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本当の「働き方改革」のために、“働く側”がすべきこと

非正規の労働者が増える中、今こそ「労働組合」が再注目されるべき

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経済学部教授 本田一成

2017年8月30日更新

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 「働き方改革」という言葉が、昨今のニュースを賑わせています。労働時間の短縮や効率化などを掲げ、プレミアムフライデーという施策も始まりました。しかし、その機運は高まっているものの、実態はどこまで改革が進んでいるのか、見えない部分もあるのではないでしょうか。

 「今の改革はあくまで企業主導であり、このままでは成功は難しい」。そう語るのは、本田一成経済学部教授です。同氏は、労働者の視点から経営学を研究しており、今年に入ってからは、日本を代表するチェーンストアで労働組合がどのように結成されたのかを詳細に分析した『チェーンストアの労使関係』(2017年、中央経済社刊、366頁、4800円+税)を上梓。同書は、2017年度日本労務学会賞(学術賞)を受賞し、各界の注目を集めています。

 まさに労働者の実態を見続けてきた本田教授は、働き方改革に必要なのは「働く側が力を持つこと」であり、そのために「労働組合の存在がカギになる」と言います。いったいどういう意味なのでしょうか。詳しい話を聞きました。

 

今の改革は、労働者が受け身にならざるを得ない

──「働き方改革」が昨年から注目されていますが、先生は「このままでは成功するのは難しい」と考えていると伺いました。それはなぜでしょうか。

本田一成教授(以下、本田):働き方に注目が集まっているのは良いことだと思います。ただ現状では、労働者が自分で働き方を選べる環境にはなっていませんよね。会社の意思、経営者の意思で、労働者の環境をどうするか決めています。

 「働き方改革」を進めるのも、あくまでそれぞれの企業次第。真剣に改善しようとする企業もあれば、労働基準法(労基法)を守らない企業もまだたくさんあります。

 そう考えると、私はこの改革が、あくまで企業主導の「働かせ方改革」になっている気がします。つまり、労働者が受け身の改革なのです。

──とはいえ、メディアなどでもいろいろな情報が出て、労働者が自分から企業に提案するケースも出てきていますよね。

本田:そうかもしれません。ただ、働く人々のふつうの感覚からいえば、別世界の話だと思います。1人で企業に働きかければ、経営者の恨みを買ってその後の待遇が悪くなるリスクもあります。また、訴訟を起こすにも、少人数ではコストがかかりますよね。企業の待遇を改善しようと思っても、個人の力では限界があるのです。

 働き方改革は、何万人もの労働者が一斉に救われなければいけません。となると、働く側がもっと大きな力を持って、企業と対等に渡り合える環境にならなければいけないのです。

──そのためには何が必要なのでしょうか。

本田:今こそ、大きな労働組合の役割が求められます。労働者が団結し、職場の環境や契約を正すのが労働組合の役目で、それこそ企業と対等に渡り合える存在です。働き方改革の話をする上では、セットで労働組合が出てこなければいけないと思います。 

──労働組合というと、昔はストライキなどもあり盛んな印象でしたが、最近はあまり聞きませんよね。

本田:そうですね。労働組合の数を表すものに「推定組織率」という指標があります。これは、雇用者全体のうち、どのくらいの労働者が労働組合に加盟しているかを示すのですが、ピークだった1950年頃は50%を超えていたんですね。しかし、2016年には17.3%まで落ち込んでいます。

 働き方改革を進めるには、労働組合の力が急速に落ちている現状を食い止めなければいけません。

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かつて厳しい労働環境を変えられたのは、労働組合があったから

──先生は、主にスーパーやホームセンター、ファミレスといった“チェーンストア”における労働組合について研究されています。近著『チェーンストアの労使関係』でも、チェーンストアにおける労働組合の歴史や活動を書かれていますよね。やはり、この業界でも労働組合の意義は大きかったのでしょうか。

本田:はい。チェーンストアについては、1950年代にアメリカから経営スタイルが入ってきたのですが、経営するのは日本人ですから、形こそチェーンストアでも、働き方は昔ながらの百貨店や小売商のスタイルが引き継がれました。

 そして、それらの商業は労働環境が非常に悪かったんです。たとえば、クレジット商法を定着させたマルイは、1950年代、客が一人でもいれば閉店できなかったといいます。「自然閉店」という形で、夜12時に閉めるのも珍しくなかったようですね。

 それと、この頃は家具や時計といった高額商品を客が買う場合、従業員が購入者の住所確認のために、商品を持って家まで行ったんですね。そこで現住所を確認できれば、手形のようなものとともに商品を渡します。そして「来月からお金を取りに来ます」と言うんですね。

 時計ならいいですよ、軽いので(笑)。でも、家具を家まで持って行くのは大変ですよね。今では考えられないような、働き方だったといえます。

 そういった労働条件を改善してきたのが、当時チェーンストアで作られた労働組合だったんですね。今の「働き方改革」も、やろうとしていることは同じです。

──だからこそ、労働組合の存在が大切なんですね。

本田:それと、今これだけ働き方改革が叫ばれているのは、「正社員が少なくなっている」という側面もあるはずです。というのも、「非正規」と呼ばれる非正社員は年々増えていて、今では4割に上るんですね。数年以内に5割を、10年後には6割を超えるでしょう。

 ただ、現状では正社員と非正規の間に大きな格差があり、正社員を守ろうとするのが現実。非正規の人たちが多数派になることを見通してほしいのです。

──そもそもなぜ、これだけ非正規が増えたのでしょうか。

本田:それはやはり格差が理由で、非正規ならば、同じ仕事でも賃金が安くなるからです。これは企業にとってメリットですよね。ですから企業は、パートやアルバイトの人が正社員と同じだけ働けるような戦略をとってきました。実際、スタッフのほとんどがアルバイトというお店は多いですよね。

 ただ、非正規がどんどん増えるこの時代に、「正社員と同じ仕事をしているのに、非正規は給料が安い」という状況はいけません。目指すべき理想は「同一労働同一賃金」の考えです。

非正規の“格差”をなくすため、参考にすべきゼンセンとは

──「同一労働同一賃金」について、詳しく教えてください。

本田:端的に言えば、「同じ仕事内容と同じ評価なら、同じ賃金をもらえる」という考え方です。

 スーパーを例にとりましょう。あるパート社員が、魚売り場で魚をさばいているとします。その隣に正社員がいて全く同じ仕事をしているのに、パート社員の給料が正社員より安かったら変ですよね。でも実際は、それがふつうだと思い込んでやりくりしたきたのです。

 そうではなく、待遇を同一にしていくのが理想です。非正規が増えていろいろな契約の社員が入り混じって増えるので、「同じ仕事をしていれば、同じ賃金になる」という保障をつけるのです。

 これを実現するには、正社員と非正規の両方が加入している労働組合の存在が重要になります。

──ただ、労働組合というと、正社員が加入するイメージが強くあります。非正規の人も労働組合の活動が可能なのでしょうか。

本田:はい。そこでモデルになるのが「UAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)」という労働組合です。かつてチェーンストアの労働組合をまとめた「ゼンセン同盟」が母体となっています。

 労働組合は、トヨタならトヨタの労働組合というように、企業ごとで組織する「企業別労働組合」が一般的です。それに対し、企業ごとの労働組合が、産業のくくりで集まって組織を作る「産業別労働組合」もあります。

 UAゼンセンもそのひとつで、もとは繊維の産業別労働組合でしたが、そこから衣料品を売るチェーンストアや百貨店などの「流通部門」、さらにはフードサービスやレジャーといった「総合サービス部門」など、いくつかの産業別労働組合が合わさりました。今では2500近い企業の労働組合が加盟しており、約170万人に上ります。国民生活に関連する産業のほとんどが入る非常に大きな組織です。

──それがなぜ、非正規の労働組合を考える上で大切なのでしょうか。

本田:UAゼンセンに加盟する多くはサービス業やチェーンストアであり、正社員よりも非正規の人が多い産業ばかり。非正規の組合員が半数を超えています。ゼンセンは、そういった非正規の人たちの要求を経営者に提示・交渉してきました。そう考えると、まさに今の社会、これからの社会にふさわしい役割を担っているといえます。

経営者、そして若い人たちに労働組合の意義を知ってもらいたい

──今までゼンセンのやってきたことが、非正規の増える未来に求められるんですね。

本田:そうですね。もしゼンセンがなければ現状も違うでしょうし、これからのゼンセンの活動で将来がある程度決まるのではないかと思います。連合などナショナルセンターが政策として先回りして取り組むことも大切ですが、やはり基本は現場での強力な交渉力ですから。実際、UAゼンセンの働きかけで賃金が上がったケースは多々あります。ファミレスも、かつては従業員が終業後に控え室で寝て、朝また働きはじめるような実態が多かったのを、彼らの交渉で改善していきました。

 さらには、ゼンセンによって労働組合が作られ賃金が上がったチェーンストアもあります。スーパーやドラッグストアが全国にこれだけ広がったのは、非常に強い組合であるゼンセンが働く人をサポートしてきたからでしょう。

 そしてこれは、国民にもメリットをもたらしたはずです。チェーンストアの環境が良くなり、働く人が増えたからこそ、チェーンストアは繁栄しました。その結果、安くて良いものが行き渡り、生活の利便性が大きく増したわけですから。

──となると、これからは労働組合がふたたび力をつけて、同一労働同一賃金に近づけなければなりませんね。

本田:日本が働いて楽しい国になるか、苦しいだけの国になるかは、今にかかっていて、そのカギを握るのが労働組合です。本来、労働組合は経営者にとってもメリットなんですよね。労組があると、求心力と生産性が高まるんです。

 たとえばイオンは小売事業だけで10万人以上の従業員がいますが、それをトップがまとめるのは簡単ではありません。しかし、労働組合があるとまとまってくれます。そして、経営者と労働組合が対等に交渉し、折り合いがつけば、一気に話は決着します。それは、従業員全員のことを知りえない経営者としてもやりやすいんですよね。

 あるいは、労働者が不満を持ったとき、組合があればそこから経営者に意見を伝えることができます。そして、もし経営者が「改める」と誓えば、労働者はもう一度働く意欲が湧きますよね。こういう企業の生産性は、次々に労働者が去っていく企業よりも高いのです。

 ですから、賢明な経営者は労働組合の大切さを知っていますし、一方では知らなさすぎる経営者もいます。私としては、賢い経営者がもっと増えて欲しいですね。

──労働者に対しても、何か望むことはありますか。

本田:やはり、労働組合の意義や重要性を知ってもらいたいですね。特に若い人は、労働組合が何をするところか知らないケースも多いですから。NPOで働きたい若者がたくさんいるのに、非正規問題を解決したいからと労働組合で働きたいという若者は少ないのが残念です。

 働き方を変えるには、一人で会社に働きかけてもダメ。みんなでまとまって、徹底的に交渉しなければいけません。そうやって改革しなければいけないのです。

 かつての労働組合やUAゼンセンがやってきたのは、まさにそういうこと。これからの働き方改革にも、その力が必要です。

 

(プロフィール)本田一成(ほんだ・かずなり)

1990年法政大学大学院社会科学研究科経済学専攻修士課程修了。博士(経営学)。2004年國學院大學経済学部就任。

『チェーンストアの人材開発』(千倉書房)

『チェーンストアのパートタイマー』(白桃書房)

『チェーンストアの労使関係』(中央経済社)

『主婦パート』(集英社新書)

 

『チェーンストアの労使関係』(2017年、中央経済社刊、366頁、4800円+税)は、「平成28年度國學院大學出版助成(乙)」、「平成26年度および平成27年度学部研究調査出張旅費補助」を受けて出版されたものです。

 

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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