ARTICLE

子どもに必要な「自然体験」は減少している!?

成長を支える自然体験を研究する ―後編―

  • 人間開発学部
  • 全ての方向け
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

人間開発学部 准教授 青木 康太朗

2023年10月2日更新

 「自然体験」が子どもに必要だ、ということはわかっていても、現代の環境がなかなかそれをゆるしてくれない。そんな課題と向き合いながら、子どもたちの現在と未来について考え続けているのが、青木康太朗・人間開発学部 子ども支援学科准教授だ。

 インタビュー後編で考えるのは、子どもたちのみならず大人たちも含めた、現代社会のありようだ。児童公園で遊んでいても騒音とみなされる、そんな一筋縄ではいかない私たちの日常のなかで、青木准教授は研究と実践を積み重ねている。

 

 キャンプを入口にして、子どもたちの「自然体験」の研究へと私が徐々に歩を進めていくきっかけについて、インタビュー前編ではお話ししました。

 大学ではろくに勉強してこなかった私ですが、大学院に入ってみると、論文を読んだり調査をしたりすることが、意外と苦ではないというか、自分の性分にあっていることに気づいたんですね。様々な分野の研究論文や専門書を読んで、子どもたちの成長を学んだり、そこに「自然体験」がどう関わっているのかなどを調べたり、自分が知らなかったキャンプの効果を学ぶことがこの時はとても楽しかったですね。

 たとえば、当時、「社会的スキル(ソーシャルスキル)」という概念が、不登校の子どもたちの課題を解決する糸口の一つとして海外で注目されていました。ですが、国内ではまだ社会的スキルに着目したキャンプの研究が進んでいなかったので、じゃあ自分で取り組んでみようということで修士論文のテーマにしたんです。こんなことをしているうちに、いつの間にかに、研究の面白さや魅力を感じていったんでしょうね。

 大学院の修了後は、縁あって国立室戸少年自然の家に就職したんですが、指導の現場に出ても研究は続けるようにしました。「研究」と「実践」を両輪として働いてきたという点は、私のキャリアの特徴かもしれません。これまでの仕事で一番思い出されるのは、マリン用品のメーカーである株式会社タバタと一緒に開発したライフジャケットです。自然の家で働き始めて2年目の時、使いやすいライフジャケットがほしくて、いろんなマリン用品のメーカーに電話をかけて共同開発の企画を持ちかけたんです。その時、タバタさんが快く引き受けてくださり、子どもの活動に最適なライフジャケットを開発することができたんです。おかげさまでご好評いただき、20年近く経った今でも売れ続けているロングセラー商品になっています。大学の教壇に立つようになってからも、「研究」と「実践」を両輪とする姿勢は大事しながら、その成果を学生の「教育」にいかすようにも心がけています。

 青少年の自然体験活動に関する調査結果をみると、⾃然のなかで外遊びをしている⼦どもは減少傾向にあります。子どもの遊びの変化にある背景としてよくいわれるのが、「サンマ」がなくなったということです。「サンマ」とは3つの「間」を意味するのですが、まずひとつは「時間」。子どもたちも塾や習い事で忙しいわけです。それによって遊ぶ「仲間」も少なくなります。そして、遊ぶ場所そのものである「空間」の減少も挙げられます。加えて、最近は、ルールを工夫するような「手間」をかけて遊ぶといったことも少なくなってきているのではないかと思っています。

 こうした子どもたちの遊びの変化は、如実に子どもたちの成長に跳ね返ってきていると感じることがあります。たとえば、小学生が使う鉛筆がどんどん柔らかくなってきていること。かつてはHBを使うことが多かったですが、いまは2Bの鉛筆をもってくるように学校で推奨されることが多いと聞きます。これは、子どもの握力の低下が原因といわれています。最近の生活をみると、ドアや蛇口など自動で動くものが増えたことで自分の手で開け閉めすることが少なくなってきています。こうした生活の変化の影響もありますが、私としては⾃然のなかで外遊びをする機会が減ってきたことも大きく影響しているのではないかと考えています。

 現在、アウトドアブームということもあって、“家族や友だちと⼀緒に⾏う⾃然体験活動”は増加傾向にあります。子どもの自然体験の減少が心配されるなか、自然体験が増えること自体は喜ばしいことなんですが、“公的機関や⺠間団体等が教育活動として⾏う⾃然体験活動”に参加した⼦どもの数は減少傾向にあるんです。これは非常に気になるデータです。

 「自然に触れる」ということだけを考えれば、家族や友だちと一緒にキャンプするだけでもいいかもしれません。でも、インタビュー前編でもお話ししたように、子どもの成長や社会的自立を促すような質の高い体験と考えた場合、こうした体験だけでは十分ではないんです。「普段とは違った環境のなかに身をおき、自然体験をする」ということがとても重要になってきます。

 キャンプに参加すると、はじめて会う友だちと協力しながら、自分たちで生活をしていかなければなりせん。炊事や掃除、洗濯などをすべて自分たちでやることになるわけですが、そうした経験を通じて、自分たちの未熟さや日ごろの保護者のありがたみを痛感させられるわけですね。また、友だちと共同生活をしていると、時には考えが合わなかったり、けんかになったりすることもあります。しかし、そうした経験こそが、人との上手な関わり方を学ぶよい機会になるのです。

 ⾮⽇常的な環境のなかで、同年代の仲間とひとつ屋根の下、同じ釜の飯を⾷べながらさまざまな活動に挑戦し、ともに苦労を乗り越え、物事をやり遂げる経験をする。こうした経験が、子どもの成長にとって、特に今の子にとってはとても⼤切な体験になるんです。子どもが家に帰ってきたとき、ひとまわりもふたまわりもたくましくなっていると感じるのは、こうした普段の生活では味わえない貴重な体験をたくさんしてきたからなんですね。

 しかし、こうした体験を増やしていくためには、子どもをキャンプに送り出す保護者側の課題もあるんです。今の保護者は、小さい頃に自然体験をしたことがほとんどないという方も少なくありません。こうした保護者は自然体験に苦手意識をもっている方も多く、その子どももやはり自然体験が少なくなってしまう傾向にあるのです。このような世代をまたいで自然体験から遠ざかっていってしまうサイクルをどう好転させることができるのか、今とても大きな課題になっています。

 自然体験が苦手と感じている保護者の方には、ぜひレイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』(新潮社、1996年)を読んでいただきたいです。この本では、子どもが自然のなかで遊ぶ大切さが分かるだけでなく、子どもと一緒に自然を楽しむ保護者の視点についてもエッセイで紹介されています。子どもの成長において自然体験の必要性を考えるうえでとてもヒントになる本だといえます。

 今後、AI(人工知能)をはじめとした様々なデジタル技術が進展するなか、人間の強みを発揮するには豊かな感性をもつことが大切だといわれています。まさに、センス・オブ・ワンダーです。こうした豊かな感性を育むには、子どもの頃にたくさん自然体験をすることが大切になってきます。これからの社会を見据えながら、いまの子どもたちのセンス・オブ・ワンダーを育むための研究をこれからも続けていきたいと思っています。

 

 
青木 康太朗

研究分野

青少年教育、野外教育、リスクマネジメント、レクリエーション

論文

青少年教育施設における危険度の高い活動・生活行動の現況と安全対策に関する一考察(2021/01/15)

家庭の状況と子の長時間のインターネット使用との関連:『インターネット社会の親子関係に関する意識調査』を用いた分析(2019/08/15)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

MENU