやマンションを建てることができるように規制を変更して、都市の開発をコントロールしていくわけですね。

 工場を建てるときに遵守しなければならない行政法としては、建築基準法や都市計画法に加えて、工場立地法などが挙げられます。環境の保全を図りつつ工場の建設が適正に行われるようにするための法律です。このように、予防的な対策と、行政機関による監督という、ふたつの特徴が行政法には備わっています。

 だからこそ、法律を変えれば、都市のありようも、産業の発展にも、さまざまな変化が生まれていく。行政法には、そうした奥行きもまたあるのです。

 さて、かつて大学生だった私はそんな行政法も含めて学びながら、公務員を志望していたわけです。ところが、いざその本格的な準備として官公庁を訪問してみたところ、自分の思い描いていたイメージとは異なっており、進路に悩むこととなりました。すると、これはまた後ほど言及することになりますが、行政法の先生方のなかには、さまざまな政策形成のプロセスに参加し、改革の実現へ向けて提言を重ねている方々もいるということを知りました。研究を進めながら、そのようにして社会の改革にもかかわることができるという道があるとしたら、面白そうだ──それが、公務員になりたいと思っていた私が研究の道に進むことになったきっかけです。

 何とか大学院に進学することができて、研究の道が始まったのですが、そこでも紆余曲折がありました。当初の私は、情報公開法といった情報法制を研究することにしました。今でこそ情報法制の研究は盛んになっていますが、25年前はまだ新しい分野でして、新発見も多くて研究のやりがいもありました。ところが、なにぶん技術的な話や細かい解釈についての議論が多くを占めており、それはそれで興味深かったのですが、しばらく研究していると行き詰まりを感じてしまいました。

 改めて振り返ってみると、私の飽きっぽい性格のせい、というのが正直なところなのかもしれません……(笑)。いずれにしても、もうすこし法の理念や原則というものに焦点を当てた研究をしてみたいと思ったのです。行政法についての研究は並行させつつも、集中的に研究する内容は、もっと憲法や政治学、法哲学に近いものにシフトさせていきました。

 大学院時代の後半で研究したのは、ほぼ憲法学に近い内容です。後に博士論文を執筆し、『統合と国家:国家嚮導行為の諸相』(有斐閣、2012年)にまとめました。国会・内閣・行政のあいだの権限配分はどのようにあるべきかを理論的に考えた研究でした。

 国家嚮導行為とは、政治的な計画や予算、外交といった国家の基本方針にかんして、単なる法律の執行を超えてなされる創造的・積極的な国家の諸活動のことを指します。社会の根幹にかかわる経済政策や外交政策、例えば、大規模な公共事業や社会保障改革、経済連携に関する国際条約、再生可能エネルギーへのシフトなどを想定してください。

 考察する対象としたのは、いまからおよそ100年近く前のヴァイマール共和国の時代における法理論です。行政法の大家である塩野宏先生から伺ったのですが、ヴァイマール時代には、大衆社会や民主主義といった現代に通じる複雑な問題が詰まっているんですね。そうした時代の法理論から、国家の活動というものを考えていきました。

 行政法とはほとんどかかわりのない内容でありながら、後から考えてみれば、微妙にリンクしているところもあります。たとえば大規模な公共事業や経済対策を行う際には、場合によっては新たに法律が制定され、それに基づいた事業計画がつくられ、実行に移されていく必要がある。そのとき、理想的な国会・内閣・行政の役割分担はどのようなものだろう、という話になるわけです。一般的に、国会が主導権を握ると現状維持に傾きやすく、内閣がリーダーシップをとるとなれば改革が進みやすい。そして、政治の仕組みが変わると法学者の理論も変化していきます。そんな変遷をヴァイマール時代の議論から汲み取りつつ、社会の変革がより可能になる仕組みというものを考えていました。

 行政の専門家でありつつ、ほぼ憲法を内容とする研究に、しばらくのあいだ取り組んでいました。なんとか書き上げると、やがて、私自身も思わぬ分野に携わっていくことになります。道路行政や地方の交通ということを考え、実践的な議論の場へと足を踏み入れるようになった現在については、インタビュー後編でお話ししてみたいと思います。

 

研究分野

公法(行政法)

論文

地域公共交通の再生と地方自治体の役割(2023/06/01)

高齢者の自動車運転 : 近年の道路交通法の改正について (特集 高齢社会と司法精神医学)(2022/01/01)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

MENU