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中世に大きく変容した日本語

古典文法の歴史を求めて ー後編ー

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文学部 教授 吉田 永弘

2023年9月1日更新

 濁点=「  ゛」、とは限らない。吉田永弘・文学部日本文学科教授が目をこらす『平家物語』諸本のひとつ「屋代本」には、点が3つ並んだ濁点がある。デジタル/オンラインのデータベースが整備されてきた現在、そのデータの大海に潜む細部が、また別種の輝きをまといだしている。

 日本語文法の歴史を追う自身の歩みを語ったインタビュー前編をうけつつ、この後編では文法の味わいにも触れながら、言語資料自体の扱いにもフォーカス。ぜひ記事内のリンクも参照しながら、日本語の大海の、その水しぶきを浴びてほしい。

 

 インタビューの前編で、日本語文法の歴史において、中世(12世紀から16世紀まで)に大きな転換があった──古代語の文法から変化していった、ということに触れました。変化の例をあげるならば、「仮定形」の成立です。これは私が大学院生時代に研究していたもののひとつのトピックでした。

 皆さんも学校で、「已然形+ば」という表現について習った記憶があるかもしれません。これはいくつかの用法があるのですが、そのひとつを示すと、「~から・ので」と現代語訳ができるような用法です。仮に「雨降れば」という文章であったなら、「雨が降ったから・雨が降ったので」という意味になります。

 こうした用法は、既に実現した事態=確定条件を表した形なのですが、現代では「仮定形」を用いて未実現の事態を表します。「雨降れば」は、「雨が降ったとしたら」といった意味合いで使いますよね。こうした「仮定形」の成立へと至っていく転換期が、中世だったんです。だとすると中世では、「~から・ので」という原因・理由を表す用法を、他のどんな表現が担っていったのだろう……ということも気になって、「~から・ので」の代わりに「ほどに」「によって」という表現がいつごろ、どのように使われるようになったのかを調べていました。

 このように文法を細かく追っていくと、従来語られていた枠組みでは語り切れない用例に出くわすことがあります。そのとき、枠組み自体を疑ってみて、例外的に思える用例も説明可能な別の枠組みを提案してみるということも、醍醐味のひとつです。

 私がここ10年くらい扱ってきている表現のひとつに、「る・らる」があります。高校の古文の授業で、「る・らる」には「受身」「可能」「自発」「尊敬」の4つの意味があると教わったのを覚えている方もいるでしょう。

 可能の「る・らる」について、研究の世界においては「肯定文で使う可能の『る・らる』は中世になって現れる」という通説がありました。それまでは、下に打消の「ず」などを伴う不可能の用法しかなかった、という理解が一般的だったんですね。

 私は「じゃあ、中世になるまでは肯定文で使う可能にかんしてどんな表現を用いていたのだろう」と気になって調べてみたのですが、意外なことに、「る・らる」が肯定文で使われている例外的な用例について、過去のいろんな研究者の方がすこしずつ触れていらしたんですね。こうした用例を集めながら考えていったところ、これもまた「已然形+ば」の話とつながる、中世の日本語文法における一連の変化のひとつ──既に起きている事態にかんする「既実現可能」の表現から、まだ起きていない事態にかんする「未実現可能」の表現への変化──なのではと気づいたんです。

 まったく別の出来事のように思われていた事象だが、見方を変えれば実は同時代的な、ひとつの流れのなかで起きていたことなのではないだろうか。そんな新たな枠組みを提案する試みでした。近年も論文を書き継ぐほど、「る・らる」との付き合いは長く続いています。

 先ほど「用例」を集めるという話をしましたが、近年は、グッと作業が楽になりました。

 もちろん以前から、たとえば『源氏物語』や『平家物語』といった古典ごとに、用例の所在がわかる索引はありました。当時は索引から用例をカードに書き写し、集め、考えていくしかなかったのです。さらにさかのぼり、調査環境が整う前の時代の先生方は、資料に直接あたり用例を集めるという、途方もない作業をしていたわけです。

 しかしいまでは「日本語歴史コーパス」といったオンラインのデータベースが整備されました。かつては私の学生時代は、頭が働く日は物を考えたり論文を書いたりし、寝不足の日は用例を集めたり、というのが私の学生時代の常だったのですが(笑)、そうしてひと夏かけて集めていたような用例が、5分で集まるようになったんです。しかもこのデータベースは、奈良時代から江戸時代までの用例はすべて、小学館『新編 日本古典文学全集』にひもづいていて簡単に参照することができます。

 「日本語歴史コーパス」は登録さえすれば一般の方でも使うことができるものですので、ぜひアクセスしてみてください。

 とはいえ一方で、言語資料の扱いについては、ある注意が必要でもあります。

 実は古典といわれる文章は、必ずしも成立時期の言語事象を反映しているものだとはいえません。インタビュー前編で触れた兼好法師の『徒然草』がそうであるように、当時口語で話されていた表現より、平安期の文章の文法を採用しようとしているケースもある。『平家物語』であれば、後世の言語事象が反映されている可能性を検証しながら、言語資料として慎重に扱う必要があるわけです。

 こうした資料研究も、日本語文法の歴史と並ぶ私のテーマのひとつです。

 私がここしばらく関心を抱いてきているのは、本学が所有する、『平家物語』の諸本のひとつである「屋代本」という資料です。江戸時代後期の国学者・屋代弘賢が旧蔵していたものでして、本学図書館デジタルライブラリーでオンライン公開されていますので、ぜひご覧ください。

 私が注目しているのは、3つの点が重なっている濁点です。たとえば下の写真は「屋代本」巻一の、表紙を入れて9見開き目の右ページ下部を拡大したものなのですが、「参内」の字の横に、3つ点が並んだ濁点があるのがおわかりいただけると思います。 

 濁点というのはもともと「  ゜」が2つ並んでいたのが、4つの点になり、3つの点になり、やがていまのように2つの点になったのですが、3つの点が並んでいるかたちは、主に室町の後期あたりに見られるかたちなんですね。

 こうした3つ並んだ濁点の用例を、集めているところです。日本文学や書誌学の研究者の方々が用例を教えてくださることもあります。授業でも学生に、「濁点が3つあったら教えてください」といっています(笑)。これからもしばらくは、いろんな資料とのにらめっこが続きそうですね。

 

古典文法は、実は古代から中世、近世まで変化を遂げている。前編「『源氏物語』と『徒然草』にある約300年で生まれた文法の違い」はこちらをタップして進んでください。

研究分野

国語学

論文

栄花物語の敬語―正篇と続篇と―(2024/02/25)

「思ふ・見る・聞く」の「(ら)る」形―複合動詞と主体敬語―(2022/10/27)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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