子どもがすくすくと育っていくために、必要とされる「体験」は何だろう。「自然体験」を中心に、その理論と実践の双方を探究しているのが、青木康太朗・人間開発学部 子ども支援学科准教授だ。
自身もかつて、キャンプで子どもと触れ合うなかで体験の価値に目覚めた人間のひとり。インタビューの前編では、子どもたちの体験を研究するに至るまでのキャリアを振り返り、“原点”について語ってもらった。
私が広く関心を抱いているのは、子どもにとっての体験の意義についてです。客員研究員として所属している国⽴⻘少年教育振興機構で、「⼦どもの成⻑を⽀える20の体験」というレポートを作成しました。そこでは、体験を通じて育成したい12の資質と能力を挙げています。「自己肯定感」「協調性」「積極性」「コミュニケーション力」「やり抜く力」「自立心」などが、子どもの誕生から社会人になるまでのあいだに育んでいきたい資質と能力になるのですが、そのために必要な体験を提示したのが「子どもの成長を支える20の体験」です。
そこでは体験を「体験活動」「生活習慣」「人とのかかわり」の3要素にわけながら、合わせて20の体験を示しました。たとえば「体験活動」であれば「自然体験」「職業体験」「文化芸術体験」など8つの体験があります。わたしは、このなかでも自然体験を中心に、子どもたちに自然体験の指導をしたり、自然体験で得られる教育効果について研究してきました。
なぜ、自然体験が子どもたちの資質と能力を伸ばすのか。これまで、さまざまな研究が行われ、自然体験の教育効果が明らかにされています。実際に私も、長期キャンプの体験に参加した子どもたちの社会的スキルがどのように変容するのかなど、自然体験による非認知能力の向上に関する研究を重ねてきました。
体験活動のなかで、なぜ自然体験がいいのかと聞かれることがよくあります。個人的な思いとしては、「自然は人間がつくりだした環境ではないからこそ、子どもの感性を刺激し、成長につながっている」ということなのではないか、と感じています。人間がつくりだしたものは、ほとんどの場合、つくりだされるプロセスなどの科学的な説明が可能です。たとえば、いま目の前にある机。どうやってつくったんだろうと興味をもったとしても、そこには必ず答えが存在しています。一方、自然にはまだ解明されていない不思議がたくさんあります。人間の想像を超える、答えのない世界に触れたとき、「なぜ?どうして?」という思いが好奇心や探究心となり、子どもの資質や能力を育くむきっかけになっていくわけです。
そんな自然体験の研究に、私がなぜ取り組むようになったのか。そもそも自然体験とのかかわりは子どもの頃に取り組んでいたボーイスカウトがはじまりです。
大学では社会福祉を学んでいたのですが、恥ずかしながらさほど真面目な学生ではなかったので、4年の頃に1年生の授業を必死で受けているような学生でした。しかし、実はその授業こそが私のキャンプの師匠との出会いであり、人生の転機になった授業だったんです。その講義を担当していた石田易司先生は、障がいをもった子どもや高齢者などを対象にしたさまざまなキャンプをおこなっている方で、4年生の私が真面目に授業を受けているのが気になったのか、授業中に「夏休みにキャンプをやるからこないか」と声をかけてくださったんです。1年生ばかりの大教室でそんな4年生がいたら目立ちますよね(笑)。内心は「キャンプに行きたくないな」と思いつつ、単位を落としたくないのでお愛想で「興味があります」と気軽に答えたら、授業後すぐに研究室に連れて行かれ、不登校児のキャンプに行く羽目に・・・。アルバイトの予定をキャンセルして、大学4年の夏休みは不登校の子どもたちとの8泊9日のキャンプに行くことになりました。
一応、ボーイスカウトの経験があるので、キャンプの技術に心得はあるわけです。しかし、現場で指示されたのは「何もするな」でした。リーダーとして参加したのにそう言われ、最初は戸惑いましたが、子どもたちと一緒に過ごすなかでその意味がだんだんとわかってくるわけです。不登校の子どもは真面目な子が多く、大人にいわれたことをきちんとしようという気持ちが強い反面、自分で何かを決めてやるというのが苦手な子が多い。なので、開放的な自然のなかで、自分たちでやりたいことを自由に考えたり、やってみたりしながら、自分の力を存分に発揮していけるよう、子どもに寄り添い温かく見守りながらサポートしてくれ、という意味だったんです。仮に子どもたちがテントを上手くはれなかったとしても、リーダーである私も一緒に星空の下で眠るようなキャンプでしたね。
キャンプの最終日、複雑な家庭の事情をもつ一人の子どもが、なぜ自分が不登校になったのか、心の内を話してくれました。その話を聞いて身につまされる思いをしながらも、若い学生の自分ができることは何もなく、ただただ無力感を感じるだけでした。そんな9日間のキャンプで、参加した子どもたちの雰囲気が日に日に変わっていく様子を目の当たりにし、キャンプで人が変わることについてもっと知りたいと思うようになりました。また、キャンプを通じて、私も子どもたちに何か、間接的にでも貢献できないだろうか、とも。
とはいえ、この時はキャンプを研究するなんてことはまったく考えていませんでした。
その後、いろいろなキャンプに参加するようになったのですが、その後私が働くこととなる国立室戸少年自然の家の18日間のキャンプに参加したときのことです。無人島の海岸で石田先生と話していたら、同期のキャンプ仲間が大学院に進学してキャンプの研究をするというんです。それを聞いて、「えっ、大学院でキャンプの研究ができるの!」と驚きました。恩師と過ごした無人島の夜が、私の将来を大きく変えたんですね。
その後、いくつかのキャリアを重ねながら現在に至ります。インタビューの後編では、子どもたちの自然体験の現在を、私はどう見ているのかについてお話ししましょう。
青木 康太朗
研究分野
青少年教育、野外教育、リスクマネジメント、レクリエーション
論文
青少年教育施設における危険度の高い活動・生活行動の現況と安全対策に関する一考察(2021/01/15)
家庭の状況と子の長時間のインターネット使用との関連:『インターネット社会の親子関係に関する意識調査』を用いた分析(2019/08/15)