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『源氏物語』と『徒然草』にある約300年で生まれた文法の違い

古典文法の歴史を求めて ー前編ー

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文学部 教授 吉田 永弘

2023年9月1日更新

 たとえば、ある小説を読んでいるとしよう。登場人物たちの行動や心情、そして話の流れを把握し、その機微に心震えたとする。一方で、「この話のなかに助動詞の『た』は何回出てきたかを気にしているのが、日本語文法の研究者です(笑)」と、吉田永弘・文学部日本文学科教授は、顔をほころばせる。吉田教授が主に研究しているのは、古典文法の歴史だ。古文とひとくくりにしがちだが、実は古代から中世、近世まで変化を遂げてきている。

 文法といえば小難しい、頭が痛くなる、と敬遠する人もいるかもしれない。けれど、「木を見て森を見ず」どころか、「森よりも木を見る」──細部に目をこらすことの面白さが、ここにはある。

 

 日本語の歴史と一言でいっても、発音や文字などさまざまな観点があるのですが、私は文法の歴史に興味を抱いて研究しています。

 振り返ってみると、小さい頃から国語を学ぶことは好きだったのですが、中学生で初めて古典に接して、全然読めなかったんですね。高校で教わった先生が古典文法についてかなり詳しく扱ってくださる先生でして、私はそれで一気に読めるようになっていきました。

 もちろん、こうした古典文法をみっちり取扱うような教育法は、現在は嫌われているものだと思います。このインタビューをご覧いただいている方のなかにも、古典文法は嫌いだったという方がいらっしゃるかもしれません。学生の声を聞いていても、古文は好きだけれど文法は嫌いだという人もいます。

 現行の「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 国語編」で「文語のきまり」をめぐる記述を見ると、古典文法がいまおかれている状況がはっきりわかります。「文語のきまり」は、必履修科目のひとつである「言語文化」においては「読むことの指導に即して扱う」ものだと書かれているんですね。最初に基礎的な文法事項をじっくり学習する、私の高校時代の先生のようなやり方は好ましくない、という流れがあるわけです。そのため、「言語文化」という科目において言葉の仕組みそのものを学んだり現代語との違いを認識したりする言語教育としての側面は希薄です。

 私は古典文法を学ぶことによって、文章が「パズル」のように読めていく面白さを感じました。あまり明確に意識はしていませんでしたが、おそらくこの時点で、文法自体の楽しさに触れていたのだと思います。

 一方で、言葉に限らず歴史が好きでもあったので、大学受験時に本学の文学部を志望するにあたっては歴史系とのあいだですこし進路に迷いつつ、やはり高校の教員になろうかと思って文学科に入学、日本文学を学んでいきました。しかし……これは正直に申し上げるのですが、古文を扱う授業を受けていても、「あれ、自分が好きだった古文の世界と、何かがちょっと違うな」と(笑)。私は文学の、話としての内容よりも、言語そのものに興味があるのだ、とはっきり気づいたんですね。

 そこで知ることになったのが、古典の文法そのものを研究する学問分野──当時は国語学、いまは日本語学と呼ばれる学問でした。

 いざその世界に足を踏み入れてみると、私の知らないことがたくさんありました。たとえば、平安時代の言葉と鎌倉時代の言葉というものは、かなり違う。私も高校時代は、平安時代の『源氏物語』も、鎌倉時代の『平家物語』も『徒然草』も、ひとつの古文の世界だと思っていた。しかし各作品の成立時期をよく考えれば、『源氏物語』から『徒然草』のあいだには、300年ほどの時間が流れているわけなんです。

 たとえば、兼好法師は『徒然草』のなかで、平安時代の文章の真似をしています。たとえば、古典の丁寧語で「侍り」と「候ふ」があることは多くの方がご存じでしょう。私も高校時代、なぜふたつの丁寧語があるのだろうと思ったものですが、実は「侍り」が平安時代の丁寧語であり、「候ふ」が鎌倉時代の丁寧語なんですね。兼好法師自身は普段「候ふ」を使っていたはずですなのですが、『徒然草』のなかではあえて「侍り」を多用しているんです。

 しかも、こうして平安風に書いている兼好法師が、むしろそのために間違ってしまっている──平安時代にはない用法を使っているということも、研究者たちによって既に明らかになっているんです。

 一方で、『平家物語』を読んでいると、ほぼ「候ふ」しか出てきません。『平家物語』にはいろんなバージョンがあるのですが、そのなかでも特によく読まれている「覚一本」を見てみると、「侍り」は3例しか出てきません。しかもその3例はすべて会話文、たとえば亡霊が語っている文章のなかで出てくるんですね。つまりは昔の人の言葉として──まるで現代の私たちがフィクションのなかで「わしは~じゃ」と人物に語らせるようなキャラクターづくりとして、「侍り」が使われているわけです。

 勉強をしていくうちにこうしたことがわかってきて、ああ、面白い世界だなあと実感していきました。そして、古文の世界と現代語の世界は、どのように変化し、あるいは連続しているのだろうという関心を抱くようになっていきました。

 気づけば、もとからの歴史好きということもあってか、日本語文法の歴史を追いかけることになっています。とはいえ、その大きな転換期である中世(12世紀から16世紀まで)の文法を研究することに力を入れてきたため、なかなか現代まではたどり着いていないのですが……(笑)。それでもなんとか続けてきた研究内容について、インタビュー後編でお話ししてみたいと思います。

 

濁点=「 ゛」、とは限らない。後編「中世に大きく変容した日本語」はこちらをタップして進んでください

 

 

 

研究分野

国語学

論文

栄花物語の敬語―正篇と続篇と―(2024/02/25)

「思ふ・見る・聞く」の「(ら)る」形―複合動詞と主体敬語―(2022/10/27)

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