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NPOを会計学で支えるという視点に至った理由

NPOにおいて会計学ができること ー前編ー

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経済学部 教授 金子 良太

2023年9月15日更新

 会計学といえば、ドライに数字とにらめっこする学問──そんなイメージは、金子良太・経済学部経営学科教授の話を聞いていると、がらりと変わってくる。非営利組織の会計という、耳慣れない分野の研究を進めている金子教授の歩みを振り返ってみると、私たちの社会や生活に密接に関連した活動を行う非営利組織に、なぜ目を向けるようになったのかがよくわかる。そこにあるのは、ひとりの人間としての真摯な態度だ。

 

 非営利組織というものは私にとって、会計という観点における研究対象であると同時に、公認会計士として関係してきた実践的な場でもあります。

 追ってお話しするように、若い頃から非営利組織には興味を抱いていて非営利組織における会計についても研究していたのですが、より本格的に取り組むことになる決定的なきっかけのひとつは、2009年10月から2011年3月にかけてのアメリカ滞在でした。日本を含めたアジア人の方々がさまざまな非営利組織を立ち上げ、たとえば桜祭りといった文化を現地の人たちに紹介して伝えていくような取り組みや、アメリカにやって来たばかりの人を地域社会に適応できるよう手助けする活動などを行っていたんです。

 私もその一端に参加してみて、会計だけではなく非営利組織というものの意義に、引きつけられるようになりました。たとえば教育、医療、発展途上国の支援、まちづくりなど、非営利組織は幅広い活動を行っていて、私たちの生活に密接に関係したものとなっているわけです。

 そうした実感を抱きながら日本に帰ってきたのが、2011年3月。図らずも、帰国直後に東日本大震災が発生しました。たくさんの方々が亡くなられ、残された方々も心身や生活環境ともにさまざまな傷を追われたわけですが、そのなかで多くの団体が震災復興へ貢献していったことは、ご存じの方も多いでしょう。私自身も、阪神淡路大震災の被災地で大学生活を送っていました。

 その懸命な活動を見ながら、私たちの社会で非営利活動がなしうることについて、改めて思いを馳せるようになった。こうした経緯が、私が非営利組織の会計というものをそれまで以上に専門的に研究するようになった、大きな背景になります。

 ただ、非営利組織の会計というものは、会計学のなかでも議論が熟するのはこれから、という分野です。そもそも、おそらく皆さんがイメージされる通り、会計といえば企業会計というのが、会計学のなかでも、あるいは公認会計士の活動のなかでも、一般的でした。

 そもそも、日本に限ってみても特定非営利活動促進法が制定されたのが1998年ですから、会計学において非営利組織のことを考えるということ自体が新しい物事であることは、ご理解いただけると思います。

 私自身のことを振り返ってみると、伝統ある商業科で知られていた高校の生徒だった頃にはすでに、会計学の基礎である簿記を学習し、公認会計士になることが目標でした。もちろん、企業会計がその勉強の中心であり、将来的にも取り組むものとして念頭にあったわけです。

 やがて大学で勉強を進め、公認会計士試験に合格することができました。そこで私がとった行動は、大学の図書館に通いつめる、というものでした。実は試験合格後に、会計士の卵としてアルバイトにいくようなことがあったのですが、実務にあたっている先輩たちが喋っている内容が、ちんぷんかんぷんだったのですね。もともと本を読むことが好きだったこともあり、学生のうちにすこしでも知識を深めることができればと、試験合格後に大学の図書館に足繁く通って専門書を読むようになりました。

 会計の本は、文字通り、棚の隅から隅まで読みました。するとやはり、知らないことがたくさん書いてあった。まだ、勉強を続けたいな──そう強く思ったのが、会計学の研究者になる第一歩だったのかもしれません。当時指導いただいていた先生の勧めもあり、大学院へと進むことになりました。

 資格を保有する公認会計士としての仕事をしながら、会計学を専門とする大学院生、やがては大学教員として研究を進める、という日々をおくるようになりました。しかしそうした生活の最中にあった2000年代のこと、世の動向を見聞きしながら自分も活動や研究に取り組んでいくなかで、公認会計士、そしてそれを取り巻く世界が、お金儲けのことばかりに偏りすぎているのではないか、と疑問を抱くようになりました。

 会計といえば企業の利益や税金を計算するものという前提のなかで、当時は華やかなベンチャー企業が続々と世に出てきていた時代でもあり、私たちの周辺にギラギラした空気があったのは、正直な事実です。私自身は物欲もそれほど強くない人間であることもあって、そうした空気にはちょっとついていけないな、と感じていました。

 決して皆が皆そうではない、ということ──企業会計に携わっている公認会計士も、あるいはベンチャー企業の方々であっても、良心のもとに活動されている人たちもたくさんいるということは、前提とした話ではあります。あくまで、私が当時感じた時代の空気をめぐる回想であることを、ご承知おきいただければと思います。

 自分はちょうど30代に突入しようとしていた頃でしたから、これからどうしようか悩みました。研究分野としても、競争が激しい企業会計のことをやっていくのかどうか、という問題もありました。あれこれと考えたときに、何か新しい世界へと踏み出せないかと視野に入ってきたのが、未開拓の領域が多く残っていた非営利組織の会計をはじめとする公会計分野だった、ということなのです。

 近年、そんな非営利組織をはじめとする公会計に、企業会計の考え方や方法が、少しずつではありますが組み入れられる流れになっています。これはきちんとした理由もあってのことでして、非営利組織の会計は変革の時代を迎えているのですが、いったい何が起きているのか、今後どんな課題が考えうるのかを、インタビュー後編でお伝えしてみたいと思います。

 

非営利組織の会計には、どんな可能性と課題が潜んでいるのだろうか、金子良太教授が語る後編「NPOにおける会計をめぐる現状の課題とは?」はこちらをタップして進んでください。

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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