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農村社会がもつサステイナブルな価値とは

生活者の目線を意識した地域社会研究 ー後編ー

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観光まちづくり学部 准教授 松本 貴文

2023年3月15日更新

 「限界集落」に「地方消滅」――そうした「危機」だけが農村のリアリティではないのではないかと、松本貴文・観光まちづくり学部准教授は問いかけます。たしかにさまざまな問題は山積しているのだけれども、それを外部から指摘するだけでは、すくい取れない生活のリアリティがある、と。

 自身の歩みを踏まえつつ、研究の姿勢について語ったインタビュー前編に続き、地域のリアリティにもう一歩踏み込んでいく後編。再生可能エネルギー事業など、国内外の地域社会の試みにも言及していきます。

 私が研究者の道を歩みだして以降の時期、2000年代から2010年代にかけては、「限界集落」「地方消滅」といった言葉が話題となるなど、地方や農村の高齢化や人口減少による消滅危機が強調されるようになった時期でもありました。もちろん、過疎は重大な問題ですが、私自身は、必ずしも「危機」だけが農村のリアリティではない、と感じています。

 たとえば、現地での調査やワークショップの場面で「何か困っていることはありますか」と訊ねます。すると、「若い者がおらず高齢化が進んでいる」、「人口減少で困っている」といったような話はたくさん出てくるんです。しかし、もう少し具体的な日常生活のこと、たとえば、「買い物が不便」とか、「病気になったとき通院ができない」といったことがあるかを聞いてみると、意外にそうした具体的な困りごとはあまりないという答えが返ってくることも多いのです。

 もちろん、地域ごとの深刻さには大きな違いがあるでしょうが、少なくとも外側から、統計などの数字だけをみて想像するような「危機」とは、異なるリアリティが存在していることもまたたしかなんですね。私が調査員や共同研究者として参加した農村調査の結果や、他の研究者による同種の農村調査の報告を見ても、「生きがい」や「地域の住み心地」について尋ねた項目について、ポジティブな回答の比率が高い傾向にあります。

 「限界集落」といった捉え方に、まったくリアリティがないわけではない。かといって、生活全体を見てみれば、生きがいのある暮らしができて住み心地のよい地域という側面もある。ここには矛盾があるようですが、その背景には様々な人間関係を通した支援の存在があると考えています。たとえば、地域で農道の草刈りをしなければならないとき、高齢化が進めば負担はどんどん大きくなる、しかし、近くに住んでいる子どもがちょっと帰省して手伝ってくれる、というようなこともある。モビリティが高まり、スマートフォンなどの情報通信技術が発達した現代では、そうしたつながりを維持することも容易になっていると思います。

 都市の側から見えないリアリティということでいえば、他にもたとえば、地域環境の管理のことを挙げることができます。里山はかつて農村の暮らしにとって必要な資源の宝庫でした。ところが、その管理を続けていくことが難しいという地域も増加しています。高齢化や人口減少だけでなく、利用するメリットが失われてきているからです。しかし、それでもなんとか管理をつづけたいという地域の方々もおられます。お金にならないなら管理を続けるのは合理的でないと思われるかもしれませんが、管理する作業を一緒に行うことで地域社会のつながりを維持することができる、というようなことも考えなくてはなりません。そうした地域社会のつながりが、先ほどふれたような農村の人びとの生きがいや住み心地にも関係している可能性もあるからです。

 農村における地域環境の管理ということについては、このように、一見、経済的な合理性があるとは思えないような営みが、地域社会にとってはとても大切な意味を持つ場合もありますし、さらには、広く社会全体のサステイナブル(持続可能)なあり方とも関わっている、ということも考える必要があると思います。たとえば、農村に住んでいる方たちが「SDGsの達成に向けて実践している」ということはあまりおっしゃらないでしょうが、しかし、普段の生活のなかで続けておられることが、サステイナビリティの実現に貢献している、というケースもあることでしょう。

 地域環境という観点で私が近年関心を抱いているテーマのひとつは、再生可能エネルギーと地域づくり、というものです。私自身は決して環境問題や再生可能エネルギーの専門家ではないのですが、地方の方々がどんな動きを見せているのか実際に現地で話を聞いていくなかで、特に東日本大震災以降に目にすることが多くなってきたのが、再生可能エネルギーを活用した地域づくりの取り組みです。

 たとえば私が調査した熊本県のある農村集落では、集落の共有地の管理を続けていくために太陽光発電所を誘致し、その収益をもとに耕作放棄地の管理を再開するなどの地域づくりに取り組んでおられました。ただ、この事業は発電所を運営する企業との連携で実現したものでしたが、企業と地域社会とでは性格や目的が全く異なるので、その調整には様々な課題があるようにも感じました。それでも、地域環境の新しい活用方法を見つけ、さらに、それを集落の住民同士や外との関係作りにつなげて、持続可能な地域をつくるという方向性は、とても魅力的だと感じました。

 他にも、これは海外の事例になりますが、ドイツ・バイエルン州にあるグロースバールドルフという村の取り組みは興味深いものでした。エネルギー転換の先進国であるドイツの南部、人口1,000人にも満たない小さな村ですが、遊休農地のほか村のサッカースタジアムや倉庫の屋根を利用した太陽光発電、バイオガス発電とその廃熱を活用した地域熱供給、風力発電など、地域環境を活用した様々な再生可能エネルギー事業に取り組んでいます。

 しかもそうした事業が、村の経済的な収益となるだけでなく地域社会における活動の活性化に大きくかかわっている。その結果、すべての住民が再エネ事業に投資しているわけではないのですが、しかし再エネ事業への関心は広く住民に共有されているんですね。

 これはどういうことかといいますと、サッカーや音楽などをはじめとして、グロースバールドルフ村には数々のクラブがあり、住民が地域社会に参加する窓口になっているんです。再エネ事業からの収益によってそうしたクラブを支援することで、住民の生活や地域社会の充実に貢献していく、という構図になっているわけです。投資している人だけが見返りを得るのではなく、皆が「われわれの事業」として自然に受け止めるようになっていることで、事業そのものも受容される。こうした仕組みは、日本でも広く参考にできるものなのではないかと感じています。

 これからの私自身の研究ということでいえば、九州出身ということも含め、これまでは西日本中心の調査を行ってきましたのですが、今後は東日本の農村の暮らしについて理解を深めていければと思っています。そのときにも大事にしたいのは、専門家・研究者としての視点だけでなく、地域のことを住民の方々と一緒に考えるという姿勢を持つことです。地域の方々にとっての、対話の相手になる――そうしたイメージで、今後も調査・研究に取り組んでいきたいと考えています。

地域社会研究に目覚めたきっかけとともに、「生活者のリアリティ」について語る前編「変化する農村を調査するようになるまで」はこちらをタップして進んでください

 

 

 

松本 貴文

研究分野

環境、農村

論文

再生可能エネルギーと農村経済の発展戦略 : ドイツ・バイエルン州の現地調査と日本への示唆(2020/10/)

村研アーカイヴス : 調査と方法 エンブリーの須恵村研究の今日的意義(2019/10/)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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