神道を中心とした日本文化の理解や、国内外の宗教研究を専門とする神道文化学部。本学の建学精神を色濃く表す学部であり、神職養成をはじめ、日本文化の重要な一端を担ってきた。そして令和5(2023)年度よりこの学部の舵を取ることになったのが、黒﨑浩行学部長だ。同氏は「過疎化やグローバル化の中で、神道を取り巻く社会環境は大きく変化している」と言う。その時代に本学部はどんな人を輩出していくのか。黒﨑学部長が目指す研究と教育を聞いた。
この時代に「神道を伝承する」意義とは
昔もいまも日本人の生活には信仰が重要な役割を果たしています。年中行事や参拝などの行為が日常に息づいているのはその証拠でしょう。ただし、人々が信仰に関心を抱く“入口”は変わってきています。象徴となるのが、新海誠監督の手がけるアニメ映画、「すずめの戸締まり」や「君の名は」「天気の子」といった作品のヒット。これらは、いずれも信仰やスピリチュアルな世界が物語の根底にあります。そのほか、パワースポットのブームも定着しています。
一方、神社を取り巻く環境については、厳しい現実に目を向けなければなりません。町自体の都市化や地方の人口減少により、神社の基盤となる地域コミュニティの解体が起きています。地域のお祭りや神事も少子高齢化に伴う担い手不足により続けられないケースが多くなっています。
しかし、これらの伝統を絶やしてはいけません。本学部は次の担い手となる神職を養成してきましたし、今後も神道や日本文化を次世代へ伝承することが使命です。
なぜ伝承していかなければならないのか。理由は多数ありますが、一例として神社にはSDGsの「17のゴール」につながる要素が見出せます。「鎮守の森」は環境保護に直結しますし、神道はSDGsで重視される多様性や共生を尊重する信仰であり、それは本学の礎である神道精神(主体性を保持した寛容性と謙虚さ)にも表れています。
大切なのは、単に昔からあるから神道を伝承するのではなく、変動する社会情勢の中で何を守り、何を変えざるを得ないか見極めながらつないでいくことです。
神道文化学部が担ってきた役割と、目指す教育
神道文化学部は平成14年に文学部神道学科を改組し、独立した学部として開設されました。本学の母体である皇典講究所は、明治維新の西洋化の中で神職養成と古典研究を目的に生まれた機関であり、現在の神道文化学部につながっています。皇典講究所の初代総裁、有栖川宮幟仁親王の「告諭」にある「凡(およそ)学問ノ道ハ本(もと)ヲ立ツルヨリ大ナルハ莫(な)シ」という姿勢、学則第1条にある「本学は神道精神に基づき人格を陶冶し」という考えを堅持しており、これから先も変えてはいけないものです。
神道の情報や知識は、いまやインターネットで手軽に得ることができます。しかし、その中には根拠の不明な情報や正確性を欠いた情報があるのも事実です。だからこそ、専門性と学術性を備えた本学部の研究教育には社会的な価値があります。長きにわたり一次資料の収集・分析と実地調査に基づいた実証的研究を行っており、日本文化の由来、たとえば拝礼の作法の成り立ちについて説明するときにも、文献資料の考証に基づいて行うわけです。
また、本学部は神道文化の情報ネットワーク拠点としての役割を担っているとも言えます。全国にはほかの地域の参考になる取組事例が多々あります。たとえば愛知県の奥三河地域では集落ごとに「花祭(はなまつり)」と呼ばれる神事芸能が行われてきましたが、集落の高齢化や担い手不足で存続の危機にありました。しかしこの伝統を絶やしてはいけないと、住民や出郷者、地域内外の多様な協力者がつながって支える動きが起きています。
そのほか、東日本大震災のとき、東北のある地域では、地元の言い伝えをもとに、避難場所に指定されていない神社に避難して住民が難を逃れた事例があります。これも地域防災と神社の関係を示す重要な事例です。こういった事例を研究し、「知の共有」を図っています。
学生の教育においては、神社の祭祀・祭礼の意味を理解し、守るだけでなく、神職の立ち居振る舞いや動きを学ぶ機会が増えています。特に学部となってからは、1月の成人加冠式や10月の観月祭といった行事を学生の主体的な運営、参加によって開催しました。コロナ禍で開催の厳しい状況も続きましたが、令和4年は3年ぶりに有観客での観月祭を実施しています。日本の伝統文化を担う人材を育てるため、和歌や書道、装束の着装などを学ぶ実践講座も正規カリキュラムと別に開いています。
これらに加え、私が学部長として目指したい教育があります。神職養成においては、学生が現場に立ったとき、現代の社会課題や社会的テーマに応じて地域やコミュニティと連携しながら主体的に動ける人の育成です。
そのために、学びにあたっては、多様性やほかの宗教文化に対する理解、祭りの継承、神社とまちづくりとの関わり、鎮守の森による地域の自然保護、災害後のコミュニティ再生における神道文化の役割、あるいは、福祉・ケアとの関連も重要なテーマになります。情報化が進む中で神社のメディア活用も熟慮すべき項目です。
授業も座学だけでなく、現場で実践する機会を増やしていきます。机上で情報収集するだけではわからない人の思いや考え、地域の課題が存在するからです。学生が現地に赴き、話を聞きながら学ぶ機会を学部として作っていくことが重要だと考えています。
——後編へ続く
黒﨑 浩行
研究分野
宗教学、宗教社会学、地域社会と神社神道、宗教と情報・コミュニケーション
論文
災害後の集落再編過程に見られる祭礼文化の包摂性(2021/02/14)
超高齢社会の到来と神社に関する意識への影響(2018/06/30)