営利を目的とせず、私たちの社会や生活の只中で何かしらのミッションを果たしていこうとする、非営利組織。そのミッションを果たすためにこそ、会計学ができることがある──そう、金子良太・経済学部経営学科教授は信じている。
自らのキャリアを振り返りつつ、非営利組織の会計という分野へ足を踏み入れるに至った経緯を語ったインタビュー前編。今回の後編では、より実際的に、非営利組織の会計をめぐる課題を見つめていく。その企業会計化=ビジネス化には、どんな可能性と課題が潜んでいるのだろうか。
会計といえば企業会計、という時代が長く続いてきたことについて、インタビューの前編で触れました。
私が非営利組織の会計というものに興味をもちはじめた2000年頃、ある公認会計士の先輩から「最近どうなの?」と聞かれ、「今後は、非営利組織の会計に重心をうつしていこうと思うんです」と話したところ、「そんなことが金になるのか」といわれたことが、強く記憶に残っています。
公認会計士の世界において、企業会計という分野は大きなマーケットである、ということは事実です。その世界を研究する会計学においても、企業会計が中心を占めてきたということは、何の不思議もありません。そもそも非営利組織の側が会計に関心がなかったり、そもそも公認会計士に払うお金がなかったり、ということもありました。非営利組織会計をはじめとする公会計分野は、端的にいって未成熟だったのです。
その後、社会における非営利組織の注目度は高まり、公認会計士が活躍する場のひとつにもなってきました。10年後に先輩と会ったとき、おそらくは10年前のことを覚えていらっしゃらなかったのでしょう、同じように「最近は何をやっているの?」と聞かれ、「非営利組織の会計です」と答えたところ、「いいところに目をつけたね」といってくださったこともまた、記憶に残っているエピソードです。
近年は社会全体で、SDGs(持続可能な開発目標)やESG(社会・環境・ガバナンス)といったことが検討され、取り組まれるようになっていました。社会的な課題としては新しいものだととらえられがちですが、しかしこうして注目を浴びるようなフィールドに早くからかかわり、課題に取り組んできたのが非営利組織である、ということもいえるように思います。
さて、このように非営利組織の存在感が社会のなかで大きくなるにつれて、非営利組織の会計に、企業会計の考え方や方法が組み込まれるということもまた、多くなってきました。
そもそも非営利組織には、寄付や補助金などの提供者に対して、事業成果や財政状況を報告する責任があります。最近はクラウドファンディングが活用される場面も増えてきましたから、体感的にもご理解いただきやすいかもしれません。補助金の場合ですと、その源泉は税金などであるわけですから、さらに慎重な使用や成果報告が求められます。
また、特定非営利活動法の改正などを経て、寄付にともなう税制上の各種優遇措置も拡大してきましたので、ステークホルダーに対して適切な会計報告を行っていく必要は、当然あるわけですね。
非営利組織会計の変革を先行して進めてきたアメリカでは、1990年代から現在に至るまで、複式簿記・発生主義会計という、企業会計の考え方を取り入れた体系が採用されてきました。もちろん、企業と非営利組織は組織目的や取引のあり方が異なるわけですから、非営利組織に対して独自の規定も設けられています。ともあれ、財務会計基準審議会(FASB)は一貫して、非営利組織の会計にかんする検討を進めています。
他方で、企業・政府・非営利組織が単一の会計基準を用いていたニュージーランドでは、2014年以降、企業と政府・非営利組織とで異なる会計基準を用いるようになりました。つまり、企業会計化が進んでいく非営利組織会計の世界において、方向転換ともいえるような事態を見せたのですね。
私としては、これらの動向を比較検討するなかで、非営利組織の会計の今後を考えていきたいと思っています。
非営利組織会計のビジネス化は、どうしても進んでいくと思います。というのも非営利組織が非常に発展したアメリカでは、数多くある非営利組織の生き残りということもまた、求められるようになってきました。草の根で活動していて、会計になんて興味がない、ということでは組織が続いていかないということです。ガバナンスがしっかりしていなければ大口の寄付は受けられませんし、組織のパフォーマンスを最大化しなければサバイブできないわけですね。
一方で、非営利組織が企業と大きく異なる点は、営利を目的とするのではなく、ミッション(使命)を果たすことが組織としての活動の核にある、ということでしょう。企業会計という考え方をインストールすれば、非営利組織の活動がすべて最適化するのかといえば、そうではないわけです。
非営利組織では誰もがミッションに必死になる。その反動として会計を含めたバックオフィスのことが疎かになってしまいがちになる。とても大事なミッションを掲げ、自身としても才能に溢れているような人であっても、せっかく立ち上げた非営利組織が続いていかないという例を、これまで幾度となく見てきました。
だからこそ私は、非営利組織会計はどこまで企業会計化できるのか、逆にいえばどこが非営利組織にはそぐわないのかということを研究しながら、海外の動向も常に注視しながら非営利組織をサポートしていきたいと考えていきます。会計という立場から、非営利組織のミッションの達成に、間接的に貢献していくことができれば──というのが、現在の私の思いです。
非営利組織の会計という分野へ目を向けるに至った経緯とは?金子良太教授が語る前編「NPOを会計学で支えるという視点に至った理由」はこちらをタップして進んでください。